第728話 思惑〈愛玩用〉
素早く周囲の安全確認を行ったあと、〈接触接続〉でコンテナの扉を開いてハクたちと一緒に車道に出る。けれど巡回警備している機体に発見されてしまう可能性があるので、まだ
輸送コンテナを搭載する多脚車両を利用し、身を隠しながら遮蔽物がある場所まで近づく。建物の陰になっている薄暗い路地が見えてくると、上空で飛び交っていた監視ドローンを避けるように一気に走り抜けて路地に入る。
建物を警備していた機械人形の部隊から反応がないことを確認すると、路地から身を乗り出し、壁際から覗き込むようにして様子を
「行こう、ハク。すぐにこの場から離れたほうがいい」
ハクは腹部を振って答えたあと、ゴミひとつ転がっていない路地を見つめる。
『スズ、どこ?』
「ミスズたちは別の施設に向かった。今から合流する予定だ」
合流地点まで誘導してくれる矢印が浮かび上がると、ハクは興味深げに脚を伸ばして触れようとする。しかしソレがタクティカルゴーグルを通して見えているものだと気がつくと、はじめから拡張現実だと知っていたというようなフリをしてごまかそうとする。
『ちょっと、ひかってた』
ハクはトントンと地面を叩いてから、ゴシゴシと
「実は、好きな色に変えられるんだ」
そう言ったあと、青色の矢印を赤や緑に変えていく。ハクが『それは、ちょっとあたらしいな』と興味を持ってくれたのを確認したあと、周囲の動きに警戒することにした。
ハクは幼い子どものように飽きっぽいので、興味や関心が薄れてしまわないように注意しなければいけない。この広大な埋め立て地で
狭い路地には、都市に林立する建物に直接つながるエントランスや地下駐車場の入り口が設置されていたが、そのすべてが封鎖されていて、赤く投影されるロックダウンの警告表示が確認できた。人擬きへの爆発的な感染拡大を警戒していたのか、あるいは大規模な侵略に備えていたのかは分からないが、建物は例外なく封鎖されていた。
「これだけ警戒していたってことは、この人工島に人擬きはいなさそうだな」
『まだ安心はできないよ』と、すぐにカグヤが反応する。
『企業区画にいる社員は
「カジノやショッピングモールを占拠する〝ゾンビめいた〟化け物の群れか……なんだか、大昔の映画に出てきそうな設定だな」
『楽しそうにしてるけど、現実はもっと悲惨なことになってると思うよ。カジノエリアが封鎖されてから途方もない時間が経過してる。そこには人知れず変異を繰り返してきた恐ろしい人擬きが群れで徘徊しているはず』
「でも侵入者がいないってことは、人擬きの栄養源になる生物がいなかったってことでもある。それなら、すでに衰弱していて休眠状態になっていてもおかしくないと思うけど?」
『それはどうだろう。さっきの備蓄倉庫でも見たと思うけど、ここでは毎日のように大量の食品が破棄されているけど、それでも大量のモノで溢れている。消費されることがないから、余った物資で溢れているように見えるけど、そうじゃなくて、いつでも大量の食品が生産されているんだ。そしてそれらの食料品は、半永久的に活動を続けるシステムによって都市の各施設に配送されている』
「人擬きが活動を続けられる大量の餌があるってことか……たしかにそれは厄介だな」
『問題は人擬きだけじゃないよ。たとえば、この都市を管理している〈軍用AI〉だって厄介な存在だよ。わたしたちの侵入に気がついているのに、攻撃してくるような素振りを見せない。まるで手のひらの上で踊らされているような嫌な気分だよ』
「侵入に気がついている?」思わず眉を寄せる。
「俺たちの存在は、まだ知られていないんじゃないのか?」
『ううん、もう知られてるよ。実際、橋を渡るときに〈アサルトロイド〉の戦闘部隊を派遣されたでしょ。私たちの正確な居場所を
頭上を見上げると、岩壁のように
「でも、どうしてそんなことを?」
侵入者を排除できる余裕があるのなら、どうして実行に移さないのだろうか。
『わからない。そもそも試作型の人工知能がなにを考えているのか見当もつかない。けど、それが脅威であることに変わりないし、私たちにできるのは居場所を知られていないと仮定して行動することだけ』
再利用施設に到着したミスズたちの様子を確認しながら、無機質で生命の温かみが感じられない灰色の路地を歩いていると、目の前に複数の警告表示があらわれて消える。
『レイ、接近する機械人形の戦闘部隊を確認した。注意して、あっちは戦闘の準備ができてるみたい』
「さっそく侵入者を排除しに来たか……ハク、戦闘の準備だ」
『ん、きいてた』
ハクのフサフサの体毛を撫でたあと、ジュジュが振り落とされないように、スリングを使って小さな
「ジッジ! ジュ―ジュ」
ジュジュが目の前の建物を指差すのが見えた。そこに何か隠れているのだろうか? 〈ハガネ〉のフェイスプレートに備わる熱源センサーを使って機械人形が潜んでいないか確認するが、そもそも〈熱光学迷彩〉ならセンサーに反応しないので、敵を特定するには不十分だった。
「カグヤ、近くに敵がいないか調べてくれ」
『了解』
ハクと一緒に建物の入り口近くに身を隠す。あまり近づきすぎると警告されてしまうので、適当な距離を取りながら隠れる。すると幽霊のようにぼんやりと動く人影が見えた。というより、透明な膜に覆われた輪郭だ。それが何かを探すようにスタスタと歩いている。
『姿を捉えることができた。情報を送信したから確認して』
カグヤから受信したファイルを開くと、〈コムラサキ〉の名で製造されていた愛玩用の機械人形に関する情報や画像が確認できた。
カタログでは
「愛玩用って、つまり――」
『そう、カジノエリアには合法の売春施設もあったみたいだから、有機素材を使った高価なセクサロイドがいても不思議じゃない』
「でも、どうして企業区画に?」
『確認するから、ちょっと待って』
カグヤから返事を待っている間も幽霊じみた女性の影を目で追っていたが、やがて完全に消えて見失ってしまう。
『……まだ断言はできないけど』と、カグヤの声が聞こえる。
『おそらく〈コムラサキ〉を改良した戦闘用のガイノイドで、弐〇八八式の名で戦場に派遣されていた機械人形だと思う』
「ガイノイド……女性型アンドロイドのことだな。でも戦場ってなんだ? どこの戦争のことを言っているんだ?」
『多国籍企業の間で行われた代理戦争のことだよ。貴重な鉱物資源をめぐって第三国で民族紛争が起きていて、反政府勢力やら国軍が入り乱れる争いが激化していた。もっとも、〈統治局〉が介入するようになってからは、徹底した情報統制が行われて、戦争の話題なんてほとんど聞かれなくなったけど』
「旧文明期では誰もが幸福だと思っていたけど、どうやら違っていたみたいだな。その情報も、ソクジンのクリスタルチップから入手したのか?」
『そうだよ。ホテルの情報を漁ってるときに、ニュース記事をいくつか見つけたんだ』
見出しに武装した子どもたちの映像が使われていた記事を開く。子どもたちは半壊した多脚車両に飛び乗ると、楽しそうに記念撮影していた。詳しく記事を読もうとしたが、敵の接近を知らせる警告で現在の状況を思い出す。
「カグヤ、敵の情報を送ってくれ」
『了解』
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