第697話 群れの最後


 水面に波を立てながら大型個体が接近していることに気がつくと、その堅牢なうろこを貫くため、〈鬼火〉をナイフのように鋭い形状に変化させることを意識する。


 すると複数の球体が寄り集まり、頭に思い描いた通りの形状に変化しながら大型個体に向かって真直ぐ飛んでいくのが見えた。ソレはあまりにも速く、気がつくと化け物が痛みに悲鳴を上げていた。


 けれど鬼火が化け物の肉体を貫通することはなかった。意識して化け物の体内に留まらせていた〈鬼火〉の形状を変化させ、今度は体内で炸裂さくれつするように操作する。


 一瞬の間をおいて、鈍い衝撃音と共に化け物の身体からだが風船のように膨らむのが見えた。が、それも一瞬のことだった。次の瞬間には体液やら内臓を撒き散らしながら破裂するのが確認できた。


 その存在自体が冗談めいていた怪獣のような生物を容易くほふってみせた鬼火の性能に驚くが、心を浮き立たせず冷静に、炸裂し消失した鬼火の代りを追加で形成していく。


 〈ハガネ〉に蓄えられていたエネルギーを消費しながらまたたく間に形成された複数の球体は、バチバチと放電し青白い電光を帯びながら身体の周囲を回転し続ける。


 それを脅威と感じたのだろう、接近していた変異体のひるむ姿が見られた。暗黒の地下世界で生きる化け物にすら、鬼火は恐ろしいモノに見えたのだろう。だが容赦することはなかった。接近していた複数の化け物に向かって鬼火を射出する。強烈な電磁力によって放たれた金属の塊は、瞬く間に化け物の肉を引き裂き、骨を砕き、体液を撒き散らしていく。


 暗黒に沈み込む旧文明の地下遺跡を〝墓場〟と表現するなら、むごたらしい死骸の上を浮遊する無数の発光体は、まさに伝承に登場する鬼火そのものだと言えるのかもしれない。そしてこれほど鬼火が似合う場所もそうそうないのだろう。


 変異体との戦闘を続けていると、経年劣化によりもろくなっていた足場が崩壊していくのが見えた。すぐに後退するが、狭い通路を塞ぐように土佐犬めいた変異体が群れで駆けてくるのが見えた。すかさずライフルを構えると、〈自動追尾弾〉をフルオートで撃ち込みながら鬼火を操作する。


 すぐに手足が吹き飛び、破裂した頭部から飛び出た眼球が貯水池に落下していくのが見えた。あれほど手間取っていた変異体の処理も、鬼火があれば一瞬でかたが付いてしまう。欠点のない完璧な兵器にも思えたが、消費される膨大なエネルギーだけはどうにもならなかった。


 複数の鬼火を形成するために使用される〈旧文明の鋼材〉は、ライフルで使用される銃弾にすれば数百発分に相当し、弾倉として使用される鋼材の塊をひとつ消費することになる。もちろん鬼火を形成するだけでは意味がなく、ソレを操作する必要があり、電流と磁界を発生させるために膨大なエネルギーが絶えず消費されることになる。


 ハガネに蓄えられているエネルギーの総量と比べれば、それは些細な問題なのかもしれないが、鬼火の操作以外にもエネルギーを必要とするため楽観視はできない。でもとにかく、今は戦闘に集中するべきだった。


 障害になっていた変異体の群れを排除すると、グチャグチャになった死骸を踏み越えて安全な足場まで駆けていく。背後では足場が崩壊していき、セイウチじみた醜い水棲生物が貯水池に落下していくのが見えた。多くの個体は無事に着水できていたが、ツイていない個体は水面から飛び出す鉄骨に串刺しにされ、またあるものは瓦礫に頭部を叩きつけて絶命していく。


 足場が軋みながら不安定になり、ひどい揺れと共に崩壊していくと、となりにいたスイレンの腰に手を回し、グラップリングフックを射出して安全な場所まで一気に移動する。その間、彼女は少しも慌てることなく冷静に照準を合わせ、化け物に対する攻撃を継続していた。


 廃墟の街でいくつもの死線をくぐり抜けてきたであろう彼女にとって、これは取るに足らない状況なのかもしれない。


 対照的に群れの半数を失った水棲生物は、これまでにない悲惨な状況に戦々恐々としていた。本能に突き動かされ、感情がないように見える変異体であっても、死の恐怖からは逃れられないのかもしれない。アルファオスを失くしたことにより統率を失った群れは、散り散りになりながら逃げ出そうとする。


 すぐに鬼火を広範囲に展開し、逃げ出そうとする変異体を排除していく。水中に潜られてしまえば、視認できなくなり攻撃することが難しくなる。カグヤとハガネの支援を受けながら無数の鬼火を同時に操り、敵を攻撃し排除していく。スイレンもその場に片膝をつけると、ライフルを構えて射撃を続ける。


 やがて変異体の姿は見えなくなり、広大な地下空間に静寂が戻ってくる。薄暗い照明に浮かび上がる貯水池には変異体の肉片が漂い、ゆっくりと流れていくのが見えた。


 スイレンは立ち上がると、ライフルを変形させながら周囲を見回す。戦闘の結果に満足しているようには見えなかったが、群れの大部分を排除できてホッとしているようだった。彼女もこの任務を終わらせて地上に帰りたいのかもしれない。


「戦いのなかで進化していく――」

 突然、彼女がそんなことを口にする。

「〈不死の子供〉たちは、こうも恐ろしい存在なのね。あるいは、ふたりが特別なのか……」


 それから彼女は気持ちを切り替えるように頭を横に振った。

「浄水施設に残っている最後の群れを駆除する。かれらを誘き寄せるから手伝って」


 スイレンが何を考えていたのか見当もつかなかったが、彼女について行くことにした。そのさい、貯水池のにごった水面に視線を向ける。暗く淀んだ水底では、カグヤと水中ドローンによる作業が続けられているのだろう。


 ドローンから受信していた映像を確認すると、変異体の侵入経路だと思われる巨大な亀裂に鉄板を押し当て、溶接している様子が見られた。視界は最悪だったが、人間と異なり特殊なセンサーを使用しているため、緻密で正確な作業を続けられているようだった。


 使用されている鉄板は足場が崩壊したさいに手に入れたモノなのだろう。変異体の侵入を防ぐには些か頼りないモノに見えたが、群れの大型個体はすでに駆除されていたので、しっかり溶接されていれば侵入を諦めてくれるかもしれない。どんなに狡猾で残忍な生物でも、あれが本能で生きる動物であることに変わりないのだから。


 スイレンは土佐犬にも似た変異体の死骸を拾うと、それを持って狭い通路を歩いた。切断された脚の一部だろうか、血液が滴り落ちる気色悪い肉片にどんな意味があるのかは分からなかったが、目的の区画にたどり着くころにはソレが明らかになった。


 赤色の非常灯が等間隔に設置された通路を歩いていると、暗闇の向こうから唸り声が聞こえてくる。どうやら血肉の匂いで変異体を誘き寄せていたようだ。けれど我々の標的は土佐犬じみた化け物ではなく、あくまでも水底に潜む水棲生物だった。


 疑問が顔に出ていたのだろう。スイレンはライフルを構えながら言う。

「あの変異体の肉をとして利用する」


 ようやく彼女の考えを理解すると、暗闇から襲い掛かってくる化け物の群れに対処する。これが勝ち目のない戦いだと悟り、変異体の群れが撤退するまでそれほど時間を必要としなかった。これも鬼火という強力な兵器を手に入れたおかげなのだろう。


 それから我々は通路に積み上がった死骸を選別し、群れが潜んでいると思われる沈砂池ちんさちに投げ込んでいった。それは単純な作戦だったが、実に効果的な作戦でもあった。しばらくすると、水中に投げ込まれた大量の肉片を求めて変異体が姿を見せるようになった。我々は武器を手に取ると、水面に顔を出した化け物を順番に処理していった。

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