第696話 鬼火〈精神感応兵器〉
錆びついたグレーチングの足場は大量の瓦礫に圧し潰され、残されたのは断片的な足場と鉄の骨組みだけだった。かつての通路や階段は形を成さず、絡み合った鉄筋が空中に吊り下がっているような状態だった。足元にはコンクリートの塊や鉄片、それにガラスが散乱し、歩くことさえも危険な場所になっていた。
その瓦礫の山からは、圧し潰された化け物の呻き声や苦しそうな呼吸音が聞こえてくる。時折、なにかのキッカケで崩壊していく瓦礫の音が、空間に漂う異様な静寂を不気味なものに変えていく。まだ爆発の残響が内耳に木霊しているからなのかもしれない。
『動体反応を確認、複数の変異体が接近!』
カグヤの声に反応して地図を確認すると、足元に広がる貯水池に敵の反応を示す赤い点が複数あらわれるのが見えた。やはり貯水池の何処かに外部とつながる経路があるのだろう。
「カグヤ、敵の出現位置を重点的に調べてくれ。どこかに侵入経路があるはずだ」
『了解。視界は最悪だけど、なんとかやってみるよ』
ドローンから受信していた映像を確認すると、水がひどく
建物を爆破するまでは、遠くの景色がぼんやりと見えていたものの、今ではドローンのすぐ近くに漂っていたゴミすら
堆積物が浮遊し、ゴミや
縄張りを荒らされ、棲み処を破壊されて怒り狂う水棲生物の咆哮が聞こえると、すぐに敵の攻撃に備える。背中に回していたライフルを手に取ると、手に吸い付くような感触と重さを感じながら、手早く弾倉を装填し視界に投影される残弾数を確認する。
ストックを肩に押し付けると、水中から顔を出すセイウチじみた変異体に銃口を向け照準を合わせる。変異体の醜い頭部が波立つ水面に見え隠れしている。水が濁っていてハッキリと敵の姿が視認できないため、不気味で恐ろしい影が水底から襲い掛かってくるような感覚に襲われる。
けれど気持ちは落ち着いていた。冷静に呼吸を繰り返し、引き金に指を掛ける。波立つ音が聞こえるなか、スイレンが放った閃光が化け物の頭部を貫いて水しぶきを立てる。すると音に反応した変異体が次々と水中から姿をあらわし、こちらに向かって猛然と泳いでくるのが見えた。
弾薬を〈自動追尾弾〉に切り替えると、タグ付けされた変異体に向かってフルオートで銃弾を撃ち込んでいく。が、化け物は銃声に反応して水中に潜ってしまう。そうなると銃弾でダメージを与えるのは難しくなる。それならと弾薬を〈
シールド生成装置を搭載しているカグヤのドローンはともかく、水中ドローンに与えるかもしれない被害を気に掛けるべきだったが、とにかく敵の殲滅を優先してしまった。その甲斐あってか、それなりの効果が得られたようだ。
爆発時に発生した凄まじい圧力波により、
すぐに水底にいるドローンの状態を確認して、被害が出ていないことを確かめてから擲弾を撃ち込んでいく。水面近くで炸裂しているからなのか、水柱が立ち昇り、周囲に爆発音が轟いていく。そのたびに変異体が浮かび上がり、スイレンの攻撃で処理されていく。
圧倒的な攻撃力によって順調に敵の数を減らせていたが、そこに思わぬ乱入者があらわれて状況を変化させる。
戦闘音に引き寄せられたのかもしれない。地下空間に広がる闇の中から大型犬の変異体だと思われる生物の群れがあらわれて、
そうこうしているうちに、水棲生物も重たい
突如として水中から姿をあらわした大型個体に対応しようとしたときだった。短い通知音のあとに〈システム統合完了〉の文字が視界に表示される。ようやく〈ナノメタル〉と〈ハガネ〉のシステム統合が完了したようだ。
「カグヤ、操作の補助を頼めるか」
強靭な顎で咬みつこうとしてくる化け物に対処しながら彼女の返事を待つ。
『ちょっと待ってね……システムとの接続は完了、これから兵器の使用方法を確認する』
ハガネの各機能が回復したことを知らせる通知を見ながら、すぐに利用可能な機能を確認すると、ショルダーキャノンやグラップリングフックの項目のなかに、〈ナノメタル〉の表記があるのを見つける。それを選択すると、〈精神感応兵器・鬼火〉に関する情報が表示される。
兵器の名前が日本語で設定されているのは、日本の軍事企業〈エボシ〉のソフトウェアと統合されたからなのだろう。
「仕様の確認を頼む」
視界の邪魔になっていた兵器の使用に関する注意事項を消すと、目の前に迫っていた変異体に銃弾を撃ち込む。
『準備完了、いつでもいけるよ』
「どうすればいい?」
『〈鬼火〉の起動を意識して、標的を選択するだけでいい。あとは自律思考する金属がレイの意識に反応して適切に動いてくれる』
ハガネの装甲から、ピンポン玉ほどの大きさの液体状の金属が浮かび上がるのが見える。流動的で不定形な物質は球体に変化しながら、まるで原子核の周囲を電子がグルグル回るように、青白い電光を帯びながら私の周囲を浮遊する。
やがて無数の球体は空中でピタリと動きを止めると、接近する複数の変異体に向かって凄まじい速度で飛んで行く。
残像の尾を引きながら飛んで行く発光体は、やがて目にも留まらぬ閃光に変わり、標的の身体を次々と貫いていく。攻撃は一度に留まらず、自由自在に飛行しながら何度も変異体の肉体を貫きズタズタに破壊していく。それら無数の発光体が暗闇のなかで浮遊する姿は、たしかに伝承で語られる〈鬼火〉を思い起こさせた。
しかし、どこか幻想的な光景とは裏腹に、その破壊力は圧倒的で次々と惨たらしい死骸を生み出していく。スティールガンの弾丸に自動追尾する機能を持たせたような性能だと思っていたが、想像していたよりもずっと強力な兵器だった。
自らの意思で――頭に思い描いただけで自在に操れるだけでも驚異的なのに、銃弾すら受け止める硬い
戦闘中に複数の発光体を操作することは難しいのかもしれない、しかし〈ハガネ〉とカグヤの支援があれば、それすらも問題にならない。思わぬ形で入手した旧文明の恐るべき兵器の性能に、無意識に口元が緩むが、すぐに気を引き締める。我々は敵の真只中にいるのだ。
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