第712話 マルチパス!


『シンニュウシャ、コロス! ソコ、ウゴクナ!』

 特殊な〈AIコア〉を搭載した多脚車両ヴィードルはマニピュレーターを変形させ、レーザーガンのレンズを露出させると、武装集団に砲身を向ける。


 それを耳にしたミスズは「やれやれ」と溜息をつきながら言う。

「誰も殺しませんよ。それに、あなたのお仕事は監視することです」


 そこに別の多脚車両がやってくる。小型の戦闘車両は、やや灰色がかった鼠色の迷彩柄に塗装されていて、廃墟の街によく馴染んでいた。瓦礫がれきの隙間を縫いながら移動する姿は、まるで生き物のようだった。車体は大型バイク程度のサイズだったが、それにもかかわらず、旧文明の優れた技術と武装を搭載している。


 しっかりと大地を踏みしめる四本の脚は、車体中央に備えた球体型のコアと同様に旧文明の鋼材を含んだ装甲板におおわれている。車体中央のコアには高度な人工知能や複雑な電子部品、そして各種センサーが緻密に配置されていた。そのコアはまるで脳のように機能し、状況に応じて即座に判断と行動を起こすように設計されていた。


 また操縦者が不要なため、通常の多脚車両よりも小型化されている。そのおかげなのか、瓦礫に埋もれた街でも優れた機動力を発揮してくれた。まるで蜘蛛の触肢しょくしのように機体前面に取り付けられたマニピュレーターには、変形機構を備えたレーザーガンが組み込まれ、最小限の動きで標的を狙い撃つことが可能になっていた。


 車体の側面には制圧力の高い重機関銃が搭載されていて、環境に応じて姿勢を変え、敵を見つけると即座に火力を発揮することができるようになっていた。だが、人工知能に関しては改善の余地がありそうだった。


『クズドモ、トマレ。マッサツスル!』

 不良AIを搭載した車両は、必要以上に情報提供者たちのことを刺激する。ミスズとナミを迎えに行かせて正解だったようだ。もしも多脚車両だけに任せていたら、かつてシズルに所属していた集団と厄介なことになっていただろう。


 ミスズの指示で多脚車両が周辺一帯の警備に戻ったことを確認すると、数人のヤトの戦士を連れて話し合いの場に指定していた廃墟に向かう。さすがに初対面のギャングくずれを拠点内に入れるわけにはいかなかった。入場ゲートの近くにある廃墟なので、ミスズたちともすぐに合流できるだろう。


 荒廃した建物に足を踏み入れると、崩落した天井の瓦礫がれきが足元に散乱しているのが目についた。かろうじて鉄筋でつながっている瓦礫が、雨に濡れ、今にも崩れそうになっている。建物の壁面は雨と湿気によって黒ずみに覆われて苔生している。つねにヌメリのある液体に濡れているのか、室内には嫌な臭いが籠っていた。


 窓ガラスは割れ、そのガラス片がゴミの中に埋もれている。雲間から光が挿し込んでいたが、建物内は薄暗く、どこか陰鬱な雰囲気が漂っていた。廃墟の中に漂う冷気と薄暗さが、建物の静けさを一層際立たせているかのようだ。


 歩くたびに建物の至るところから音が聞こえてくる。水滴が苔生した地面に落ちる音や、風が建物の隙間から吹き込んでくる音。それらが深い沈黙を破り、荒れ果てた建物に息吹を与えているようだった。


 ポタポタと水滴の音が聞こえる。崩落していた天井には、話し合いの最中に雨に濡れないように布が張られていたが、染み出した水滴が地面に落ちていくのが見えた。水滴が布を打つ音が響くなか、ミスズとナミに案内されながら武装集団が部屋に入ってくる。


 その部屋の中央にはテーブルが置かれ、錆びたパイプイスが適当に配置されていた。集団の代表と思われる青年だけが、そのイスに座り、他の――ほぼ全身義体のサイボーグ集団は、青年の背後に立って我々を睨んでいた。


 妖しく発光する赤い義眼に見つめられながら、かれらを連れてきてくれたミスズとナミに感謝する。それからイスに座っていた青年に視線を向ける。


 青年は黒い外套のフードを目深にかぶっていたが、それでも整った顔立ちをしていることが分かる。切れ長の目が彼の最も際立つ特徴なのだろう。目尻に軽くアイシャドウをのせ、アイラインは長く引かれていた。そのおかげなのか、青年からは知的でありながら、どこか影のある印象を受けた。


 とくに若い女性が心を奪われてしまうような魅力を持っていたが、薄汚れたサイボーグ集団のなかにあって、その存在は異質だった。無法者というよりも、若者に人気のポップスターと言われたほうが納得できる。


 彼の両腕には高度な義手が装着されていたが、本物の皮膚と見分けがつかないほどの精巧な〈人工皮膚リアルスキン〉の所為せいで、それがどのような機能を持った義手なのか見当もつかなかった。


 偵察ドローンによるスキャンの結果、それ以外にも複数の〈サイバネティクス〉を装着していることは分かっていたが、巧妙に擬装されていて、彼がどの武装やインプラントを装着しているのかは分からなかった。


「それで――」

 合成音声だろうか、口元から喉元にかけて機械化された〈サイバネティクス〉を装着していた男が機械じみた声で言う。


「ここの責任者は誰なんだ。わざわざこんな場所まで出向いてきたんだ。挨拶のひとつくらいあってもいいんじゃないのか?」


「情報の見返りは電子貨幣クレジットだったな」

 彼らが求めた金額が収められた〈IDカード〉をテーブルに置いた。


「おいおい、いきなり交渉もなしかよ。てめぇは素人か?」

 顔面の半分以上を改造し、まるで蜘蛛のように複数の義眼を持つ男が言う。


「お前からは誠意ってモノが感じられないな。せめて女のひとりやふたり、いや、このさい酒でもクスリでもいい。なにか俺たちを喜ばせるモノはないのか?」


「残念だけど」と、赤く発光する男の〈アイ・インプラント〉を見つめながら言う。

「俺たちが欲しいのは情報であって、略奪者たちと慣れ合うことじゃないんだ」


「てめぇ――」

 男が義手を変形させ、前腕部に収納していたランチャーの砲身を露出させたときだった。ヤトの戦士のひとりが動きに反応し、ほぼ無意識に男の頭部に銃弾を叩き込んだ。それは的確な動きであり、ミスズに訓練されたとおり、確実に標的を仕留めるために銃弾が二発撃ち込まれていた。


 男は前のめりに倒れて、二度と起き上がることはなかった。一瞬、殺意を含んだ緊張感が場を支配する。だが、無法者の集団は動かなかった。彼らの代表でもある青年が片手をあげて、彼らの動きを制したからなのかもしれない。


「銃口を下げてくれ」

 若いヤトの戦士に声を掛けるが、まだ警戒しているのか、彼は動こうとしなかった。


「聞いているな、パーサリ・ダン・ラァゴ」

 ナミは語気を強める。

「すぐに銃口を下げるんだ!」

 彼女の言葉に反応して、〝湖面で踊る鳥〟の名を持つ青年は慌てながら銃口を下げた。


 嫌な感じがする。もはや話し合いの雰囲気ではなくなっていた。と、そこにハクと昆虫種族のジュジュがやってくる。〈深淵の娘〉であるハクの気配に男たちは困惑し、恐怖に身体を震わせる。が、ハクは知らん顔でテーブルに近づくと、銀色のIDカードを見つめる。


『これ、マルチパス!?』

 触肢でトントンとテーブルを叩く。

『ハク、マルチパス、もってるよ』


 ハクの言葉に反応して、ジュジュはゴソゴソと何処からか〈IDカード〉を取り出すと、自慢するように我々にカードを見せてくれた。


 その甲殻に覆われた小さな手に握られていたカードは、ハクとジュジュが教会の地下に自由に出入りできるために渡していたモノだった。プラットフォームは閉鎖されていたが、そのカードがあれば好きな区画に入ることができた。


「……えっと、ハク」

 ミスズが困ったような表情で言う。

「今、お客さんと大事な話をしているの」


 ハクはトコトコと身体の向きを変えると、緊張した面持ちのサイボーグ集団と、地面に転がる死体を見つめる。


『ん。ちょっと、まちがえたかもしれない』

 ハクは壁面に張り付くと、そのまま建物の外に出ていった。その間、ジュジュはハクの背につかまりながら、得意げにマルチパスを見せびらかしていた。


 ハクたちがいなくなってしばらくすると、集団の代表でもある青年は咳払いをして、それから小指ほどの小さな〈クリスタル・チップ〉をテーブルに置いた。

「それに情報が記録されている、すぐに確認してくれ」

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