第716話 疑念〈合流〉
やはりソクジンの部隊は異常だ。手練れの傭兵が苦戦し撤退を迫られるような人擬きの襲撃でさえ、造作なく退けて殲滅してみせていた。かれらが傭兵組合の本部から派遣された傭兵だったなら、あるいはその結果に納得できたのかもしれない。
しかしソクジンはギャングくずれの略奪者であり、有力組織の後ろ盾があるわけでもなかった。それなのに人擬きを圧倒できるほどの部隊を率いていた。その理由が分からなかった。いや、あるいは我々が知らないだけで、資金力のある組織に支援されているのかもしれない。
我々が現場に到着したときには、すでに戦闘は終わっていて、かれらの足元には無力化された人擬きが横たわっていた。ソクジンと合わせて八人の人間がそこにいた。
極端な身体改造によって人間離れした容姿を持つ略奪者のひとりは、赤く発光する四つの義眼で我々を睨む。その視線には微かな殺意がこめられていて、ヤトの戦士が思わず反応してライフルを構えるほどだった。
「待っていたよ、レイラ」
そこにソクジンが姿を見せる。相変わらず黒の外套を身につけていて、目深にかぶったフードの
青年が登場すると、サイボーグ集団は殺意を潜ませる。ある者は義手に収納していたランチャーの状態を確認し、ある者は仕込み刃に付着した血液を拭いていた。その姿は威圧的で、廃墟の街で遭遇していたなら、すぐに戦闘の準備をしていたところだ。
「それで、どうしてショッピングモールに?」
ソクジンは肩をすくめると、ツル植物に
「近道さ。ゾンビやらミュータントの相手をして無駄に消耗したくないからね」
青年の言葉にうなずいたあと、彼の足元に視線を向ける。
それに気がついたのか、ソクジンは
「あんたの部隊が消耗を気にしているようには見えないが」
すると青年は口元を押さえてクククと笑う。それはひどく芝居じみた態度だった。
「ほら」と彼は言う。「僕の仲間は喧嘩っぱやいんだ。それで時々抑えがきかなくなるときがあるんだ。わかるだろ?」
「なら連中にしっかり言いきかせてくれ」とナミが言う。
「私たちと一緒にいる間は、勝手な行動をしないでくれってな」
ヤトの言語を翻訳しているにも拘わらず、ごく自然に聞こえてくるナミの合成音声に驚いたのか、青年の表情が微かに変化したのが見られた。
「そうさせてもらうよ、僕らも化け物の群れに襲われて死にたくないからね。それじゃ、そろそろ出発しよう」
ソクジンの合図で奇妙なサイボーグ集団は動き出す。薄汚い戦闘服を身につけた者たちは、使い古されたプレートキャリアやチェストリグ、それに高価なタクティカルブーツを身につけていたが、なかには武器を手にしていない軽装の者もいた。身体改造で手に入れた能力を駆使して戦うのだろう。
もちろん火器を携帯している者たちもいる。ミサイルランチャーやガトリングレーザーなどの重火器を背負っている者もいれば、旧文明期の見慣れない兵器や小型ドローンを遠隔操作している者もいる。しかしそれはひどく不自然な印象を与えた。そもそも略奪者が手に入れられるような装備には見えなかったのだ。
身体改造に使用される各種ハイテクインプラントは、武器が仕込まれた義手や義足といった〈サイバネティクス〉を含め、旧文明の販売所でも入手できるモノだったが、その多くは高価な代物でベテランの傭兵にすら簡単に手が出せないモノだった。
それなのにソクジンと行動する略奪者たちは、異常ともいえる身体改造によって肉体が強化されていた。
それを可能にする資金はどこから手に入れたモノなのだろうか。まさか行商人を襲って手に入れたというわけでもないのだろう。だがそれをソクジンに
我々の間には深い溝があり、いつでも殺し合いに発展するような関係性しかない。つまり、同じ目的を共有した他人でしかない。たとえばそれは路面を濡らす夏の通り雨のようなものだ。気がつけば路面は乾いていて、雨が降った痕跡すら消えている。この関係性も一時的なものでしかない。
あるいは何処かで殺し合うことになり、互いの血で路面を真っ赤に濡らすことになるのかもしれない。
我々は集団のあとを追うようにしてショッピングモールの廃墟をあとにした。そこにジュジュにしがみ付かれたハクが姿を見せると、何人かの略奪者は〈深淵の娘〉の気配にあてられて思わず武器を手にするが、ソクジンの指示で銃口を下げる。
ハクに気配を抑えるように頼むこともできたが、そのままにしておいた。かれらとは敵対するかもしれないし、ときに恐怖心は武器になる。その絶対的な優位性を自ら手放す必要はないだろう。
拡張現実で浮かび上がる地図を確認しながら歩いていると、半壊した高層建築物の残骸で塞がった大通りに出る。その先に埋め立て地に続く巨大な橋の入り口があるようだったが、人の背丈よりも大きな瓦礫や廃車に埋もれていて、入り口がどうなっているのか分からない。
遠くに見える橋は、街の繁栄を象徴するものだったのかもしれないが、今では荒廃し風雨に曝され、経年劣化や鉄骨の腐食があちこちで見られた。
橋の上方には、のちの時代に建造されたと思われる重力リフトやロープウェイが設置されていて、半透明の筒状の通路が埋め立て地に向かって伸びているのが見えた。旧文明の建材が使用された支柱は錆びていなかったが、鋼線をより合わせた強靭なワイヤロープはひどくたるんでいて、風に揺れている様子が見られた。
また橋桁内にはガラス張りの遊歩道が設置されていて、歩行者は空を飛ぶような感覚で橋を渡ることができるようになっていた。どれほど便利な社会になろうとも、人々は景色を楽しんだり、海上散歩したりするための健全な選択肢は排除しなかったようだ。
強風が吹き荒れるなか、ロープウェイや腐食した鉄骨から金属の摩擦音が聞こえ、それが言い知れない寂寥感を抱かせる。
我々は足場の悪い瓦礫のなかを歩いて橋の入り口に近づく。すでに見知った場所なのか、ソクジンたちは迷うことなく歩き続ける。途中、地雷が設置されているから気をつけろと忠告される。けれど地雷がどこに埋まっているのかまでは教えてくれなかった。
橋の入り口に近づくと、小型ドローンを操っていた男が機体を回収していく様子が見えた。どうやら橋も〈総合型娯楽施設〉を監視する人工知能に管理されているようだ。迂闊に近づけば、たちまちドローンの制御を奪われてしまうのだろう。
やがて合流予定だったワスダたちの姿が見えてくる。彼に同行していたのは、ソフィーにエンドウという男だけだった。ソフィーとは面識があり、すでに何度か一緒に探索していたが、エンドウと仕事をするのは初めてのことだった。
ワスダの部隊に所属している人間は、誰もが人より秀でた特技を持っていたので、エンドウも何かしらのスペシャリストなのだろう。
ちなみに、ソクジンはワスダのことを知っているようだったが、ワスダはソクジンに関して、部下から入手していた情報以外のことは何も知らなかった。ワスダがその道で知られた人間だったらしいことは知っていたが、ソクジンたちのように突出した能力を持つ者たちが知られていないのは奇妙なことに感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます