第719話 理由


「エンドウ」機械人形を調べていたワスダが立ちあがる。

「アサルトロイドの増援は確認できたか?」


 エンドウは手元の端末に視線を落とすと、眉を寄せながらディスプレイを睨む。

「いえ、我々を監視している超小型ドローンの存在を確認しましたが、接近する機械人形は確認できません。おそらく、先ほどの攻撃は威力偵察だったかと」


「人を試す人工知能か……」

 ワスダはどこかウンザリした表情で手にしていたマニピュレーターを捨てると、ソクジンたちのあとを追うように歩き出した。


 破壊された機械人形の残骸で遊んでいたハクに声を掛けたあと、我々も放置車両の間を歩いて〈人工島〉の入り口を目指す。警備システムが本格的に攻撃を仕掛けてこないことをいぶかしんだが、考えても仕方がないだろう。


 たしかに〈軍用AI〉の挙動には不可解な点が見られたが、カグヤが言うように試作段階の人工知能であるなら、いくらでも説明がつくだろう。


 合理的な意志決定によって最適な選択を求めるのではなく、あらゆる可能性を試みることで情報を取得し学習しているのかもしれない。いずれにしろ、我々は人工知能の監視下にあるので警戒を緩めるようなことはできない。


「なぁ、カグヤ」と、気になっていたことを質問する。

「ソクジンの〈クリスタル・チップ〉だけど、他に何か分かったことはあるか?」


『たとえば、どんなことが知りたい?』

 目の前に飛んできたカグヤのドローンを見ながら考える。


「そうだな……たとえば〈人擬き戦役〉のことだけど、どうして人擬きの被害が世界中に広がったんだ? 連合軍による焦土作戦が行われただけでなく、日本とアメリカが開発した新型爆弾が投下されて、人擬きを殲滅する形で戦いは終結したんじゃなかったのか?」


『公式記録ではそうなっているけど、研究目的で各国の情報機関やら怪しげな組織に人擬きが捕獲された記録も残ってる。そういう場所から被害が拡大していった可能性もあるし、国連軍に参加していた兵士たちが知らず知らずのうちに〈人擬きウィルス〉に感染していて、自国に病気を持ち込んだ可能性もある』


「さすがにそれはないんじゃないのか?」

『どうしてそう思うの?』


「世界保健機関やら何やらが問題解決に取り組んで、そういう間違いが起きないように事前に対処したはずだ」


『そうとも言い切れないよ。過去にもパンデミックによる危機は起きたけれど、世界保健機関はほとんど機能しなかったし、汚職まみれの組織だって批判されたりもした。実際のところ、世界各国の政府機関は世界保健機関の失態を最も強い言葉で非難した』


「人擬きによる潜在的な危機を抱えたまま、時代は旧文明期へと移り変わっていったのか……。その人擬きの研究っていうのは、やっぱり軍事利用を目的としたものだったのか?」


『変異に関する原因究明や、ワクチン製造のための研究が表向きの理由だったんだろうけど、兵器利用の研究もしていたと思うよ。ゾンビのように痛みを感じることなく、半永久的に生き続ける不死の生物って、兵器としてはすごく魅力的だし』


「たしかに人擬きが制御できれば、強力な兵器になったのかもしれないな……」

 上空に視線を向けると、エンドウが改造した〈徘徊型兵器〉が飛行しているのが見えた。

「エンドウのドローンはまだ正常に動いているみたいだな。どうせなら、〈AIコア〉を搭載した多脚車両ヴィードルを連れて来ればよかったよ」


『あの自律戦車には、人間の脳に似た働きをするニューロコンピュータが搭載されているけど、〈データベース〉につながっている以上、〈軍用AI〉の影響を受ける可能性がある』


「でも、エンドウは上手くやっている」

『どうだろうね、〈軍用AI〉の手のひらで踊らされていなければいいけど』


 彼女の言葉に肩をすくめると、周囲の警戒を続けながら景色を楽しむことにした。ずっと遠くに見えていた大黒ふ頭や東扇島の工場群、それに東京湾横断道路が〈海上都市〉に林立する高層建築群で見えなくなると、拡張現実で簡易地図ミニマップを表示して、エンドウから受信していた情報を確認しながら周囲に敵がいないか調べる。


 やはり敵の接近は確認できない。〈人工島〉への侵入を阻むのなら、逃げ場のない橋で攻撃するのが最適解だと思うが、〈軍用AI〉には別の考えがあるのだろう。


 あれこれと考えながら歩いていると、上方から巨大な看板が落下してきて、放置車両を潰しながら砂煙を巻き上げる。轟音に顔をしかめて視線をあげると、橋の塔に張り付いていたハクが脚を振っているのが見えた。


 埋め立て地に向かう巨大な橋は、複数の塔とケーブルが張り巡らされた吊り橋になっているので、ハクの遊び場になってしまっていた。


 どうやら腐食でもろくなっていた道路標識に間違って触れてしまったようだ。〈念話〉を使って謝罪していたハクに手を振って大丈夫だと伝えていると、ワスダがやってくるのが見えた。


「なあ、兄弟」彼はソクジンたちの動きを見ながら言う。

「本当のところ、あの人工島で何をするつもりなんだ?」


「カジノ強盗だよ」

「金塊が目的っていうのは、マジなのか?」

「そうだけど、なにか気になることでも」


「いや、俺だって金は好きだぜ。でもわざわざこんな危険を冒さなくても、拠点にあるフードなんとかって装置を使えば、金塊くらい造り出せるんじゃないのか?」


自動販売機フードディスペンサーのことを言ってるのか?」

「ああ、その販売機のことだ」


『たしかにアレも物質変換技術を応用した装置だけど――』と、カグヤが質問に答える。

『残念だけど、拠点にある自動販売機は食品加工を目的とした装置なんだ。旧文明期には機械部品だけじゃなくて、貴金属すら安易に生成できる装置もあったみたいだけど、それらの貴重な装置は厳重に管理されていて一般には流通していなかったんだ』


「まあ、そうなるだろうな」

『でもね、装置の在り処なら知ってるよ。ほら、砂漠地帯に墜落した戦闘艦があるでしょ?』

「もしかして、その何とかって装置を積んでるのか?」


『うん、特殊な作戦に参加していた戦闘艦だからね。あらゆる状況でも作戦行動を継続できるための生産設備を積んでいたんだ。たとえば何処かの惑星で故障しても、現地で資材を調達して修理部品を造ったりする資材加工室まで備えていた』


「けど、例によって問題があるんだろ?」

 ワスダの皮肉のこもった笑みに不満を示すように、カグヤのドローンはカメラ・アイをチカチカと発光させる。


『そうだね、たしかに問題がある。資材加工室だけじゃなく、設備の多くが停止してしまっている。まずは戦闘艦のシステムを修復しないことには、それらの設備が使えないんだ』


「なんか矛盾してないか」ワスダは眉を寄せる。

「緊急事態を想定した設備なのに、必要なときに利用できないっておかしくないか?」


『言いたいことは分かるよ。でもね、あの戦闘艦はシステムに深刻な異常を抱えながら何十年もの間、空間のゆがみのなかに閉じ込められていたんだ。そしてそれは、きっと軍の技術者すら想定していなかった状況だったと思うんだ。だからどんな不具合が起きても不思議じゃない、そうでしょ?』


 ワスダは肩をすくめる。

「だから危険を冒しても、あの〈人工島〉で金塊を手に入れる必要があるってことか……。でも本当はどうなんだ。兄弟はこの状況を楽しんでるんじゃないのか?」


 今度は私が肩をすくめる番だった。けれどワスダの言っていることは間違っていない。身を危険にさらす仲間たちには申し訳ないが、カジノ強盗なんて普通に生きていれば経験できないことだったし、人工知能によって厳重に封鎖されていた〈人工島〉での探索だ。興奮しないほうがおかしい。



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あけましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします。

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