第715話 ショッピングモール〈廃墟〉
廃墟が連なる薄暗い通りに入ってしばらくすると、カグヤのドローンは無力化された〈人擬き〉を見つける。ソレは
カグヤは接近してくる人擬きを無視しながら、小さなセンサーを使い路地に残る戦闘の痕跡をスキャンしていく。あちこちに切断された手足が転がっていて、
『数体の人擬きに襲われたけど、撃退したみたいだね』
「ソクジンたちがやったと思うか?」
『そうだね。薬莢すら落ちてないし、きっとあのサイボーグ集団がやったんだよ』
ドローンが見つめる先には、さらに多くの変異体が横たわっている。
たしかに薬莢が見当たらないのは興味深かった。通常の戦闘なら、地面に薬莢が無数に散らばるが、ここではひとつも確認できない。その異様な光景が、なにかしら異常な出来事が起きたことを示唆していた。
おそらくだが、カグヤの言うように身体改造によってサイボーグ化した集団が、火器を用いずに驚異的な身体能力を駆使して敵を制圧したのだろう。
人擬きの多くは、義手に仕込まれていたであろう鋭利な刃物によって身体を切断されていて、
それらの個体の周囲で血液が確認できないのは、おそらく高温で血液が瞬時に蒸発し、組織が
他にも異様な死骸が見られた。凄まじい衝撃波を受けて廃墟の壁面に叩きつけられたのだろうか、圧し潰されたように身体がぐしゃぐしゃに破壊され、完全に絶命している個体も確認できた。
『先行して合流地点を確認してくるよ』
カグヤの言葉にうなずくと、事前に入手していた地図を開いて現在地を確認する。
「了解、俺たちもすぐに移動を開始する」
ヤトの戦士たちの準備が完了すると、兵員輸送用コンテナのハッチから一列になって廃墟の通りに降り立つ。実戦に緊張しているのか、あるいは興奮しているのか、何度も装備を点検し戦闘行動に備える様子が見られた。適度な緊張感が漂うなか、ハクとジュジュもコンテナから出てきて周囲を見回す。
ハクたちに変わった様子は見られない。いつものようにのほほんとしている。我々にとって命にかかわる危険な探索も、ハクとジュジュにとっては楽しい遠足でしかないのかもしれない。
ミスズとナミによって簡単な点呼が行われたあと、輸送機のエンジンから局所的な重力場が生成され、機体が音もなく浮き上がっていくのが見えた。着陸時のそれとは異なり、驚くほど静かな離陸だった。それから機体はゆっくりホバリングしながら適切な高度まで上昇していく。
可変機構によってエンジンが回転していくと、ふたたび轟音が聞こえるようになり、砂煙が舞い上がるようになる。やがて輸送機は騒がしい音を響かせながら高層建築群の間に消えていく。エンジン音が聞こえなくなると、廃墟の街に静けさが戻ってくる。
輸送機は遠隔操作で拠点に帰還することになっていた。我々の探索が終わるまでの間、どこか安全な場所に残しておくことも考えたが、得体の知れない〈人工知能〉が支配する地域に近いので、拠点に戻ってもらうことにした。カグヤには手間をかけてしまうが、我々が帰還するときに、また飛んできてもらえばいい。
「ミスズ、部隊の準備は?」
質問に彼女は力強くうなずいてみせる。
「なにも問題はありません。すぐに出発できます」
「ハクとジュジュは?」
『もんだい、ない』
ハクはベシベシと地面を叩いたあと、カサカサと腹部を振る。ジュジュは振り落とされないように、ハクの背にピッタリと抱きつく。
「それじゃ、出発しよう」
ソクジンが合流地点に指定していたのはショッピングモールの廃墟だった。とくに理由はなく、目立つ場所だからと言っていたが、信用できない連中なので警戒しておいたほうがいいだろう。さすがに敵対するとは思っていなかったが、そもそもまったく異なる価値観や考えを持つ連中なので、過信は禁物だ。
途中でワスダたちと合流する予定だったが、どうやらすでに埋め立て地につながる橋に向かっているようだった。傭兵やスカベンジャーすら近寄らない場所だからなのか、他の地域よりも人擬きや変異体の数が多いようだ。
群れに襲われてしまえば、探索を始める前から消耗してしまう。だから一箇所に留まらずに、移動することを選んだのだろう。
ワスダとの通信が切れると、合流地点になっていたショッピングモールまで移動を開始する。道中、何事もなく無事にたどり移動することができた。すでにソクジンの部隊が先兵としての役割を担ってくれていたのだろう。あちこちで無力化された人擬きや、昆虫の変異体だと思われる死骸を見ることになった。
かれらは容赦なく、まるで殺戮を楽しむ狂人のように遭遇するすべてを破壊していた。きっと相手が敵対する意思のない人間でも同じことをしたのだろう。
ショッピングモールに続く遊歩道は、例に漏れずひどく荒廃していて、雑草と瓦礫に埋もれていた。
数年前まで人が出入りしていたのだろう、歩道には罠が張り巡らされていて、すでに故障して動かなくなった攻撃タレットや、警報を鳴らすための動体センサーが設置されているのが確認できた。腐食したネオン看板の下には地雷まで仕掛けられていた。
それなりの数の人間がショッピングモールで共同生活していたのだろう。荒廃した建物の周囲には無数のテントの残骸が残され、缶詰やら雑多な生活ゴミが山のように積み上げられていた。
建物正面入口から入っていくと、高い天井が崩落していて光が射しこんでいるのが見えた。それは大気中でゆらめく塵や埃をキラキラと浮かび上がらせる。石調タイルが張られた床は植物に侵食されていて、割れたタイルの隙間から青藍色の雑草が
すぐ近くにホログラム投影機を備えたフロアマップが設置されていたが、故障していて動く気配はなかった。ハイテクインプラントを販売していた店舗だろうか、しばらく歩くとひどく荒らされた場所を見つける。しかしそれはスカベンジャーたちの仕業ではないのだろう。
文明崩壊のキッカケにもなった混乱期に略奪が行われたのかもしれない。義手やら義眼が展示されていた棚は徹底的に破壊され、当時の面影すら残っていなかった。
周囲には壊れた棚やイスがひしめき合っていて、ガラスの破片が足元に散らばっていて、歩くたびにジャリジャリと嫌な音を立てた。広いモールから聞こえてくるのは、どこかで軋む錆びついた金属の音と、テントの残骸がバタバタと強風に
家族連れで賑わっていたフードコートは野鳥の棲み処になっていて、ガラス張りの外壁は崩れ
経年劣化で崩壊したエスカレーターはもはや動くことはなく、階段は崩れかけている。風が吹き込んでくると埃が舞い上がり、どこからか水が流れる音が聞こえる。中央広場には噴水が設置されていたのだろう。今では得体の知れない水草に覆われていて、奇妙な
足元に視線を向けると、くまのぬいぐるみの残骸が転がっている。誰かの忘れ物だろうか。拾いあげようとすると、手のなかでボロボロと崩れて何も残らなかった。
やがてモール内に騒がしい音が響き渡るようになる。ソクジンたちが変異体を相手に暴れているのかもしれない。先行していたカグヤのドローンと合流すると、戦闘が行われている場所に向かうことにした。
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