第711話 武装集団〈教会〉


 灰色の重たい雲におおわれた旧市街は鉄とコンクリートの墓場だった。立ち並ぶ建物は、時の流れに蝕まれ、その多くが崩壊しかけていた。風雨に侵食された数々の建築物は、どこからともなく吹きつける風に――まるで悲鳴を上げるように鉄骨を軋ませる。


 ひび割れたアスファルトは網目状に繁茂はんもした雑草に覆い尽くされている。それらの雑草も風を受けて、滅びた都市の歴史を歌い踊るように揺れている。通りに立ち並ぶ建物はツル植物に覆われ、木々が根を張り、倒壊した壁の隙間や窓から枝を伸ばしている。


 瓦礫がれきと雑多なゴミで埋もれた道路は錆びついた車両によって封鎖され、雲間から射し込む微かな日差しが地面に散乱するガラスに反射しているのが見えた。


 車両の多くは腐食し赤茶けていて、窓ガラスはなく、植物の侵食で面影は残っていない。それらの残骸は、荒野に転がる石ころのように、都市の至るところで見られた。かつて多くの人間で賑わっていた通りは、今やただの朽ち果てた鉄塊の墓場となり、過ぎゆく時の流れで消え去ろうとしていた。


 教会の大扉を通って外に出ると、入り口の左右に古代ギリシャを思わせる大理石調の巨大な彫像が立っているのが見えた。スパルタの英雄だろうか、赤銅色に輝く槍と盾を手にした戦士は、まるで教会に入る者を威嚇するように扉を見下ろしていた。


 周囲を見回すと、あちこちに土嚢袋が積み上げられ、教会の周囲に堅牢な陣地を構築しているのが確認できた。周辺一帯にはバリケードとして機能する鉄製のフェンスや強固なコンクリート壁が立ち、すぐそばの銃架には重機関銃が設置され、照明の多くがフェンスの向こう側を照らすように固定されていた。


 そのバリケードの近くには急ごしらえの監視所が高くそびえ、武器を手にした〈ヤトの戦士〉が警戒していた。普段は機械人形がその役割を担っていたが、カジノ強盗のために召集された戦士たちが警備を手伝ってくれていた。


 鉄パイプと鉄板で組まれた枠組み足場にも見える監視所からは、荒れ果てた都市の風景が見渡せ、高い位置から拠点の安全を確保できるようになっていた。かれらの死角となる場所は、上空を飛び交う小型偵察ドローンと各種センサーによってカバーされていた。


 壁の内側では人々が忙しなく働いている。教会の広場には無数の天幕が張られ、商人たちが扱う商品や物資を満載した輸送コンテナが並んでいる。少々見栄えは悪いが、コンテナは遮蔽物にもなるし、商人や職人たちの仮住まいとしても機能していた。そこで人々は共同作業に励み、無法者に占拠されていた教会を拠点にするため力を合わせて奮闘していた。


 作業の多くは略奪者たちが荒らした教会内の修復や、防衛強化に関する仕事で、職人たちの怒鳴り声や機械人形の作業音が聞こえていた。けれどそこに険悪な雰囲気はない。各々のスキルや知識を共有しながら助け合い、新たな共同体を築こうと努力していた。もちろん、スカベンジャー組合も例外ではない。


 組合長でもあるモーガンの管理のもと、信頼できるスカベンジャーたちが拠点建設のために尽力してくれていた。かれらは、これまで廃墟の街で培ってきた経験と知識を活かしながら周辺一帯の廃墟を探索し、修理が必要とされる機材の部品を調達してくれていた。


 地下工場で見つかったプリンターが本格的に稼働するまでの間、スカベンジャーの働きは大きな助けになってくれるだろう。


 廃墟の探索は非常に危険な仕事だったが、ここでは機械人形やドローンの支援が得られるので〈ジャンクタウン〉で働いていたときよりも、多くのジャンク品を入手することができていた。ちなみにスカベンジャーたちはハクのお気に入りになっていた。ジャンク品に並々ならぬ執着を持つ者同士、いろいろと分かり合えるのかもしれない。


 ミスズたちの状況を確認するため、監視所に向かうことにする。梯子はしごを使い錆びた鉄板が敷かれた監視所に立つ。するとヤトの戦士がやってくる。


「武装集団の接近を確認しました」

 人間離れした身体能力と感覚的に敵意を察知する恐るべき能力によって、拠点に接近する不穏な気配を感じ取ったのだろう。


 編み込まれた鈍色の長髪に緋色の瞳を持つ戦士は、曇り空に視線を向ける。そこに複数の小型ドローンが飛んでいるのが見えた。自律式の機械は文明崩壊後の世界に現存する旧文明の遺物であり、変異体が跋扈ばっこする世界で人々が生きていける要因のひとつでもあった。これらの遺物がなければ、とうの昔に人類は滅んでいたのかもしれない。


『レイ、接近する集団の姿を捉えたよ』

 カグヤの声のあと、ドローンから受信する俯瞰映像がリアルタイムで表示され、廃墟の街を移動する集団の姿が確認できるようになった。その映像は専用のタクティカルゴーグルを装着していたヤトの戦士たちとも共有される。


 武装集団は完全武装の多脚車両ヴィードルを伴って移動していた。かれらはり切れた黒い戦闘服を身につけていて、一見すれば何処にでもいる略奪者にも見えた。けれど注意深く観察すると、高度な〈サイバネティクス〉を装着した集団だと分かる。


 全身義体に近いサイボーグ集団は、軽量で高強度の炭素繊維で覆われた義手や鋼鉄製の義足、環境や気温で彩色が変わる人工毛髪や刺青、そして発光する機械的な義眼。それらが一体化し、彼らを人間と機械が融合した特異な存在にしていた。


 イーサンから入手していた情報提供者のリストを開くと、接近してくる者たちの特徴と照らし合わせていく。


 タグ付けされ、身体からだの輪郭線が縁取られていくと、彼らが身につけている〈サイバネティクス〉や小銃に関する詳細な情報が表示されていく。ペパーミントが偵察ドローンのために用意してくれたソフトウェアのおかげで、敵の戦力を把握しやすくなっていた。


 しばらくして地図を確認すると、システムによって脅威を示す赤色で区別されていた集団は、中立、あるいは所属不明を示す白色に変わる。どうやら拠点に接近していたサイボーグたちは、今回の探索の協力者で間違いないようだ。すぐにミスズたちと情報を共有するが、引き続き警戒しながら接触してもらう。


 カジノ強盗に協力してくれることになっていた〝ワスダ〟の話では、情報提供者たちは、かつて略奪者たちの集まりで結成された〈死頭流シズル〉という組織に所属していた人間のようだ。それなりの規模のギャングで、〈アシビ〉の名で知られた有力組織の傘下になるほどだったが、あろうことか組織を裏切り、勢力を拡大しようとして粛清されたようだ。


 恥をかかされた〈アシビ〉は容赦がなく、見せしめとして死頭流の構成員は残忍な方法で殺されていった。瞬く間に組織は崩壊し、幹部はひとり残らず処理された。が、組織の名前だけは残ることになった。理由は誰にも分からないし、そもそも気にすることでもないのかもしれない。


 いずれにせよ、シズルは〈アシビ〉の下部団体として今に残り、ヨコハマに点在する闇市の管理を任されていた。そしてその組織にかつて所属していた人間が、我々の情報提供者だ。粛清を生き延びたのは、彼らがツイていたからではなく、殺す価値もない下っ端構成員だったからだという。


 つまり、廃墟の街で悪逆非道を重ねてきた無法者だ。〈アシビ〉のように、飼い犬に手を噛まれないように注意しなければいけない。


 超構造体メガストラクチャーの地下で入手した〈AIコア〉を参考に、ペパーミントが戦闘用に試作していた人工知能を搭載した多脚車両を起動し、ミスズたちの掩護えんごをしてもらうことにした。


 情報提供者が敵対するとは思えないが、過剰な身体改造でサイボーグ化した連中だ。彼らが馬鹿な真似をしないように、こちらもある程度の戦力をチラつかせたほうがいいだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る