第729話 厳戒態勢


 カグヤの支援で障害物を透かして接近して来ている機械人形の輪郭線が見えた。どうやら数体の〈アサルトロイド〉と、二機の〈ツチグモ〉で構成された小部隊のようだ。白と灰色を基調としたデジタル迷彩が施された機体なので、特定の企業が運用する警備部隊ではなく、都市そのものを警備する巡回部隊のようだ。


 都市を管理する〈軍用AI〉に居場所を知られないためにも戦闘は避けるべきだったが、敵部隊は真直ぐこちらに向かってきているようだ。通りのあちこちに設置されている監視カメラに姿を捉えられてしまっていたのかもしれない。


 ふいに、背後から飛んでくる飛翔体の音が聞こえた。直後、地下駐車場の入り口から爆発音が聞こえ、炎と黒煙が上がるのが見えた。ロケットランチャーによる攻撃だろう。背後に視線を向けると、ロケット・ポッドを搭載した〈ツチグモ〉が接近して来ているのが見えた。


 すぐにライフルを構えて射撃を行うが、〈ツチグモ〉は飛び上がり建物の外壁に張り付くと、そのまま無数のロケット弾を発射してきた。その一連の動作は、鋼鉄の塊だと思えないほど軽快な動きだった。


 さっと周囲を見回すが、隠れられそうな遮蔽物はない。ならば覚悟を決めるしかない。ライフルの銃口を向けると、接近する小型のロケット弾に標的用のタグを貼り付けて、フルオート射撃で〈自動追尾弾〉を撃ち込む。


 爆発による轟音が立て続けに聞こえたあと、重機関銃の鈍い発射音が聞こえ、〈ハガネ〉によって展開されたシールドの薄膜に無数の弾丸が直撃し潰れていくのが見えた。敵に狙われている、ここでぼうっと突っ立っているわけにはいかない。


 小さく舌打ちしたあと、ライフルのストックを肩に引きつけ、霧散していく黒煙のなかに潜む〈ツチグモ〉に向かって射撃を行う。


 小気味いい金属音を立てながら無数の弾丸が発射される。標的の姿は見えないが、カグヤがタグ付けしてくれていたので、赤い線で縁取られた輪郭線がしっかりと見えていた。しかしフルオート射撃にもかかわらず、自律兵器の動きを止めることはできなかった。想定してたよりも装甲が厚いのだろう。


 と、〈ツチグモ〉の背後から無数の熱線が発射されるのが見えた。おそらく〈ツチグモ〉に追いついた〈アサルトロイド〉による攻撃なのだろう。眼前に迫る赤い閃光を避けようとしていると、身体からだがふわりと持ち上がるのが分かった。接近する熱線を避けるため、ハクが抱き抱えてくれたのだろう。


 内臓が浮くような嫌な浮遊感に顔をしかめながら、それでも煙の向こうに見えていた機械人形に照準を合わせると、貫通力のある徹甲弾を撃ち込んでいく。


 レーザーが発射されるさいに聞こえる空気を震わせる特徴的な射撃音が鳴り響くと、ハクはすぐにとなりの建物に向かって飛んで攻撃を避ける。そのさい、腐食性の糸の塊を吐き出して、こちらに接近してきていた〈ツチグモ〉の脚を潰していく。ついでに攻撃してみせた、というような自然な動きだったが、効果てきめんだった。


『レイ、ほかの巡回部隊も動き出したみたい』

「了解、すぐに移動する」


 ハクに移動先を伝えたあと、接近するロケット弾を撃ち落としていく。静けさに包まれていた都市に轟音が鳴り響くようになり、周囲の建物にも被害が出るようになるが、機械人形が気にしている様子はない。敵の排除は、ほかの何よりも優先されることなのだろう。


 その爆発で立ち昇る黒煙に紛れるように、ハクは建物の外壁に向かって吐き出していた糸をつかむと、落下の勢いを利用し、まるで振り子のようにスイングしながら建物の間を素早く移動していく。こうなればハクに追いつける敵はいない。……と思っていたが、視線の先に無数の警告表示が浮かび上がる。


 建物の壁面に張り付くようにして通りを監視していた〈ツチグモ〉に発見されてしまったようだ。間を置かずマズルフラッシュが見えたかと思うと、重機関銃特有の騒がしい射撃音が鳴り響く。予想していなかった掃射を受けたハクだったが、掴まっていた糸を手放し、すぐに別の糸を吐き出して移動を再開する。


 無視された〈ツチグモ〉は、我々に向かって無数のロケット弾を撃ち込んでくる。それは建物の外壁に次々と直撃しながら轟音を立てていく。こうなってしまえば、もはや潜入などとは呼べないだろう。街のあちこちから警報音が聞こえ、こちらに接近する巡回部隊の姿が見られるようになる。


『見つかったのがレイとハクで良かったね』と、カグヤの声が聞こえる。

『身軽だから、このまま敵の追跡を振り切って逃げることができるかもしれない。でも念のため、有力企業の社屋には近づかないようにしよう。〈ツチグモ〉以上に厄介な兵器に攻撃されるのは避けたい。移動経路を設定したから、それに従って移動して』


 拡張現実の矢印が浮かび上がると、ハクは指示されることなく矢印を追うように振り子運動を繰り返す。その間、ジュジュはカチカチと口吻こうふんを鳴らしながら手を叩いて喜んでいた。ジェットコースターのような浮遊感を楽しんでいるのだろう。


 やがてハクは高層建築物の外壁で見つけた出っ張りに身を隠す。そこには十メートルを優に超える無数の彫像が立ち並んでいて、ハクの大きな身体からだがぴったりと収まるだけの隙間があったのだ。ハクは腹部から入っていくと、そこでぴたりと動きを止める。


 眼下では監視ドローンが忙しなく飛んでいたが、我々の姿を見つけられないでいた。〈ハガネ〉の〈環境追従型迷彩〉を使っていたおかげでもあるが、そもそもハクはセンサーに引っかからないので、監視カメラなどで目視できるような状況でもなければ発見することは難しい。


 ミスズたちと連絡を取って、現在の状況を報告することにした。すでに〈戦術ネットワーク〉を介して情報は共有されていたが、直接言葉で伝えることが大事だった。


 どうやらミスズたちも再利用施設から無事に離れられたようだ。施設の出入り口には厳重な警備が敷かれていたが、この騒ぎに乗じて上手いこと施設から脱出できたらしい。カグヤの支援もあったが、エンドウのハッキング技術のおかげでもあるらしい。やはりワスダの部下は侮れない。


 とにかく、ミスズたちの居場所は警備システムにまだ知られていないので、人工池まで安全に移動することができるだろう。


 そうこうしているうちに、周囲を飛び交っていた監視ドローンの姿が見られなくなる。別の区画に捜索しに行ったのかもしれない。都合のいいことに、〈ツチグモ〉の部隊も大通りを離れていた。


『レイ、今のうちに移動しよう。ミスズたちとの合流地点まで誘導する』

 ハクに声を掛けると、モゾモゾと隙間から出て、カサカサと腹部を振る。それから林立する建物の間に見えていた人工池に向かって移動を開始する。


 地上付近に展開していた〈ツチグモ〉の部隊と遭遇する危険性があったので、高い場所を選んで移動していたが、上空にも多くのドローンが飛んでいて、思うように移動することができなかった。


 それでもなんとか人工池の全容が見える場所まで到着することができた。周囲に高い建物はなく、そこだけ視界が開けていた。人工池は地図で見るよりも広く感じられた。近くには噴水が設置された広場があり、ホバーボードの貸し出しも行われていたのか、見慣れない乗り物が池に浮かんでいるのが見えた。


 やがて〈光学迷彩〉で姿を隠したサイボーク集団と、ミスズたちの姿が見えてくる。ワスダは部隊の後方にいて、ソクジンたちの動きに目を光らせていた。やはり信用していないのだろう。


 かれらと合流すると、さっそく水中トンネルの入り口になっていた施設に向かう。先ほどの騒ぎで厳戒態勢が敷かれてしまっていたので、すぐに企業区画を離れなければいけない。

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