第710話 地下施設〈教会〉
教会地下の居住区画で目を覚ました。真っ白な壁面パネルに
寝心地のいいベッドには合成繊維の清潔なシーツが敷かれていて、廃墟の街にいるとは思えないほど快適な睡眠を提供してくれていた。そのベッドから周囲を見回すと、デスクに小さな機器が設置され、微弱な青い光を点滅させているのが見えた。
それが何のために存在するのかは分からないが、どこかレトロフューチャーとでもいうような趣がある。
時折、それらの機器から微かな電子音が聞こえてくるなか、
意識がハッキリしてくると、支度を整えるためシャワールームに向かう。それから戦闘服を身につけ、適切な装備を選択し手に取る。〈インシの民〉の技術が使われた腕輪を所持していたので、基本的に持ち物は少ない。
部屋の壁に掛かるモニターに視線を向けると、地上の天気や気温、監視状況や地下施設内の情報を表示してくれているのが分かった。教会周辺の汚染状況もリアルタイムで確認できるので、周辺一帯を探索するときには重宝する機能だった。
身支度を整えると、カグヤに連絡を入れながら部屋を出ることにした。重厚な気密扉が開くと、部屋の中に冷気が流れこんできた。新鮮な空気を取り入れるため深呼吸したあと、無機質で殺風景な廊下に出た。
床は汚れひとつない滑らかなタイルで覆われ、照明の反射でさらに広く明るくなっているように感じられた。空間全体に漂うのは
施設のあちこちでメンテナンスロボットが忙しく動き回り、効率的に作業をこなしていた。小さな掃除ロボットは床を綺麗にしていて、互に挨拶するように静かな空間に短い電子音を響かせていた。
案内板の前に立つと、施設内の地図がホログラムで浮かび上がる。広大な地下施設に複数の区画が存在することを示していた。居住区画には碁盤の目のように整然と部屋が並び、多くの人間が生活できる空間になっていて、同区画には自動調理設備などを備えた食堂があることも確認できた。
視線だけで案内図を操作すると、居住区画のすぐ近くに教育施設や図書館、それに簡単な屋内運動場などが整備されているのが分かる。
教室にはホログラム投影機や
別の区画を確認すると、人々の生活に必要な設備を調達、修理するための小規模な工場があることが確認できた。様々な製造機械が稼働可能な状態で保管され、技術者たちのための工具やメンテナンスキット、修理に必要な電子機器や部品の倉庫まで備えていた。
そもそも大規模な攻撃を想定したシェルターとしての役割も持っているのだから、それらの設備があることは、なんら不思議ではなく、むしろ当然なのかもしれない。この施設はある種の要塞のような空間であり、人々に持続可能な生活を与えるために建設されたのだろう。
施設内の注意事項が表示されるホロスクリーンを見ながら長い廊下を歩く。軌道列車の通過に関する注意を確認していると、足元に進む方向を示すように、青色のガイドラインが浮かび上がる。
そのラインに従って歩いていると、足元から低い振動音が感じられた。まるで機械の心臓が鼓動しているようだ。リアクターに関係のある装置が発する微かな振動なのかもしれない。あるいは、壁に埋め込まれている換気装置や電力供給用の配管の
食堂を通り過ぎると、物資が保管された倉庫にたどり着いた。気密扉を開放すると、明るい空間に整然と並ぶ金属製の棚が目に入る。それらの棚には包装された非常食や医薬品が陳列されていた。
物資の種類ごとに仕分けられていて、棚から投影されるホログラムで何が保管されているのか確認できるようになっていた。食料品が陳列された棚の前に立つと、栄養価の高い〈国民栄養食〉が大量に積まれているのが見えた。
異なる色と形状のパッケージが並んでいるが、微妙に味が異なるだけで、摂取できる栄養素はすべて同じものだった。
また、別の棚には医薬品が整然と収められていた。包装は白と緑を基調としたシンプルなもので、手に取ると使用法や効能がホログラムで詳細に表示される。手に取った医薬品を眺めたあと、もとの位置に戻した。緊急のさいには、これらの医療品が大きな助けになってくれるはずだ。
防災備蓄倉庫のような雰囲気を醸し出していたが、実際にそのように機能していたのだろう。足りていなかった物資が供給されていることを確認したあと、〈バイオジェル〉が詰まった容器をいくつか手に取り部屋をあとにした。
それからしばらくして、食堂でボソボソした食感の〈国民栄養食〉を咀嚼しながら、給仕ロボットが水筒にコーヒーを入れてくれているのを眺めていると、ミスズから連絡が来る。どうやらほぼ全身義体の怪しげな集団が近づいてきているようだ。イーサンが話していた者たちだろう。ミスズとナミに迎えに行ってもらうことにした。
教会の周囲には地雷や攻撃タレットが設置されていて、武器を所持した不審人物はシステムによって攻撃対象に設定されていた。それを回避するには、商人たちが使用する入場ゲートを通過する必要があったが、友好関係にない者たちにはゲートの存在すら知らされていない。だから誰かが迎えに行く必要があった。
ちなみに教会に接近してきているサイボーグ集団は、我々の情報提供者であり、今回の〝カジノ強盗〟の協力者でもある。厳密に言えば、すでに世界経済が崩壊し目的の金塊に所有者はいないので、カジノ強盗ではなく探索だったが、語呂がいいのでカジノ強盗と呼称していた。
軽食を提供してくれた多腕の給仕ロボットに感謝したあと、忘れずに水筒を受け取り、それから地上に向かうため食堂をあとにした。しばらく歩いて振り返ると、食堂の照明が消えていて真っ暗になっているのが見えた。
静まり返った廊下を歩いていると、人類最後のひとりになったような奇妙な感覚がしたが、それは地上に出ればすぐに忘れてしまうような些細な感覚だった。
それよりも、これから対面する情報提供者について考えなければいけない。イーサンのツテで見つけた人材だったが、我々と協力関係にあるフジキの話では、かれらは信用できない類の組織に所属していた人間だという。
カジノ強盗に関して我々が必要としている情報を持つ唯一の人間だったが、警戒を怠らないようにしなければいけないだろう。
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