第721話 人工島〈電脳都市〉
無事に橋を渡り〈人工島〉の入り口に到着したが、荒廃した入場ゲートは封鎖されていて、あちこちに雑草が生い茂りゲートは枯れたツル植物に
凄まじい力を加えられて変形してしまったのだろう、折れ曲がった自律戦車の砲身に足を取られないように注意しながら歩いていると、ゲートの向こうに超小型ドローンが――遠くからでも分かるほどの大群が、灯りに群がる羽虫のように監視エリアの上空を飛んでいるのが確認できた。
監視エリア内で生活している人々についてソクジンは何も語らなかったが、もしかしたら生活の一部始終を〈軍用AI〉によって監視されているのかもしれない。
足場が悪く手間取りながらも入場ゲートに近づくと、多数のホログラムが投影されるようになる。そのすべてが〈人工島〉の封鎖に関する警告だった。ホログラムは赤く点滅していて、短い警告音が一定の間隔で鳴らされている。それはひどく耳障りな音だったが、不快に感じる音を意図的に鳴らしているのだろう。
その入場ゲートの前面には即席のバリケードが築かれていて、折り畳み式の簡易型軍用バリケードのほかに、軍事基地などで使用される金属メッシュのフレームに耐火素材の袋で組まれた土嚢の防壁まで設置されていて、ただならぬ雰囲気に包まれていた。
それらのバリケードの周囲にも戦闘の痕跡が見られ、破壊された機械人形や戦闘用に改造された多脚車両の残骸が放置されていた。おそらく、その多くがスカベンジャーや傭兵たちが残したモノなのだろう。なんとか入場ゲートまでたどり着けたが、ここで激しい攻撃にさらされて全滅、あるいは撤退したのだろう。
弾痕や放火のあとが残るバリケードに近づくと、車道内に収納されていた埋め込み式の攻撃タレットが姿をあらわし、我々に対して砲身を向けるのが見えた。封鎖に関する警告は繰り返し投影されていて、侵入者を排除するために用意された攻撃タレットの砲身は我々に照準を合わせていた。
しかし特別な権限を持っているからなのか、銃口が向けられているような状況下でもソクジンは冷静だった。彼は慣れた足取りでゲートに近づき、どこからともなく姿を見せた円盤型の小さなドローンにスキャンされるのを大人しく待った。
生体情報の確認が終わると、それまで投影されていた多数のホログラムと警告音が消えて、荒廃した都市特有の寂しげな静けさが戻ってくる。
「ほんの一時の間だけど、ゲートの封鎖は解かれた」
青年はそう言うと、サイボーク集団を引き連れて入場ゲートに向かう。
料金所としても機能していたのだろう、ゲートに近づくと
入場ゲートの周囲では――海上を含め、監視エリアを示す境界線が半透明の赤い壁として投影されていたが、ゲートの出入り口ではソレが確認できなかった。
一時的に封鎖が解かれたことを示していたが、〈人工島〉に入るには、必ずこの入場ゲートを通る必要があり他の場所は依然として封鎖されたままだった。ソクジンがいなければ、我々はこのゲートで引き返す羽目になっていたのかもしれない。
ソクジンたちのあとを追うようにゲートを通る。そのさい〈深淵の娘〉であるハクと、昆虫種族のジュジュに対して警告が行われると思っていたが、何事もなくすんなりとゲートを通過することができた。ソクジンが持つ権限の所為なのか、それとも何かしらの識別プロトコルが機能していたからなのかは分からないが、無制限に封鎖が解かれていたようだ。
入場ゲートに関する極めて限定的な権限とはいえ、〈軍用AI〉が入場を許可する理由が分からなかった。命令を順守するようにプログラムされた試作段階の人工知能だから、といえばそれまでのことだが、奇妙な違和感を持ったのは事実だ。まるで罠に誘い込まれているような気分だ。
ゲートの上方で展開されていた攻撃タレットが壁の中に収納され、無数のセントリーガンが地面に沈み込むようにして収納されるのも確認できた。やがて通行を制限していた鉄板式の車両侵入阻止バリケードが作動し、金属的な低い駆動音を発しながら車道に収納されていくのが見えた。
〈サイバーアイランド〈ヒモロギ〉へのご来訪を心から歓迎します〉
合成音声が聞こえたかと思うと、複合型娯楽施設を備えた〈電脳都市〉に関する複数の案内がホロスクリーンで投影される。ハクとジュジュは色とりどりのホログラムに興奮し、思わず動きを止めて眺める。
没入型アトラクションや各種エンターテイメントが揃った大規模な遊園地や、あらゆるジャンルの体感型映画が揃う施設、それに有名ブランドの店舗が集まるショッピングエリアなどの広告が際限なく表示されていく。
もちろん、複合施設の目玉であるカジノや美男美女が揃う合法売春施設の広告も投影されていて、さまざまな芸術作品が展示される文化施設の案内も表示されていた。その多くが廃墟の街では見ることのない人目を惹く華やかなものだったが、ソクジンたちは見慣れているのか、それらの広告を無視して歩き続けていた。
入場ゲートを通過すると、無数の自律戦車や機械人形の部隊が展開する広場に出る。それらの兵器は、荒廃した橋に放置されていた錆びついた車両や破壊された残骸ではなく、いつでも使用できるように整備されたモノだった。
また地対空ミサイルや徘徊型兵器の発射装置を備えた対空兵器もあちこちで見ることができた。その兵器の多くが、まるで来訪者を威嚇するように入場ゲート付近に設置されていた。
整備されていたのは兵器だけではなかった。道路にゴミは見られず、ひび割れや凹凸のない車道が高層建築物の連なる区画まで真直ぐ伸びているのが見えた。別の世界に足を踏み入れてしまったような奇妙な感覚に困惑する。この場所だけが時間に取り残されてしまい、旧文明期の状態を維持しているかのようだ。
広場は整然と整備されていて驚くほど清潔だった。曇り空まで晴れたような気がして、何もかもが荒廃した橋の風景とは対照的だった。広場の中央には噴水があり、その水しぶきが陽光を浴びてキラキラと輝く。その周囲には花壇が設置されていて、色鮮やかな花々が風に揺れ、微かな花の香りが漂ってくる。
人擬きの腐敗臭にまみれた廃墟の街とは大違いだ。大通りに出る遊歩道には広告を投影し続ける街灯が並んでいたが、休憩のためのベンチも等間隔に置かれていて、人々が安らげるような空間も提供されていた。広場の端にはカフェや小さな屋台が並び、いつまでも訪れることのない客のためにテーブルやイスが並べられている。
道路の先に視線を向けると、企業の高層建築物や複合施設が
これほどの施設を維持するために、どれほどの機械人形が必要なのだろうか。あれこれと考えてみたが、答えは得られなかった。この電脳都市は、人間には絶対に真似することのできない高度なシステムによって維持されてきたのだろう。
それは驚異的なことだったが、同時に今も多くの機械人形が存在しない客を待ちながら働いていると思うと、ひどく寂しい気持ちになった。かれらは完璧であるがゆえに、どうしようもなく不完全だったのだ。
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