第701話 得たもの


 警備隊の人間に案内されたのは、数日前にフジキと会談した場所とは異なる建物だった。警備の観点から、同じ建物の使用を控えているのかもしれない。大規模な〈浄水施設〉がある鳥籠ということもあり、〈スイジン〉は略奪者や武装勢力からの襲撃が絶えず、最高権力者であるフジキの命が狙われることも珍しいことではないのだろう。


 数か月前に訪問したさいにも、商人や買い物客の体内に爆弾を隠し入れて、〈人間爆弾〉に仕立てる無法者が入場ゲート付近で騒ぎを起こす事件があった。結局、犯人たちは捕まり、フジキの指示によって入場ゲートに死体が晒されることになった。


 当時、フジキの異常とも思える過激で残忍な対処法に疑問を抱いたが、彼が背負っている責任や、守らなければいけない人々の生活を目にしたあと、彼に対する印象はガラリと変わった。


 立場や物事の見方で善悪の基準が変わることは知っていたが、それをまざまざと見せつけられたような気がした。そして物事の表面しか見てこなかった自分自身の浅はかさを痛感した。


 人気ひとけのない建物に入ると、フジキの護衛を担当するサイボーグヤクザが驚いた顔で挨拶をしてきた。〈旧浄水施設〉に入ってから連絡がなかったので、てっきり化け物に殺されてしまったのだと思っていたらしい。


 アラミド繊維で仕立てられた黒いビジネススーツを着こなした青年は、どこか感心するような表情で、整備士と一緒になって〈マンドロイド〉たちの状態を確認していく。機械人形を盾にして逃亡すると思っていたのかもしれない。だが水中に引きり込まれた機体を除けば、機械人形の状態は良好で、整備士は笑みを浮かべて喜んでいた。


 旧文明の遺物でもある〈マンドロイド〉の数は少なく、また拠点で〈作業用ドロイド〉が製造できる我々と異なり、彼らにとって機械人形は今でも貴重な存在なのだろう。


 鳥籠との間で信頼し合えるような関係が築けたら、作業用の機械人形を交易品にして、飲料水との取引ができるかもしれない。〈スイジン〉が多くの労働力を獲得し、さらに発展することができれば、それは地域の安定にもつながり、我々の利点にもなるはずだ。


 ちなみに貸し出されていた〈水中ドローン〉も、整備士に返却することになった。極めて優秀な機体なので手放すのは惜しかったが、浄水施設を抱える鳥籠にこそ必要な機体だ。身勝手なことをするわけにはいかなかった。


 フジキを待っているあいだ、鳥籠の関係者に歓待を受けることになった。テーブルには次々と豪勢な料理が並べられ、清潔な飲料水や〈キリン〉や〈アサヒ〉といった高価な合成ビールまで用意されていた。すでに地下施設の問題が解決したことを伝えていたからなのか、料理を振舞う人々の表情には笑顔が見られた。


 地下を探索しているあいだ、携帯していて〈プロテイン・ディスペンサー〉を使い軽食を取っていたので、食事は必要なかったが、彼らの厚意を無下にしたくなかったので感謝して頂くことにした。


 料理の多くは施設の販売所で手に入る食材を使ってこしらえたモノだった。他の鳥籠との交易で手に入れた食品なのだろう。飲料水を求めて多くの商人がやってくるので、食材には事欠かないのだろう。


 ほとんどの料理は美味しく頂くことができたが、困難な時代を生きてきた名残なのか、昆虫食文化が根強く残っているようだった。いくつかの料理は食用に適した昆虫を使ったモノで、カニ味噌の甲羅焼きよろしく、甲虫の殻と一緒にテーブルに出された料理もあった。


 給仕と一緒に料理人らしき人間も来ていたので、さすがに嫌な顔は見せられなかった。そこで一計を案じて、彼らに一緒に食べてくれないかと提案した。とても美味しいのだけれど、ひとりでは食べきれないのだと言い訳を口にして。


 かれらは遠慮していたが、食事を無駄にすることのできない世界だ。結局、皆で美味しく食事を頂くことになった。昆虫の殻に盛りつけられていた料理は一際美味しいのか、サイボーグヤクザの青年が睨みを利かせながら独り占めしていた。


 妙な賑わいをみせた食事が終わるころ、いくつかの用事を片付けたフジキがやってくる。料理人たちに食事の感謝を言葉にしたあと、青年と一緒にフジキが待つ部屋に向かった。


 低いテーブルを挟むようにして、フジキと向かい合うようにソファーに座ると、簡単な挨拶を済ませて仕事に関する報告を行う。テーブルに情報端末を載せ、ホログラムで映像を投影しながら〈旧浄水施設〉の状況や、そこで何が起きていたのか詳細に説明する。けれど異星生物の機密施設に関する情報は伝えなかった。


 フジキを完全に信頼していなかったこともあるが、〈不死の導き手〉の目が何処にあるのかも分からない状況で、危険な技術に関する情報を開示するわけにはいかなかった。


 変異体の群れとの戦闘や貯水池の底で見つけた亀裂を塞ぐ様子が映し出されるたび、フジキは驚きの表情を見せていた。事態がここまで深刻になっていると想像もしていなかったのだろう。人造人間が爆撃を計画していたと知ったら、どんな顔をするのか興味があったが、スイレンに関する情報も伏せることにした。


 かれは太い指にはめていた金の指輪を回しながら真剣な面持ちで説明を聞いたあと、あらためて感謝の言葉を口にして頭を深く下げた。


「レイラに大きな借りができたみたいだな」

 フジキは苦笑しながらそう言うと、報酬について話し始めた。


 彼が提示した金額に驚いたが、一般的に熟練の傭兵部隊を率いて行うような危険な任務なので、妥当な金額なのだという。それに報酬は電子貨幣クレジットだけでなく、輸送コンテナを使って拠点に飲料水を届けてくれるようだ。教会の地下施設には、ヨシダをはじめ多くの作業員がいるので、数か月分の飲料水が確保できるのは喜ばしいことだった。


 それから約束してくれていた技術者のリストも見せてもらえた。教会に派遣してくれることになったのは、十三から十五歳までの若い少年少女だった。五人は多くの技術を身につけていて、機械人形の整備から、旧文明の家電や装置の修理まで行える優秀な人材が揃っていた。


 そのリストに書いてあることが真実だと証明することはできないが、すぐに発覚するような嘘をついても意味がないだろう。全員が孤児で、鳥籠や危険な組織との〝しがらみ〟のない人間だったので、どこかの諜報員として裏切られる心配がないとのことだった。


 派遣されることになる少年少女が、自分たちの処遇に納得しているのか気になった。彼らにもこの鳥籠での生活があり、友人とも離れ離れになってしまう。しかし文句を言う人間はいないとフジキは言う。というより、この過酷な世界で仕事があるだけでも幸運なのだ。彼らが割のいい仕事を手放すことはないだろう。


 たしかに安全で衛生的な環境で働けることは、他人よりも幸運で恵まれたことなのかもしれない。数日中に技術者を派遣できるように、準備を進めてくれるようだ。


 それから〈スイジン〉との友好関係を証明する書類やら、販売品目に関する細々とした約束事などが記された書類も手渡されることになった。書類の改ざん防止として、デジタルデータだけでなく、特殊な偽造防止用紙も使われていてスイジンで管理されるという。


 もちろん、これはすべて仮のもので、関係者による話し合いが行われたあとで正式な書類が用意されることになる。それまで口約束でしかなかったことが、正式な契約によって現実味を帯びていく過程は興味深いモノがあったが、それよりもこの荒廃した世界に契約という仕組みや文化が残っていることが驚きだった。


 ともあれ予想もしていなかった形で受けた依頼だったが、スイレンとの出会いや〈鬼火〉を手に入れられたので、これまでにない意味のある仕事だったと思う。少なくとも、滅びるはずだった鳥籠を、誰に知られることもなく救うことができたのだ。救世主のように崇められることはないが、自分自身を誇ってもいいのかもしれない。

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