第714話 埋め立て地〈企業〉


 情報提供者との会合から数日、我々は輸送機を使い探索予定の〈複合型娯楽施設〉の近くまでやって来ていた。ソクジンによってもたらされた情報を疑っていたわけではなかったが、たしかに埋め立て地の広大な領域に厳戒態勢が敷かれていて、輸送機で接近することはできそうになかった。


 拡張現実によって警戒エリアが視覚化されると、レーザーグリッドを思わせる半透明の赤い壁が空高くそびえているのが確認できた。おそらく、あの格子状の壁を越えた瞬間、侵入者に対して迎撃のためのミサイルやら砲弾が発射されるのだろう。


 もちろん拡張現実で示されている警戒エリアだけでなく、埋め立て地を囲むように物理的な壁が存在していて、侵入を阻むように高く聳えている。おそらく周囲には侵入者の動きを検知するセンサーや、攻撃タレットが設置されているのだろう。


 輸送機は廃墟の街に林立する超高層建築群の間を飛行し、慎重に高度を下げながら埋め立て地に接近する。後部ハッチから外に身を乗り出して警戒エリアに視線を向けると、空からの侵入を阻むかのように巨大な砲身をようした建造物が立ち並んでいるのが見えた。


 その異様な建造物は、廃墟の街のあちこちで見られるものだったが、ここまで密集している光景は見たことがなかった。よほど空からの攻撃や侵入に警戒していたのだろう。その高さと巨大な砲身から、都市を守護する巨人のようにも見えた。


 それらの建造物は、敵軍の爆撃機を迎撃するために戦争初期に――文明崩壊の混乱期に建てられたモノだったと噂で聞いていたが、実際に何を攻撃するために建造されたのかは分かっていない。〈異星生物〉からの攻撃や〈混沌の領域〉からやってくる侵略者に備えていたとも考えられるが、情報が不足していて断定することはできなかった。


 輸送機の後部ハッチから見える建造物の多くには、未だ大量の砲弾が収納されているのだろう。壁面には旧文明の鋼材を含む建材が使われ、要塞のように堅牢な建物になっていることが分かる。あらゆる攻撃に備えていて、誘爆を防ぐための構造でもあるのだろう。


 それらの建造物の向こうには、企業のモノだと思われる高層建築物が並んでいるのが見えた。高く聳える建物の壁面には、企業を象徴するブランドロゴがホログラムで投影されている。それぞれ独自のコープレートカラーがあり、廃墟の街では見られない色彩豊かな光景を作り出している。


 たとえば〝知恵の樹〟をした象徴的なロゴを使用する〈エデン〉の社屋は、無駄のない洗練された建物で、凹凸のない真直ぐな壁面はグレーに染められガラス窓すらない。しかし企業ロゴの知恵の樹は、鮮やかな緑の草原を背景に立体的に投影されていて、人々の視線を引きつけるデザインになっていた。


 〈エデン〉のシンプルな建物と対照的なのが、世界の光学産業を牽引していた日本企業〈センリガン〉の社屋だった。硬質で重々しい印象を与える紺藍色の建物は、無数の巨大なブロックで構成されていて、各ブロックをつなぐ空中回廊はどこか機械的で複雑な機構を思わせる。


 多くの建物のなかでも一際目を惹くのが、軍事企業〈エボシ〉の社屋だ。真っ白な高層建築物は〈エデン〉のソレと似て無駄がないが、建物のつなぎ目に陶器などのひび割れや欠損を修復する日本の伝統的な修復技法〈金継ぎ〉を思わせる金色の建材が使用されていて、それは金属光沢を帯びて輝いていた。


 壁面には旭日旗を思わせる日輪を背景に、深紅に染められた鳥居に波が打ち寄せる様子が投影されている。派手だが下品さはなく、巨大な建造物と相まって、その威容は〈エボシ〉を象徴する見事なデザインになっていた。


 もちろん、それ以外の社屋も多く見られる。〈葦火建設あしびけんせつ〉の建物もあれば、かつて極東最大の兵器製造企業としても知られていた〈兵器工業集団〉の赤と黒で染められた建物も確認できた。ソレはどの社屋よりも高く聳え、建物に絡みつくように巨大な龍が投影されていて、どこにいても視線に入るようになっていた。


 それらの建物の向こうに、カジノを有する一大複合施設を見ることができた。埋め立て地のちょうど中心地に、五つの高層ホテルが円を描くように立ち並び、その中央に天を衝く巨大なホテルが堂々と立っている。埋め立て地を囲む壁から相当な距離があるので、警備の機械人形や自律兵器を避けて移動するのは難しそうだ。


 情報提供者でもあるソクジンが同行することになっていたが、どこまで安全に移動できるのか見当もつかなかった。もしかしたら目的のカジノにすらたどり着けず、途中で撤退を余儀なくされるのかもしれない。それほど広大な区画に見えた。


 着陸のための場所を探していると、どこからか膨大なデータが送られてくる。しかし受信した情報は高度に暗号化されていて、カグヤでも内容を確認することができなかった。埋め立て地を監視する〈人工知能〉から送られてきたモノだと考えられたが、その理由は不明だった。


 あるいは、警戒エリアに接近する者を試しているのかもしれない。廃墟の街で生きる多くの人間は、情報端末を利用して〈データベース〉のライブラリに接続することはできるが、これだけ膨大な量のデータを直接受信することはできない。


 ……だが、そのデータを受信することにどんな意味があるのだろうか。それとも、このデータは人工知能が使用する独自の言語で、かれらにしか分からない暗号通信なのかもしれない。


 放置車両や瓦礫がれきのない着陸に適した道路を見つけると、輸送機は主翼のエンジンをゆっくりと傾けながら高度を下げていく。ティルトウィング機構によってエンジンだけが回転するようになっているからなのか、特徴的な機械音と共にエンジンの轟音が廃墟の街に響き渡る。


 さらに高度を下げるため、主翼のエンジンを適切な角度に調整しながらゆっくりと降下していく。輸送機はカグヤの遠隔操作によって姿勢を調整し、徐々に地面に近づいていく。地面との距離が縮まるにつれ、雑多なゴミが風に巻き上げられ、砂煙が広がっていく。


 機体に収納されていた着陸用の足が地面に接触する瞬間、微かな振動が足元に伝わるが、それは注意していなければ気がつかない程度のモノだった。同時に、轟音を響かせていたエンジン音が徐々に静まり、廃墟の通りに再び静寂が戻ってくる。


 兵員輸送のためのコンテナでは、ミスズとナミの指示のもと、ヤトの戦士たちが装備の準備や点検を開始していた。ハクとジュジュは、その様子を興味深そうに眺めていたが、戦士たちの邪魔をすることなく大人しく出発の合図を待っていた。


 今回の探索に――〝カジノ強盗〟に参加しているのは、ミスズとナミが指揮する〈アルファ小隊〉と、ワスダの戦闘部隊だけだった。残念ながらイーサンの部隊は別の用事があるためカジノ強盗には不参加だ。ちなみにワスダとは現地で合流することになっているので、すぐに会えるだろう。


 ペパーミントも同行したがっていたが、つねに危険が付きまとう場所での探索になるので、彼女の参加は遠慮してもらった。もっとも、彼女は〈インフェクスムスカ〉の調査や、戦闘艦の修理作業で忙しかったので、参加したくてもできるような状況ではなかった。


 それから、機械人形で編成されたトゥエルブやイレブンの戦闘部隊も同行していない。人工知能によって監視されている警戒エリアでは、自律型の兵器でさえ制御を奪われ暴走する危険があるとのことだったので、〈AIコア〉を搭載した多脚車両ヴィードルをはじめ、徘徊型兵器や偵察型ドローンの〈ワヒーラ〉も同行できなかった。


 幸いなことに、軍用回線を使用していたカグヤのドローンは問題なさそうだったので、彼女からの支援は受けられるようだ。さっそくカグヤと連絡を取ると、合流予定になっていたソクジンのサイボーグ部隊を探してもらうことにした。



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いつもお読みいただきありがとうございます。

突然ですが、第七部(大樹の森)編の編集作業が終わりました!

よかったら読んでみてください。

きっと楽しめる内容になっていると思います。

近況ノートも書いたので、確認してくれると嬉しいです!

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