第725話 潜入〈企業区画〉
輸送用の大型多脚車両が所定の位置に停車すると、後部コンテナの周囲に危険箇所を知らせる黒と黄色の表示線がホログラムで投影される。すると車両の外装に組み込まれていた小型ドローンが空中に浮き上がり、コンテナの周囲を飛行しながら警告音を鳴らす。
開放されたコンテナには大量の物資の他に、荷下ろしのための作業用ドロイドも乗り込んでいて、扉が開くと同時に作業を開始する姿が見られた。その作業には集落の住人も加わっていて、彼らはハクのことをチラ見しながら、落ち着かない様子で作業を手伝っていた。その荷下ろしにはホバー台車が使われていて、作業はスムーズに行われている。
「作業完了までの時間を送信する。それまでに、あの車両のシステムに侵入してくれ」
ソクジンから受信した残り時間を知らせるタイマーを視線の隅に表示したあと、作業が行われている車両に接近する。不用意に近づくと、コンテナの近くにいるドローンから警告されてしまうので、姿を見られないようにしながら機会をうかがう。
作業員のひとりが〈国民栄養食〉の詰まった木箱を落として騒がしい音を立てると、ドローンがコンテナのそばを離れていくのが見えた。すぐに周囲の安全を確認したあと、多脚車両に近づいて〈接触接続〉を行う。カグヤの能力によって瞬く間にシステムに侵入すると、車両の制御とセキュリティに関連する項目を操作していく。
短い通知音のあと、車両に収納されていたコンソールパネルが展開するのが見えた。ソクジンは〈熱光学迷彩〉を使いながら車両に近づくと、情報端末からフラットケーブルを伸ばし、コンソールに備え付けられていた回転式の差込口にケーブルを接続する。
タイマーで残り時間を確認したあと、小型ドローンに視線を向ける。合成音声による警告のあと、ドローンが作業員たちのそばを離れ、こちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「カグヤ、時間がない。ソクジンの手伝いをしてやってくれ」
『了解』
システムの感染を確認したあと、すぐに車両から離れ、〈軍用AI〉に気づかれていないか様子を見ることにした。警備システムに変化がないことが確認できると、荷下ろしが済んでいた別の車両に近づき、同じような細工を施す。
コンテナに侵入するさいには、二手に分かれることになる。大型の輸送コンテナだったが、
「コンテナ内に設置されている各種センサーが反応しないように操作したけど、監視ドローンに見られるわけにはいかない。コンテナに侵入するさいには、光学迷彩を使ってくれ」
ソクジンがサイボーグ集団を連れてコンテナに入ったことを確認すると、我々も空いているコンテナに近づく。作業用ドロイド専用のコンテナには近づかない。どの道、充電用の装置が並べられているので、我々が入る余裕はないだろう。
全員が乗り込んだことを確認すると、ハクと一緒にコンテナに近づく。〈深淵の娘〉であるハクは、説明のつかない不思議な能力によって、その姿を完全に隠蔽することができるので光学迷彩は必要ない。だが、ドローンに見られることは避けなければいけない。タイミングを見計らい、一緒にコンテナ内に侵入する。
ここまでは順調だった。これがソクジンたちの罠でなければ、我々は厳重に警備されていたゲートを通って企業の区画に潜入できるはずだ。〈環境追従型迷彩〉を使って姿を隠していたミスズたちに視線を向けると、彼女たちの輪郭が青い線で浮かび上がる。ソフィーとエンドウを含め、全員が問題なく乗り込めたようだ。
ちなみに、昆虫種族のジュジュはハクのように優れた隠密能力は持っていない。だが、ハクのフサフサの体毛にピッタリとしがみ付いているからなのか、ドローンのセンサーが反応することはなかった。
騒がしい警告音のあと、コンテナの扉が閉まっていくのが見えた。そして間を置かずにコンテナ内の照明が落とされ薄暗い環境になる。ハクとジュジュの眼が非常灯の薄明りを反射して輝くのを見ながら、車外カメラに潜入して外の様子を確認する。
その映像はカグヤの〈戦術ネットワーク〉で共有されているので、ミスズやワスダたちも見られるようになっていた。やがて多脚車両が動き出す。あまりにも静かで振動も感じられなかったので、車外の様子を見ていなければ、いつ動き出したのかも分からなかっただろう。
車体に搭載されたセンサーを使用して移動しているからなのか、照明のとどかない暗闇に入っても、地下駐車場に並ぶ柱に衝突することなく進むことができていた。しばらくすると、地上の明かりが射し込む通路に入るのが確認できた。
地上に出るときには、さすがに潜入が見つかるかもしれないと思い緊張したが、出入口に設置されていたセンサーも我々の存在には気がつかなかった。
システムに対する絶対的な信頼感の
『あれが見えるかい?』ソクジンの声が内耳に聞こえた。
『企業区画を警備する完全自律型の
それは通常の多脚車両よりもひと回り小さな機体で、我々が教会で試験的に運用していた〈AIコア〉を搭載した自律兵器に似ていた。というより、あれが完成形なのだろう。
市街地での運用を想定していたからなのか、四本の脚を含め、車体中央にある球体型のコアを保護する装甲には白と灰色のデジタル迷彩が施されていて、動いていないと姿を見つけることすら困難だった。ソクジンの話では、光学迷彩の機能も標準搭載しているということなので、戦闘になれば〈アサルトロイド〉よりも脅威になるだろう。
「ミツビシ製の自律戦車だな」と、映像を確認していたワスダが言う。
『ミツビシ……?』カグヤが反応する。
『廃墟の街では滅多に見かけない機体だけど、あの兵器について何か知ってるの?』
彼はカグヤの言葉にうなずくと、いくつかの情報を送信してくれた。
「〈ツチグモ〉の名で知られた凶悪な兵器で、俺も何度か襲撃されたことがある。おもに企業の重要施設を警備している機体で、廃墟の通りで見かけることはほとんどない。けど、あれに襲われた傭兵を何人か知っているから、廃墟の街にもいるんだろうよ。そうだよな、エンドウ」
「はい」と、手元の端末を睨んでいたエンドウが言う。
「軍で開発され正式に配備されていた〈サスカッチ〉と比べれば、戦闘能力で幾分か劣ります。ですが、あれは群れで戦闘を行うように設計された機体です。〈ツチグモ〉に包囲されてしまえば戦闘慣れした傭兵部隊でも、すぐに殲滅してしまうでしょうね」
『それに――』と、受信した情報を確認していたカグヤが言う。
『戦場で使用された実績もあるから、企業の好みの機体だったみたい。当時は企業テロも盛んに行われていたから、需要に生産体制が追いつかず、日本各地に機体部品やらニューロチップを製造するための新工場を建設するほど人気だった』
「つまり――」と、思わず眉を寄せながら言う。
「大量の〈ツチグモ〉が、この区画に配備されていてもおかしくないってわけか」
『だね。私たちがいる場所は、いわゆる
「やれやれ」ワスダが溜息をつく。
「こうなってくると、〈ツチグモ〉以上に厄介な兵器が待ち構えていてもおかしくないな……ところで兄ちゃんよ、俺たちは何処に向かってるんだ?」
『さぁ?』と、ソクジンの素っ気無い声が聞こえる。
『この区画に潜入するのは僕も初めてなんだ。だから企業の備蓄倉庫に行くってことくらいしか知らない』
「クソいい加減なんだな」
ワスダの言葉に同意すると、倉庫の位置を示すために地図上で点滅していた表示を確認して、どこに倉庫があるのか把握することにした。
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