第704話 空中回廊〈上層区画〉
我々がゲートを通過すると、起動していたセントリーガンが壁に収納され見えなくなり、ふたたび検問所は沈黙に包まれていく。接近する生物の反応を動体検知機能によって捉えるまでの間、システムが休眠状態になるのかもしれない。
冷たい風が高層建築群の間に吹き荒ぶと、雑多なゴミが舞い上がるのが見えた。空中回廊の道幅は広くとられていて、植樹帯が確認できた。植込み地には得体の知れない植物が繁茂していて、目の覚めるような青色の葉は陽光を反射し、回廊全体を微細な光の粒子で満たしているように見えた。
足元はレンガ調の石畳で舗装されていたが、劣化は見られず、長年雨風にさらされてきたようには見えなかった。たしかに石畳からは旧文明特有の面影が感じられたが、不自然なほど状態が保たれていて、時間の流れに取り残されたような印象を受けた。
時折、足元にガラスを思わせる透明な床があらわれ、深い谷間に立つように荒廃した都市を見下ろせる瞬間が訪れる。廃墟に埋もれた旧市街や錆びついた構造物が、高架橋や空中回廊の影のなかに沈み込んでいるのが見えた。
故障した自動販売機や看板から色鮮やかなホログラムが投影されると、そこに潜む異形の影を浮かび上がらせた。
ぐるりと周囲を見回すと、林立する高層建築群が日の光を反射して輝きを放つのが見えた。空中回廊は無数に架かり、彼方に広がる建物と建物を結び、まるで蜘蛛の巣のように都市全体を
上層区画から廃墟の街を見下ろしているからなのだろう、
おそらく防弾装甲にも使用されるセラミックベースの素材なのだろう、汚れひとつない透明なパネルからは、
風が回廊の間を通り抜け、遠くで鉄骨が軋み、瓦礫が音を立てて崩れる音が聞こえる。その奇妙な静寂が、閑散として
目的地に向かって歩いていると、回廊の両側に設置されたホログラム投影機が動体検知によって起動し、観光地を思わせる白い砂浜が投影される。
合成ビールの広告だろうか、〈アサヒ〉を手にした男女が歩く姿が表示されていたかと思うと、露出狂めいた格好の綺麗な女性があらわれて、ビール瓶を男性器に見立てて胸の谷間に挟む下品な広告映像が表示される。
その広告が消えると、瓦礫のなかで狙撃銃らしきものを手にした兵士の姿が映し出される。深い暗闇のなかで兵士の義眼が赤く発光するのが見えたかと思うと、次の瞬間、漆黒の闇からフクロウが飛び出して獲物を狩る様子が表示される。
どうやらナイトビジョンをはじめ、各種センサーを搭載した〈
それらのホログラムが投影されるたび、光と影が交じり合い、閑散として寒々しい風景が続く空中回廊を明るく照らしていく。広告映像は足元の石畳や、回廊を囲む透明な壁面パネルにも華やかに映し出され、都市が持っていた活力を感じさせると同時に、
旧文明の人々にとって、それはウンザリするような光景だったのかもしれない。しかしジュジュにとっては何もかもが新鮮で、映像が表示されるたびに喜んで飛び跳ねていた。きっと〈集合精神〉でつながる群れ全体が喜んでいることだろう。
時折、頭上を小さなドローンが飛んで行くのが見えた。ドローンは空中回廊の上空を音もなく飛び交い、周囲を監視しているかのような素振りをみせる。……というより、それは警備システムの一部なのだろう。侵入者を発見したさいには、警備の機械人形が派遣されるのかもしれない。その存在感が回廊に静かな緊張感をもたらしていた。
色鮮やかな広告を見ながら歩いていると、近くの建物から銃声が聞こえ、手榴弾の炸裂音が聞こえる。〈人擬き〉の棲み処に侵入した
そこに重低音が響き渡ると、足元が微かに揺れるのを感じた。川に沿って空に浮かんでいる旧文明の浄水施設から聞こえる轟音が、空中回廊すら揺らすほどの振動を発生させているのだろう。
空を見上げると、雲間から射し込んでいた陽光が消え、重々しい灰色の雲に覆われていくのが見えた。もうすぐ雨が降るのだろう。暖かな日差しが消え去ると、回廊全体に暗い影が広がり、ホログラムが生み出す光によって周囲にあるモノの輪郭がハッキリと浮かび上がるのが見えた。
灰色の雲は重々しく、今にも都市に落下してくるように見えた。その雲の動きが急速に変化していくと、廃墟の街が天候の変化に呼応しているかのように、陰鬱な暗闇に包まれていく。
彼方に広がる高層建築群も灰色の雲に覆われてしまい、その影が回廊に伸びていくのが見えた。つめたい風が吹き始め、周囲では得体の知れない植物がカサカサと揺れている。雨が近づいていることを感じさせ、足元に広がる深い谷間は暗黒の世界に浸かっていく。
広告に夢中になっているジュジュを急かしながら空中回廊を進むうち、とうとう小雨が降り始めた。けれど不思議なことに、雨に濡れることなく歩くことができた。上方に視線を向けると、空中回廊を囲む透明なパネルから薄い膜が生成されているのが見えた。その半透明の薄い膜は、雨が回廊に侵入するのを阻む役割を果たしていて。
どうやら旧文明の特殊なシールド技術が回廊全体に使われているようだ。雨粒が薄膜を叩く微かな音が聞こえてくる。その透明な膜を通して雨空を見つめると、雨が膜に当たるたびに水滴が飛び散り、青色の波紋が広っていく様子が見られた。それはどこか幻想的で、ずっと見ていても飽きないモノだった。
分岐点まで歩くと、地図でハクの位置を確認して、それから目的の方向に歩いていく。分岐点には案内板が設置されていて、立体的な映像で目的地を確認することができるようになっていた。
少し調べてみると、空中回廊には飲食店から電子機器の販売店、それに娯楽施設や銃砲店まで用意されていて、旧市街が広がる地上までいかなくても生活できるようになっていた。
廃墟の街を見下ろせる場所にはベンチが並べられていて、すぐ近くに黄色い保管庫が設置されているのが見えた。気になって調べてみると、緊急事態のための道具が入っていることが分かった。接触接続で中身を確認すると、飲料水と国民栄養食、それに救急ポーチとガスマスクが保管されていることが分かった。
興味深いことに、旧文明期以前の生体認証を必要としないハンドガンも一緒に保管されていて、誰でも銃器が扱えるようになっていることが分かった。旧文明の人類がどのような状況を想定していたのかは分からないが、サバイバルキットが収められた保管庫はあちこちに設置されていた。
ジュジュのあとを追うように回廊を進むと、上方から落下してきた大量の瓦礫で塞がる場所が見えてきた。その瓦礫の山を使えば、すぐとなりに立つ建物内に侵入できるようだ。ハクの位置情報を確認すると、建物のなかを示していることが分かった。
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