第726話 物流拠点


 環境に配慮していると見せかけるためのものなのだろう、企業の倉庫がある敷地には緑の芝生や樹木が見られ、それらの植物を管理する機械人形の姿があちこちで見られた。そこで目にする植物の多くは、廃墟の街で見られるような得体の知れない植物ではなく、見慣れた普通の植物だった。


 やがて倉庫の無機質で飾り気のない隔壁かくへきが見えてくる。厚い鋼鉄製の扉はコンクリートの壁にしっかりと組み込まれている。企業テロや暴徒に警戒していたにしては、いささか厳重すぎるようにも感じられるが、当然のように身体改造が行われていた世界では、それが普通だったのかもしれない。


 倉庫の入り口は静まり返っていて、周辺一帯を警備していた〈ツチグモ〉たちも動きを止め、我々が乗る輸送用の多脚車両ヴィードルに注視しているように見えた。とくに意味はないのかもしれないが、潜入している身としては嫌な緊張感を抱いてしまう。


 静寂のなか、鈍い作動音とともに隔壁がゆっくりと動き始めた。巨大な機構が連動し、重々しい金属が微かにこすれる音が響く。隔壁が少しずつ開かれ、その隙間から外の光が差し込んでいく。未知の領域への扉が開かれる瞬間のような、どこか奇妙な緊張感が漂うようになる。その隔壁が完全に開ききると、〈ツチグモ〉たちが再び移動するのが見えた。


 まだ潜入には気づかれていないようだ。このまま我々の存在を無視してくれたらいいのだが、思い通りにはいかないのだろう。


 我々の心配をよそに、多脚車両は倉庫に入っていく。高さのある広大な空間に、無数の金属棚が整列しているのが見えた。各棚には色とりどりのコンテナボックスが整然と収められ、備蓄された物資が厳重に管理されていた。その金属棚は、屋根を支える柱としても機能しているのかもしれない。


 天井まで真直ぐ伸びる棚では、自律型の多脚ロボットが作業していて、棚から棚へと移動しながら物資の確認作業や整理を行っているのが見えた。小型だが無数の脚を巧みに操りながらコンテナボックスを運び、無駄のない動きで作業を続けている。


 当然のことだったが、ここでは人の姿は見られず、機械人形が立てる穏やかで効率的な作業音だけが倉庫内に響いている。金属棚に挟まれた通りでは、武装した〈ツチグモ〉が巡回警備している姿が見られた。その機体の周囲にはコバンザメのように小型ドローンが飛んでいて、警備の補助をしている様子すら確認できた。


 倉庫内の警備は万全のように思えた。無計画にコンテナから出てしまえば、たちまち〈ツチグモ〉に発見されて戦闘になるかもしれない。そうなれば都市の警備システムにも侵入したことが知られてしまうだろう。


 入り口の隔壁が閉まると、倉庫内の照明が落とされて静けさが戻ってくる。機械人形は人間と異なり、暗闇のなかでも動けるセンサーを搭載しているので、作業に支障がないのかもしれない。かれらは棚の間を機敏に動き回り、細かな作業に従事する。その微かな音を聞きながら、これからのことを考える。


 ここからカジノがある区画に行くには、厳重に警備されたゲートを通る必要がある。そして残念なことに、ここから先は小細工が通用しないだろう。万全な状態の〈サスカッチ〉や〈ツチグモ〉と戦う必要に迫られてしまうかもしれない。が、それを避ける方法を見つけられるはずだ。


 〈軍用AI〉によって管理されているシステムは完璧だ。けれど、この電脳都市はあまりにも広大で複雑だ。試験段階の人工知能にも管理できない場所やシステムがあるかもしれない。我々はその綻びを見つければいい。


「けど、あのサイボーグどもは当てにできないな」

 ワスダはそう言うと、先行する多脚車両に視線を向ける。


 ソクジンたちがどういう立場にいるのか、どこまで企業区画の状況を把握しているのか、頭を働かせながら考えているのだろう。彼らの目的は依然として不明だったが、少なくとも我々に敵対するような意志は見られない。しかしそれが歓迎すべき事実なのか、あるいはその逆なのか、そこまではワスダにも分からないのだろう。


 そしてそれが問題をより複雑にしているのも事実だ。それからワスダは、〈光学迷彩〉を解いていたエンドウに視線を向ける。


「まずは倉庫から出る手段を考える必要があるな……エンドウ、なにか考えはあるか?」

 名を呼ばれたエンドウは、顔を上げることなく手元の端末を睨みながら言う。

「倉庫の外で見かけたロボットを暴走させます」


 芝生を管理していた小型の機械人形たちのことだろう。

「あれを暴走させてどうするんだ?」


「倉庫内に侵入させ、意図的に警報を作動させます」


「警備システムが暴走した機械人形に対処している間に、倉庫から抜け出すって算段か……シンプルだが、それが却っていいのかもしれないな。――で、やれるのか?」


「セキュリティに侵入を検知される可能性があるので、遠隔操作はできないかもしれません……ですが、カグヤさんのドローンを使って直接接続することができれば、あとはこちらで安全に操作できるようになると思います」


「カグヤ、やってくれるか?」

 ワスダの問いにドローンは縦に首を振るように動いてみせる。

『やるよ、この機体なら倉庫内のセンサーも反応しないと思うし。輸送車が所定の位置に停止したら、すぐに行動を開始する』


 車両が止まるまでの間、暗い倉庫内で多脚ロボットが黙々と働いている様子を眺める。コンテナボックスの整理や金属棚の保守点検など、ありとあらゆる作業が継続して行われていた。人間の姿は見当たらず、無人の倉庫が寂寥感を抱かせる。人々の姿が消え去った〈人工島〉は、旧文明が持っていた孤独な一面を垣間見せているようだった。


 システムに誘導されていた車両が停車し、周囲の安全が確認できると、コンテナの扉を僅かに開いてカグヤのドローンだけ外に出した。ソクジンたちにも考えがあったようだが、我々の指示に従うつもりなのか、今はコンテナのなかで大人しくしてくれていた。


 ドローンから受信する〈ツチグモ〉や周囲の様子を確認していると、倉庫内の地図が表示されて、奥のほうに位置する一角が赤い点で示される。


「この赤い点は?」

 カグヤに質問したつもりだったが、答えたのはソクジンだった。


『ここにある物資の多くは、消費のために一定の期限が設けられている。その期限を過ぎたモノは、例外なく処分されることになっている。赤い点で示している場所には、古くなった物資を〈転換炉〉と呼ばれる装置がある施設に搬送する車両が停車している。僕たちはその車両を使って、再利用施設まで向かう』


「また輸送車のコンテナか……」

 ワスダはひとしきり沈黙したあと、ソクジンに質問した。

「でも、どうして再利用施設なんかに向かうんだ?」


『これです』

 ソクジンの言葉のあと、企業区画の地図が表示されて、再利用施設のすぐ近くにある人工池が赤い線で縁取られる。


『その池の底にある水中トンネルを通って、カジノ区画にある水族館に潜入する』

「水族館だと……?」


 ワスダは眉を寄せたあと、ソフィーが情報端末に表示した水族館の情報を確認する。

「たしかに人工池とつながっているみたいだな。けど、そこも警備されてるんだろ?」


『ええ、もちろん』

 ソクジンは自分自身の言葉の余韻を味わうように間をあけて、それから言った。

『それでも、多数の自律戦車が警備する正面ゲートを通るより、ずっと安全に企業の監視エリアから離れられるはずだ』


『どうするの、レイ?』

 カグヤの声が聞こえると、ワスダと目線を合わせる。彼が肩をすくめると、カグヤに計画の続行を伝える。どの道、ここで騒ぎを起こしてもらわなければ、我々はコンテナから出ることすらできない。


 ミスズたちと情報を共有したあと、移動の準備をしながらカグヤから連絡が来るのを待つことにした。

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