第707話 略奪者


 想定していたよりも規模の大きな襲撃が行われているようだ。略奪者レイダーたちは廃墟に身を潜めながら、崩壊しそうな建物の屋上から断続的に射撃を行っていて、行商人たちは瓦礫がれきや運搬用の多脚車両ヴィードルを遮蔽物にして身を隠していた。


 隊商は待ち伏せに遭ったのだろう、キルゾーンに誘い込まれていて、完全に不利な状況に立たされていることが分かった。


 行商人たちの背後から接近しようとしていた数人の略奪者を見つけると、〈ハガネ〉のタクティカルスーツを装着し、ライフルの銃口を向ける。弾薬は〈自動追尾弾〉に設定し、視線でタグ付けしていた略奪者たちを射殺していく。攻撃を予期していなかった襲撃者たちは銃弾を受けてバタバタと倒れていく。


 仲間の悲鳴や呻き声に反応して振り向く者もいたが、〈環境追従型迷彩〉を使用していたので、こちらの姿を発見される前に射殺することができた。


 略奪者たち気づかれることなく背後を取っていたハクは、何も知らずに射撃を続けていた敵に強酸性の糸を吐き出したあと、かれらが占拠していた廃墟のなかに侵入していった。


 背中に拳大の糸の塊が直撃した略奪者たちは、突然の苦痛に叫び声をあげ、その場に倒れて左右に転がる。皮膚が焼けただれ、血液が沸騰するような想像を絶する痛みに思考は消え去る。頭は痛みにのみ支配され、もがき苦しみながら死んでいく。


 略奪者たちの断末魔が響き渡るなか、薄暗い廃墟に侵入したハクは大気中に漂う獲物のニオイや、微かな振動を察知しながら素早く移動する。経年劣化で崩壊した床や天井の間を縦横無尽に動き、窓際に陣取り眼下の隊商に向かって射撃を行っていた略奪者たちに接近する。


 崩壊しかけていた廃墟のあちこちにハクが動き回れるだけの空間ができていたので、敵に接近するのに苦労することはなかった。音もなく敵の背後に忍び寄ると、鋭い爪で首をね、近づけない場所にいる略奪者には糸を吐き出して処理していった。


 敵の数は多かったが、〈深淵の娘〉の相手にはならない。しかし戦闘慣れした傭兵や装備に恵まれた商人の護衛でも、その状況は変わらなかったのかもしれない。ハクは残忍な姉妹たちのように、あるいはスポーツハンティングを楽しむように、敵をひとりずつ順番に殺していった。


 略奪者たちが拠点内に侵入者ハクがいることに気がつくころには、すでに半数以上の仲間が死に絶えていて、生き残っている者たちの死も刻一刻と近づいていた。


 銃弾すら無効化する硬い体表を持ち、大きな身体からだまたたく間に接近してくる大蜘蛛は死を体現したような姿をしていた。略奪者たちにとってハクは、人間を容易くほふる化け物であり、傷つけることのできない異形の変異体に見えていた。


 かれらは真っ白な大蜘蛛の姿を見ると、人がいかにもろい生き物なのか思い知らされ、その薄い皮下装甲のなかで小さく縮こまることしかできなかった。驚くべき生物の前では、かれらの義手は枯れ枝のように頼りなく、頭は水風船のように柔らかかった。〈深淵の娘〉は廃墟の街を徘徊する死そのもの見えていたのだろう。


 略奪者のひとりは仲間の悲鳴を耳にしていたが、なにも考えることができなかった。ただ恐怖を振り払うように食べかけの板チョコを投げ捨て、薄闇の中に飛び出し、叫びながら銃を乱射する。自分がどこにいて、なにをしていたのかも忘れていた。


 ゴミや瓦礫の中を駆け回り、仲間の死体を踏み越え、まだ血の臭いが残る薄暗い廊下を走った。その間も仲間が次々と倒されていくのが見える。まるで悪夢のなかに迷い込んだように感じていたのだろう。やがて死の影は彼にも忍び寄る。最早、どこにも逃げ場はなかったのだ。


 白い蜘蛛が近づいてくるのが見えたとき、理由は分からなかったが、かれは食べ残していたチョコレートのことを思い出していたのかもしれない。どうして全部食べなかったのだろうと。命尽きる最後の瞬間、かれはチョコレートの甘くて苦い香りを嗅いだのかもしれない。やわらかい笑みを浮かべるのが見えた。


 廃墟内に潜んでいた略奪者の殲滅せんめつを確認すると、ハクは建物の屋上に向かうことにした。廃墟の至るところに地雷や人擬きすら無力化する〈レーザー・グリッド〉が巧妙に仕掛けられていたが、勘のいいジュジュは罠の設置場所を見抜いて、すべてハクに教えていたので罠に掛かることはなかった。


 ハクのタクティカルゴーグルから受信する映像で状況を確認していたので、詳細については分からなかったが、やはりジュジュの複眼にはセンサーのような働きをする器官が備わっているのかもしれない。そのおかげでハクたちは怪我をすることなく屋上に到着することができた。


 そこでは重機関銃が固定銃架に設置されていて、行商人たちに対する攻撃が続けられていた。ハクは敵に飛び掛かると容赦なく排除していった。


 あまりにも突然の出来事だったので、略奪者たちは誰ひとりとして対応できず、混乱のなかで全滅させられていった。しかし無理もない。普段は弱者ばかりを狙って襲撃していた卑劣な連中だ。自分たちが襲われることなど、まったく考えていなかったのだろう。


 ハクから受信していた映像で廃墟に潜んでいた敵の全滅を確認すると、隊商を包囲していた部隊が逃げ出す前に、〈鬼火〉を使って一気に全滅させることにした。カグヤは忙しく、〈鬼火〉を操作するさいには〈ハガネ〉の支援しか得られないが、略奪者が相手なら問題ないだろう。彼らには悪いが、〈鬼火〉の練習台になってもらうことにした。


 精神感応兵器による攻撃を意識すると、〈ナノメタル〉によって形成されるピンポン玉ほどの液体状の金属が浮かび上がるのが見える。それは流動的で不定形な形状だったが、徐々に球体に変化しながら原子核の周囲を電子がグルグル回るように、青白い電光を帯びながら私の周囲を浮遊するようになる。


 やがて無数の球体は空中でピタリと動きを止める。意識を集中させながら視線の動きだけで目標を選択すると、標的に向かって凄まじい速度で〈鬼火〉を射出した。


 ボロ布や錆びついた鉄板を身につけていた哀れな略奪者たちは、抵抗することもできず次々と倒れていった。ある者は衝撃で頭部が破裂し、ある者は千切れた手足が宙を舞い、ある者は内臓を撒き散らしながら死んでいった。


 そこに略奪者が搭乗する多脚車両があらわれると、厚い装甲板すらも貫通する鋭い鉄杭を思い描きながら〈鬼火〉の形状を変化させ、車両に向かって撃ち込んだ。ソレは軽々と装甲を貫通し、車内にいた人間を血煙に変えた。


 その錆びついた戦闘車両は彼らの切り札だったのだろう。車両が破壊されたことを目撃した略奪者たちは我先に逃げ出そうとするが、そこにハクがやってきて、かれらを混乱におとしいれる。そうして僅かな時間で敵を殲滅することができた。それは容赦のない、圧倒的で無慈悲な攻撃だったが、混乱と殺戮を好む略奪者に相応しい報いだったのかもしれない。


 迷彩を解くと、ハクが安全で敵意がないことを知らせるため行商人たちに近づく。しかしその必要はなかったようだ。行商人や護衛のなかには〝蜘蛛使い〟の良い噂を知っている者たちがいて、はじめから我々のことを味方だと認識していたようだ。


 そのなかには鳥籠〈紅蓮ホンリェン〉で知り合いになり、連絡先を交換していた商人たちがいて思わぬ歓待を受けることになった。かれらの話を聞くと、どうやら教会に物資を運ぶ途中に襲われたようだ。まったくの偶然だったが、かれらを助けることができて良かった。あるいは、これも必然的運命と呼ばれるような出来事なのかもしれない。


 いずれにせよ、荒廃した世界で孤立しないためにも協力者の存在は必要不可欠だった。彼らが被害に遭わないように、ハクと一緒に護衛することにした。はじめから目的地は同じだったので感謝されるようなことでもなかったのだが、かれらは感謝し、大いに喜んでくれた。

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