第713話 情報提供者〈ソクジン〉
テーブルに置かれた〈クリスタル・チップ〉を手に取ると、カグヤのドローンが何処からともなく姿を見せて、チップに悪意のあるコードやマルウェアの類が仕込まれていないかスキャンしてくれる。
光学迷彩を使用するドローンの登場に情報提供者たちは驚いている様子だったが、かれらの代表者だけは異なる反応を見せた。まるで以前にも似たドローンを見ていたような、どこか懐かしむような視線に感じられた。かつて彼が所属していたギャングは、横浜で名の知れた有力組織の傘下だったので、そこで何か見ていたのかもしれない。
大規模な武装組織や共同体には、代々受け継がれてきた遺物が使用されていることがあるので、同型の機体を目にしていてもおかしくない。
カグヤによってチップの安全が確認できると、情報端末に挿し込んでデータを読み込む。その間、室内は静寂に包まれていて、頭上に張られた布から水滴が落ちる音だけが聞こえていた。この辺りではいつも雨が降っている。川沿いに浮かぶ浄水施設の
やがて端末から青い光線が放たれると、テーブル上に青色のワイヤーフレームで再現された街の姿が浮かび上がっていく。建物の輪郭が立体的に描かれるようになると、密接する高層建築群がその姿をあらわしていく。
探索予定の〈総合型娯楽施設〉を再現したホログラムなのだろう。無数の光が交差しながら象徴的な外観を持つ建物を投影し、青い光が建物の曲線や階層を詳細に再現していく。
建物は廃墟の街で見られるブルータリズム建築を思わせる重々しい造形だったが、幾何学図形をモチーフにしたと思われる記号的表現や巨大な彫像が見られ、航空機のための離着陸場も多数確認できた。ホテルや商業施設を備えた建物が密接に配置され、空中回廊でつながっていて、かつて地域一帯に存在した賑やかさと活気を感じさせるようだった。
その一方で、ホログラムで細部まで精密に再現されているため、荒廃した建物の様子も確認できるようになっていた。青い線によって崩れ落ちた回廊や崩落した壁面、それに倒壊した彫像に積み重なった
民間施設が軍事目標になるとは考えにくいが、高層建築群に残る破壊のあとは経年劣化によるモノではなく、明らかに軍事行動による破壊の痕跡だった。
「お前たちが何を探しているにせよ、そのチップを使えば情報が手に入れられるはずだ」
青年の言葉は間違っていなかった。ホログラムで表示されていた項目を操作すると、施設の情報が次々と表示されていく。
それらの複合型施設は、横浜の広大な埋め立て地を利用して建造されていて、日本とアメリカを太平洋でつなぐ
広大な埋め立て地には、空中回廊でつながる五つのホテルが立ち並び、その中央に各国の要人専用ホテルも存在し、合計で四千六百室の客室が用意されていた。それら象徴的な建築物の周囲には、企業の建物が立ち並び、上流階級のための娯楽が提供されていた。
我々の目標でもあるカジノエリアは、まさにギャンブラーの楽園で、ひとつの区画だけでも三千五百台を超えるテーブルゲームとVRマシンが用意されているという。施設は華やかで幻想的なホログラムに包まれ、廃墟の街で見られる雑多な広告は存在しない。
もちろんギャンブルだけでなく、エンターテインメントも重要な要素として考えられていて、施設内には外国のテーマパークや海洋水族館、劇場、博物館に会員制の合法売春施設などが用意されていた。
海洋水族館では、かつて地球上に生息していたとされる生物がクローン技術によって復活、保護され――実際には商業利用されていて、巨大な水槽の中で優雅に泳ぎ、その美しさで来場者たちを魅了していたという。
テーマパークでは体感型のスリリングなアトラクションゲームがいくつも用意され、劇場では各国の歴史に関する演劇が披露され、博物館では〈旧文明期以前〉の科学技術や都市の歴史が展示されていたようだ。
ちなみに、もっとも人気のある演目は、月面調査の過程で発見した遺物を手掛かりに、人類が異星生物とファーストコンタクトを成し遂げる定番の物語だった。
各ホテルには世界中の料理が楽しめるレストランも用意されていて、その気になれば、施設内だけで生きていける環境が提供されていた。実際のところ、地下には核攻撃に耐えるだけの堅牢な避難施設があり、要人を素早く避難させるための軌道車両も建設されていた。
『施設内の詳細な地図も確認できたし、必要な情報は揃っているみたいだね』
カグヤの言葉にうなずいたあと、情報提供に感謝したが、青年は人差し指を立てる。
「ただ、ひとつだけ問題がある」
「問題?」
「ええ、問題です。残念ながら、周辺一帯は封鎖されていて、近づくことさえ困難になっています」
青年の言葉に眉を寄せ、それから情報提供者のリストを開いて名前を検索する。
「ソクジン」
青年はそう言うと、握手を求めるように右手を差し出した。
「僕の名は、ソクジンだ」
差し出された手を無視して、「レイラ」と名乗った。青年はしばらく私の目を見つめて、それから自身の手に視線を落とした。
「略奪者風情とは握手もできない?」
「気にしないでくれ」
彼の目を見ながら言う。
「べつにあんたの生き方を責める気はないし、責める理由もない。この街では誰も彼もが生き残るために、現実と向き合わなければいけない瞬間がある。多くの場合、変異体に襲われて道端で死ぬことになるが、そのなかにはツイている連中がいて、余裕のある家庭で育つ者もいれば、廃墟のなかで育ててくれた共同体に報いるため、身を粉にして働く者たちもいる。それが略奪者の集団だったからと言って、俺に責める権利はないよ。彼らはただ、生きるために必死なだけなんだ」
「それでも略奪者とは相容れない。そうなんだろう?」
「ああ、生きるために無垢な人間から奪うのなら、持たざる者であることを選択する」
「それは君が何もかも持って産まれてきたからだよ。もしも僕たちのように、この廃墟の街の底辺で生きてきたなら、そんな綺麗事は死んでも口にしないはずさ」
「かもしれない。でもだから責める気がしないんだ、ソクジン。たとえお前たちのような野蛮で人殺しの略奪者だとしても」
「へぇ、それは意外だね」ソクジンは手を引っ込めると、どこか中性的な雰囲気のある整った顔立ちで微笑む。「それじゃ、続きを話しても?」
「ああ、続けてくれ」
青年はうなずくと、ホログラムを見つめながら言う。
「周辺一帯は都市のシステムから切り離された人工知能によって管理され封鎖されている」
「どうしてそれを?」
「かつて〈
「つまり、ある程度の場所までなら問題なく侵入することができるんだな」
「できる。でもそれには僕が同行する必要がある」
「どういうことだ?」
ソクジンは肩をすくめた。
「言っただろう。かつてあの辺りを支配していたのは〈死頭流〉だった。そして僕はその組織に所属していて、あのなかで育ったんだ。システムは僕を例外的なアクセス権限を持つ〝ゲスト〟として認めてくれている。残念なことに、〈アシビ〉の粛清によって〈死頭流〉の初期構成員の多くが死んでしまったので、その権限を持つものも限られているけど」
「それで?」
「君たちには僕が必要なんだ」
「必要ない――」
「いや」ソクジンは言葉を遮りながら言う。
「君には僕が必要だ。驚異的な遺物を使って空を飛べることは知っている。でもね、ドローンであれ航空機であれ、あの地区に近づくことはできない。人工知能は空の動きも把握している。そして警告を無視して近づくモノは、それが何であれ撃墜する。だから地上にあるゲートを通って侵入するしかない。そしてそれには僕の権限が必要になる」
「俺たちに同行することが目的なのか?」
「そう、あの地区に忘れてきたモノがあるんだ。だから僕も君たちに同行する。戦力が増えるんだ。悪くない条件だろ?」
「ほかに望みはあるのか?」
「ない。報酬は約束していた
「すでに目的の情報は手に入れた。ここでお前たちを皆殺しにすることもできる」
「そうだろうね」と、ソクジンは冷たい笑みを浮かべた。
「まるで都市に巣食う略奪者たちのように、君にはなんだってできるんだから」
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