第731話 コムラサキ
トンネルを移動している途中、ジュジュがエイのぬいぐるみを抱えていることに気がつく。ショップが近くにあったので、そこから盗ってきたのかと思っていたが、どうやら〈マルチパス〉を使い、ちゃんと支払いを済ませているようだった。
『これ、マシロのおみやげ』
ハクはそう言うと、
『こっちも、おみやげ』
タコやらサメのぬいぐるみは、どうやら拠点にいる子どもたちのために手に入れたという。せっかく買ったのに汚れたり失くしたりしたら大変なので、すべて腕輪の〈収納空間〉に保管していくことにした。
ジュジュはぬいぐるみを取り上げられたと勘違いして不満そうにしていたが、ハクが説明すると納得してくれた。やはり意思疎通ができているようだ。
我々が襲撃されたのは、カグヤのドローンにトンネルの先を偵察してきてもらおうとしていたときだった。前方で光が
乾いた破裂音が聞こえた直後、男の頭部が破裂し、膿にも似た薄い
そこにまた別の飛翔体が飛んでくる。どうやら我々は攻撃されているようだ。そう結論付けたときには、すでにミスズが行動に移っていて、シールドを発生させるグレネードを投げるのが見えた。半球状に展開したシールドによって飛翔体の軌道は曲げられ、人工池の風景を透かしながら表示していたトンネルの壁に直撃していく。
その衝撃でトンネルに穴が開くようなことはなかったが、このまま攻撃が続けばどうなるのかは分からない。すぐに攻撃に対処しなければ大変なことになるだろう。遮蔽物から身を乗り出すと、カグヤがタグ付けしてくれていた敵の姿を探す。通路の薄闇に潜んでいた敵は、戦闘用に改良された愛玩用の機械人形〈コムラサキ〉のようだ。
白いブレザーに紺のスカートという、おおよそ戦闘に相応しくない格好だったが、所持している小銃は我々が使用する〈M14-MP2歩兵用ライフル〉であり、油断することはできない。
ハニカム構造が薄っすらと浮かび上がるシールドの膜に気を良くしたのか、サイボーグのひとりが重機関銃を手に通路に飛び出すのが見えた。直後、騒がしい射撃音が聞こえるが、それは僅かの間の出来事だった。男の頭部や胸部に無数の弾丸が食い込み、サイボーグの動きが止まる。
が、それでもサイボーグは倒れなかった。大量の人工血液を流しながら、薄闇の向こうから駆けてくる〈コムラサキ〉に向かって銃弾を浴びせる。しかし黒髪の少女に弾丸が直撃することはなかった。〈シールド生成装置〉を装備していたのだろう、無数の銃弾は強力な磁界によって弾道が
瞬く間にサイボーグの懐に飛び込んだ少女は、ひらりとスカートを揺らしながら身体を捻ると、男の頭部に回し蹴りを叩き込む。空気が破裂するような乾いた打撃音のあと、衝撃に耐えきれなかった男の頭部が爆ぜるのが見えた。
「あのガイノイドは、アサルトロイドと同程度の性能だったんじゃないのか!?」
その機体は、しなやかで生物的な動きを見せていて、他の機械人形よりも優れたソフトウェアによって機体制御されていることが確認できた。おそらく射撃制御ソフトも最上級の代物なのだろう。
フルオートで射撃を行いながら〈コムラサキ〉に接近するが、彼女は顔の前で腕を交差させシールドを展開し、すべての銃弾は防いでみせる。そして重心を低くしながら猛然と駆けてくる。
後方に飛び退くようにして突進を
攻撃をまともに受けたナミだったが、痛みよりも、その小さな身体から繰り出された衝撃に驚いているようだった。それに〈ヤトの一族〉は人間と身体の作りが違う。ナミはすぐに体勢を立て直すと、〈コムラサキ〉に向かって駆ける。しかしそこで予想していなかった反撃を受けて、ミスズに引っ張り倒されるようにして遮蔽物に身を隠すことになる。
三体の〈コムラサキ〉が廊下の先に姿を見せる。いずれも揃いの制服を身につけていて、歩兵用ライフルの銃口をこちらに向けていた。
するとソクジンたちが〈光学迷彩〉を起動し、少女の姿をした殺人機械に向かって駆けていくのが見えた。一瞬、我々を置いて逃げるのかと思ったが、ここで戦わなければ、もはや何処へも行けないと理解しているのだろう。サイボークたちは義手やら義足の隠し刃、それにレーザーライフルを使いながら機械人形を攻撃していく。
が、彼女たちは人間離れした動きですべての攻撃に反応し、ソクジンたちの攻撃よりも速く動きながら接近してきた。最初の衝突でひとりが殺され、二度目の衝突でふたりが負傷した。辺りには人工血液が飛び散り、
ハクの糸に拘束されていた少女は、驚異的な力で強引に糸を引き千切って拘束から逃れるが、そのさいに両腕を損傷させてしまう。機械部品やら人工筋肉が露出していて、ひどく痛々しい姿になったが、少女は痛みを感じていないのか、終始無表情だった。そして当然のことだったが、その損傷だけで彼女の動きが止まることはなかった。
すぐにヤトの戦士たちが対応し、損傷した〈コムラサキ〉を追い詰めていくが、人間と異なり疲れを知らない機械人形はライフルの掃射をかいくぐりながら接近してくる。
戦士たちを掩護するため、〈鬼火〉を使おうとしたが、その必要はなかった。骸骨を思わせるコンバットマスクを装着したワスダが姿を見せると、彼が背負っていたランドセルからサソリの尾を思わせる多関節アームが伸びて、少女の首を
頭部を失くした少女は、一歩、二歩と先に進むが、やがて立ったまま動きを止めてしまう。有機素材をふんだんに使用した機体だからなのか、大量の人工血液が噴き出して彼女の胸元を濡らしていく。しかしソレはサイボーグたちの
たしかに〈コムラサキ〉は強力な機体だったが、完全無欠というわけではいようだ。攻撃を直撃させることができれば、我々の装備でも十分対処できる。そのことが分かったからなのか、怖気づいていたように見えたヤトの戦士やソクジンたちが戦意を取り戻していくのが分かった。
彼らは冷静に対処し、適切なタイミングで攻撃しながら機械人形を破壊していった。残り三体だった機械人形は、ミスズたちが二体、ソクジンたちが一体を破壊して戦闘が終わった。
しばらくの間、敵の増援に備えたが〈コムラサキ〉が姿を見せることはなかった。揃いの制服を身につけていたので、水族館に配備されていた警備用の機体だったのかもしれない。警戒を続ける必要はあるが、すぐに攻撃されることはないだろう。
短い戦闘が終わると、エンドウはさっそく機械人形を調べにいく。彼のそばにはソフィーが立っていて、つねに警戒の目を周囲に向けていた。戦闘では役に立たないエンドウのことを護衛しているのだろう。
そのエンドウは、地面に落ちていたライフルを調べるために拾いあげる。しかしすぐに廃棄モードに移行したのか、彼の手の中で崩壊し塵に変わっていく。やはり〈データベース〉によって火器が管理されているのだろう。それから彼は端末のケーブルを伸ばし、〈コムラサキ〉の首元にある差込口に接続して何か情報が手に入れられないか調べる。
『やっぱりダメだね』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。
『すべての情報に閲覧制限が設定されているのに加えて、機能停止と同時にシステム内の情報が消去されるようになっているから、制御コアに侵入しても無意味だと思う』
カグヤもエンドウから受信した情報を調べているのだろう。ふたりが〈コムラサキ〉についてあれこれと話し合っている間、サイボーグたちの死体を確認しに行くことにした。この戦闘で三人が犠牲になっていた。奇襲だったとはいえ、あまりにも呆気なく倒されてしまっていた。
その死体に関しても、我々にはどうすることもできなかったので、その場に放置することになった。非情な決断に思えるかもしれないが、我々は敵地にいて、死体を背負って移動している余裕はなかった。いずれメンテナンス用の機械人形がやってきて処理するだろう。装備を整えたあと、出口に向かって移動を再開した。
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