第718話 特別仕様〈機械人形〉
放置された車両の残骸を遮蔽物にして身を隠すと、上空を飛行していた〈徘徊型兵器〉から受信していた俯瞰映像を確認する。
どこから出現したのかは分からなかったが、〈アサルトロイド〉の小部隊が前方からやってくるのが見えた。その機械人形は女性のような優美なフォルムを持ちながら、戦闘を行うためだけに開発された軍事用の
滑らかな曲線を持つ装甲で全身が
脱着式の追加装甲には旧文明の合金が使用されていて、軽量かつ頑丈で、衝撃から本体を守る役割を果たしていた。全身の装甲には光沢のない表面処理が施され、黒を基調とした塗装がされていたが、追加装甲は赤で染められていて、どこか威圧的な印象を受ける。
ソレは光の反射によって独特の輝きを放っていて、攻撃に対する物理的な防御だけでなく、外見で心理的な効果を与えようとしていることは明白だった。
その機械人形の腕には、精密な射撃を可能とする〈レーザーガン〉が組み込まれている。精密に設計され適切な収納空間が確保されているからなのか、兵器特有の無骨さがないにも
その殺傷能力は非常に高く、頭部に搭載された高性能なセンサーを使い照準を定め、一瞬で敵を無力化できる攻撃が期待できる。アサルトロイドは拠点の防衛だけでなく、侵入者を殲滅するさいにも頼りになる機体だが、敵に回してしまうと厄介な機体になる。
ワスダはライフルを構えると、遮蔽物から身を乗り出して接近してくる機械人形の頭部に銃弾を撃ち込む。彼が使用する小銃は、〈資源回収場〉を警備するようになってから支給された〈M14-MP2歩兵用ライフル〉だった。それは我々が使用する標準的な火器であり、専用の弾薬を使うことで人擬きすら殺傷できる強力な武器だった。
まだ完全に信頼していないワスダに使わせるには
それでも不安は尽きないが、イーサンと相談して決めたことなので、ライフルの使用を許可したことは後悔していない。
そのライフルからフルオートで撃ち出された弾丸は、しかしアサルトロイドの周囲に発生した強力な磁界によって弾道が曲げられてしまう。
「〈シールド生成装置〉を搭載しているみたいだな」
ワスダは舌打ちすると、胸元のコンバットナイフを抜く。
「ただでさえ厄介な機体なのに、シールドを備えた特別仕様だ」
「直接、ブッ叩いて壊すしかないみたいだな」
ナミはニヤリと笑みを浮かべると、腰に差していた鉈を抜いてみせた。それを見ていたヤトの戦士たちも〈高周波震動発生装置〉を備えたナイフを抜くと、どこか爬虫類を思わせる冷徹な眼差しで敵に向かって駆けていく。
超高速で振動するナイフでも、あるいは敵の装甲を斬り裂くことはできないかもしれない。しかし構造的に脆弱な箇所を――関節や内部の機構が剥き出しになっている箇所を的確に攻撃できれば、より安全にアサルトロイドの動きを止めることができるかもしれない。
戦士たちは、その人間離れした身体能力を活かして一気に接近すると、敵の弱点に向かってナイフを振り抜く。
機械人形は戦士たちの接近を感知し素早く反応すると、
が、それでもアサルトロイドの動きは止まらない。別の腕を持ち上げると、接近していた戦士に高出力の熱線を撃ち込む。
ヤトの戦士たちは黒を基調としたアシストスーツに、市街地戦闘を想定したデジタル迷彩が施された灰色の戦闘服を重ね着していて、急所や動脈などを保護する軽量のアーマープレートを全身に装備していた。
それらのアーマーには簡易的な〈環境追従型迷彩〉の機能も搭載されているだけでなく、〈シールド生成装置〉も備えていたので、アサルトロイドの攻撃から身を守ることができた。もっとも、それはごく限られた短い時間の間だけだったので、バッテリーが底を突くまでの間に攻撃から逃れる必要があった。
ヤトの戦士たちは、その類まれな身体能力と反射神経、そして戦闘能力によって次々と機械人形を無力化していく。〈混沌の領域〉で生き抜いてきた力は伊達ではないのだろう。あっという間に三体のアサルトロイドが無力化され、残り二体もミスズとナミによって制圧されることになった。
ミスズとナミに至っては、つねにふたりで行動しているからなのか、息の合った連携攻撃で機械人形を撃破してしまう。もちろん、旧文明の装備で武装しているということもあるが、アサルトロイドを難なく無力化できたことは、見事としか言いようがなかった。
機械人形と戦う気でいたワスダは拍子抜けしたのか、どこか不満そうな表情を見せたあと、無力化された機械人形のそばにしゃがみ込む。するとソフィーとエンドウは彼の近くに立ち、油断することなく周囲の警戒を続ける。
「やはり特別仕様の機体だな……」と、ワスダは切断されたマニピュレーターを手に取りながら言う。「丁寧に整備されていて、装甲には錆ひとつ確認できない。廃墟の街で見る機体とは大違いだ」
ワスダのとなりに立つと、それまで姿を隠していたソクジンたちが〈熱光学迷彩〉を解除するのが見えた。やはり戦闘に参加するつもりはなかったのだろう。周囲の安全を確認したあと、彼らは無言で歩き出した。
「そのアサルトロイド、〈総合型娯楽施設〉を監視する〈軍用AI〉が改造したのか?」
ワスダに質問したつもりだったけど、答えたのはカグヤだった。
『それもあるけど、あの人工島には企業の社屋が密集してるでしょ?』
「社員の安全を確保するために、特別仕様の〈アサルトロイド〉が必要だった?」
『そうだね。労働を搾取する形で、人々を安い賃金で奴隷のように働かせて、利益ばかり追求していた企業や国に対して反感を持っていた組織があったみたい。それで企業テロも頻繁に起きていたみたいだし、それなりの備えが必要だったんだよ』
「奴隷か……高度に発達した社会でも、弱者は存在し続けたんだな」
『実際のところ、高性能な機械人形を製造するよりも、他国から労働者を連れてきて使うほうが費用は安く済むからね』
「どうして?」
『不死の薬〈
「ひどい格差があったんだな……だから国内では企業テロが頻繁に起きていたのか」
『ある意味では、暗黒の監視社会でもあったんだろうね。それにね、横浜のカジノにはもっと根の深い問題があったんだ』
「問題って?」
『政治だよ』
しばらく彼女の言いたいことが理解できなかったが、対岸で
「……そういうことか」
『うん。カジノ利権に外国企業の誘致やら何やら、この人工島は多くの問題を抱えていたみたい。だから特別な監視システムと設備が必要だった』
「それが
『そうだけど、その人工知能にも問題があったみたい。これもソクジンの〈クリスタル・チップ〉から得た情報だけど、あの人工島は〈軍用AI〉の試験場としても選ばれていたみたい』
彼女の言葉に思わず眉を寄せる。
「街を管理するシステムから分離されていたのは、まだ試験段階の人工知能だったからなのか……でも、どうしてそんなことを?」
『どうしてだろう? 大昔の人間が考えていたことなんて、私には分からないよ』
「それもそうだ」と、思わず納得してしまう。
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いつもお読みいただきありがとうございます。
今年もお世話になりました。皆さん、よいお年を。
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