第724話 闇市
ソクジンに案内されながら薄暗い通路を歩いていると、ハクとジュジュのことをひと目見ようと集まっていた子どもたちが逃げるように駆けていくのが見えた。変異体の恐ろしさを知っている大人と異なり、子どもたちは無邪気だった。
「よう、兄ちゃん」と、ワスダが言う。
「どうして小銃を手にした連中が建物を警備してたんだ?」
たしかに気になる質問だった。この〈人工島〉には、かれらの脅威になるような略奪者もいなければ、遺物を狙う傭兵やスカベンジャーもいない。それなら、住人は何から身を守っているのだろうか。
「僕たちは生まれながらにして、この街で生きていく資格を手にしている。だから都市を徘徊している自律兵器から攻撃されることもなければ、立ち退きを迫られることもない。ここでは生きていくための最低限の飲料水と食料さえ手に入るんだ」
「なら、何が脅威になんだ?」
青年は肩をすくめると、廊下の先に放置されていた警備用ドロイドの残骸に向かって顎をしゃくる。
「それがプログラムのバグなのか、それとも人工知能の指示なのかは分からない。時々、システムの管理から外れて暴走した機械人形が住人を襲うことがある」
『〈軍用AI〉が人口を制御しようとしてるのかな?』
カグヤの代りに質問したが、ソクジンは答えられなかった。そもそも、ここで彼らが手に入れられる飲料水や食料には限りがあるため、人工知能に強制されなくても、自然と人口は調整されてしまうという。
「その食料っていうのは、普段はどこから手に入れているんだ?」
「決まった日時に機械が物資を運んでくるんだ」
それは彼らが生まれる前から、ある種の決まりごとのように行われているのだという。
「レイダーギャングを組織して、わざわざ廃墟の街まで行く理由が分かったよ。毎日のように同じモノばかり食べていれば、略奪くらいしたくなる」
ワスダが言いたいことは何となく理解できるが、理由はそれだけではないのだろう。
建物の地下には駐車場を利用した市場があり、商人の出店が多く立ち並び、身体改造に特化した様々なインプラントや電子機器が取引されていた。義手や義足、義眼などの人体を補完する〈サイバネティクス〉が無雑作に陳列されていて、傘立てに無数の義手が放り込まれているのが見えた。
その数は膨大で、ジャンク品も含めれば数百を超える貴重な商品が販売されている。これほど多くの〈サイバネティクス〉が一箇所に集まり、取引されている様子は見たことがなかった。そしてそれは、廃品置き場(ジャンクヤード)を思わせる
ちなみに、市場にやって来ていた買い物客の多くは、廃墟の街からやって来た行商人だという。この人工島でしか手に入らない遺物を求め、ソクジンたちのようなサイボーク集団に護衛されながらやってくるらしい。
「これだけ大量の遺物をどこで手に入れたんだ?」
ワスダの質問を無視するのかと思っていたが、ソクジンは真面目に答えてくれた。
「この街の建物の多くは封鎖されていて、近寄ることもできない状態になっている。無理に侵入しようとすれば、巡回警備している機械人形に包囲されて問答無用で殺される。たとえ僕らのように、システムに市民として認められていたとしても、それは変わらない。でも、いくつかの場所はこの建物のように開放されていて、僕らが自由に出入りできるようになっている」
「そこで手に入れた遺物を使って身体改造するだけじゃなく、人工島にやってくる商人たちとの取引に使って金儲けしてるのか」
「まぁ、そういうことだ。人工知能が支給してくれる食料だけではやっていけないからね、どこかで金を手に入れる必要があるんだ。幸い、この街には自動販売機が腐るほどあるから、それなりの
それまで黙って話を聞いていたミスズがソクジンの言葉に反応する。
「日々の生活を豊かにするために、廃墟の街で略奪や殺しをするのですか?」
青年は明滅する眸で彼女を見つめたあと、ポップスターめいた軟弱な笑みを浮かべる。
「この街はモノで溢れているけれど、僕らが手にできるモノは限られている。でも、生きるってことはさ、食べて寝ることだけじゃないんだ。そうでしょ? 娯楽も必要だし、〈国民栄養食〉以外の食べ物だって口にしたい。それって普通の考えだと思うんだ。だから僕らが本当の意味で生きられるために、奪って殺しているんだ。程度の差こそあれ、この世界では誰もが誰かの犠牲になっている。それは変えられないし、きっと変わらない。それにさ、その世界とやらは、僕らのために何もしてくれないでしょ?」
ミスズが目線をそらすと、ソクジンは狡猾なヘビを思わせる表情を浮かべる。悪いのは世界であり、自分は被害者のひとりでしかない。その世界が何も与えてくれないのなら、自分で奪いにいけばいい。それはこの荒廃した世界で生きる略奪者たちが抱える共通の思想だったが、多くの場合、彼らはそれを悪行のための言い訳として使っていた。
だからなのだろう、ソクジンの言葉には不思議なほど重みがなかった。
「それで――」と、ワスダが言う。
「ここにいる商人は、鳥籠から無理やり連れてきたのか?」
不躾な質問にも、青年は嫌な顔をせずに答える。
「いや、闇市の人間だよ。ここなら商人組合の目を気にせず取引ができるんだ。組合に貴重な遺物を取られることもないし、彼らに多額のショバ代を払う必要もない。殺し合いに発展するような揉め事も回避できるから、組合と敵対することも防げる」
投光器や派手なネオン看板、それにホログラムの投影機が運び込まれていたが、それでも地下駐車場の広大な空間を照らすことはできず、市場は薄明りのなかにあった。その駐車場には、どこか気味の悪い雰囲気が漂っていた。おそらく、駐車場としての機能をはたしていないからなのだろう。
そこにあるはずの車両が確認できないからなのかもしれない、車両の欠如により、閑散とした広大な空間が廃墟のような印象を与える。照明が届かない場所は完全な暗闇に支配され、先の見えない暗い影が何処までも広がっている。ずっと見つめていると、何かが潜んでいるような錯覚さえ与えるほどだ。
市場で働く人間も薄汚い格好をしていて、その多くが身体改造によって人間離れした姿をしていた。彼らは商品について買い物客と熱心に話をしていて、いかに優れたインプラントを扱っているのか説明していた。しかしその多くはジャンク品と変わらない見た目で、錆の浮いた装甲板や、配線が切断された義手や義足だった。
注意深く市場を眺めていると、そこで取引されている〈サイバネティクス〉の大半が使い古された中古品ばかりで、ソクジンたちのそれとは異なることが分かる。〈熱光学迷彩〉などの貴重な遺物を、ソクジンたちはどこで手に入れたのだろうか?
「いいかげん、その計画とやらについて教えてくれ」
ワスダの言葉に青年は立ち止まると、地上につながる通路からやってきていた複数の多脚車両を見つめる。それは輸送コンテナを搭載していて、操縦席のない自律型の大型車両だった。
「決められた時間に物資を運んでくるって言ったでしょ」
「まさか、あれに乗って企業の区画に忍び込む、なんて言わないよな」
「そのまさかだよ。荷下ろしのときに忍び込む」
「重量の問題はどうするんだ。こんな大勢で乗り込んだら、すぐに異常を検知して動かなくなるぞ。ただでさえクソ重たいサイボーグがいるんだ」
「そのためにレイラがいるんだよ。彼なら車両のシステムに侵入することができる。あとは僕たちが用意したマルウェアに感染させれば、すべての問題はクリアできるはずだ」
「よう、兄弟」と、ワスダが皮肉のこもった笑みを浮かべる。
「こういうのが潜入って言うんだよ。真正面から殴り込むのは、バカがやることだ」
私は肩をすくめてみせると、遠くから近づいてくる多脚車両を見つめた。
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