第694話 消耗〈大規模襲撃〉
大型個体の丸太のように太い腕が、こちら目掛けて振り下ろされようとしたときだった。一時的に視界が奪われるような
この機を逃さず、すぐさま倒れた化け物に駆け寄ると、〈反転領域〉を起動して化け物の巨体に食い込んでいた鉄杭を回収していく。今度は距離が近いからなのか、思い通りに回収することができた。化け物が吐き出す血液で滑りやすくなっていたが、なんとか頭部に近づくと、至近距離で鉄杭を撃ち込んでいく。
大型個体の絶命を確認したあと、騒がしい咆哮が聞こえてきた暗闇に視線を向ける。敵の接近を確認すると、自己診断機能によって銃身が修復されていたライフルのストックを肩に押し付け、弾薬を〈自動追尾弾〉に切り替えてフルオートで撃ち出す。すでに弾倉の装填を済ませていたので、残弾を気にすることなく射撃を続ける。
暗闇から忍び寄ってきていた小さな群れを殲滅させると、地図を開いて他に大型個体がいないか確認する。相変わらず地図は敵の反応を示す赤い点で埋め尽くされていたが、あの化け物を見分けるのは簡単だった。
スイレンのライフルから発射された閃光の先に視線を向けると、別の大型個体が接近してきているのが見えた。やはり複数の群れで襲撃を仕掛けてきたのだろう。近くで化け物を排除していた
我々の目的は水棲生物の殲滅だったので、アルファオスを排除するだけでは問題は解決されない。だから徹底的に、そして容赦なく化け物を撃ち殺していく。連続射撃に耐え切れずライフルの銃身が赤熱し歪んでしまうと、ハンドガンを構えて攻撃を継続する。予備の弾倉は〈収納空間〉からすぐに取り出せたので、消耗を気にせず戦えた。
施設の警備システムも敵に対して攻撃の手を緩めなかった。〈ナノワイヤー〉を搭載した小型ドローン群が飛び交い、水棲生物の胴体を切断していく光景が見られた。鋭利なワイヤーが暗闇で赤く明滅するたびに、華やかなドローンショーを見ているような奇妙な気分になった。
我々は文字通り
ある著名な作家がこんなことを書いていた。戦争にはグロテスクな側面があるが、同時に美しくもあるのだと。恐怖のなかにあっても、その荘厳さに息を呑んでしまう瞬間に度々遭遇してしまうと。
戦闘ヘリからバラ撒かれる金属の雨や、暗闇に浮かび上がる複数の照明弾やロケット弾の赤い
……だが、今は任務に集中しなければいけない。我々にとって重要なのは、敵を殲滅するという極めてシンプルな作業を続けることだった。感情を殺し、流れ作業のように黙々と敵を殺す。それはひどく非人間的な行為に思えるかもしれないが、それが必要とされる場面がある。そして今がそのときだった。
変異体の血液にまみれながら戦い続けていると、斧を手にした男が化け物の群れのなかに立っているのが見えた。その奇妙な男は、暗闇を指差しながら問いかけてくる。
『あれが見えるか』
ずっと遠くに視線を向けると、まるで航空障害灯のように、暗黒の中で赤い光が明滅しているのが見えた。他にも異星生物の機密施設があるのだろうか、その存在を主張しているかのような奇妙な輝きに、思わず惹き込まれそうになる。
が、それは一瞬のことだった。無防備に立ち尽くしていた
変異体の頭部に鉄杭を撃ち込んで処理したあと、遠くに視線を向ける。だが、その僅かな出来事のあと、あの奇妙な赤い光を見つけることはできなくなってしまった。
『レイ、戦闘に集中して!』
カグヤの言葉に気を取り直すと、化け物の頭部を貫いていた鉄杭を回収し、突進してきていた別の個体の相手をする。やはり疲れているのだろう。〈不死の子供〉の精神力を
インターフェースで〈ナノメタル〉とのシステム統合までの時間を確認していると、ライフルの修復が完了したことを告げる通知音が聞こえた。主観ではそれほど時間が経過していないように感じられたが、実際は戦闘が長引いているのだろう。
その襲撃はこれまでにない大規模な攻勢だったが、この広大な地下空間で変異体を探し出す手間が省けると思えば、それは決して悪いことではないのかもしれない。施設の周囲には多数の防衛設備があり、自律戦車や機械人形も戦闘を支援してくれていた。他の場所で襲撃されていたら、もっと悲惨な状況で戦闘を強いられていたのだ。
気持ちを切り替えると、ライフルを構え、化け物との戦闘を継続した。それからどれほどの時間が経過したのか分からなかったが、気がつくと変異体の死骸に囲まれるようにして立ち尽くしていた。
戦いが終わったのだろう。ゆっくり周囲を見回すと、施設を警備する〈アサルトロイド〉があちこちで変異体に止めを刺しているのが見えた。
「ここでの戦闘は終了した」
スイレンはそう言うと、ビニールコートに付着していた返り血を拭った。
「――でも、まだ変異体の群れが残っている。準備ができたら教えて、〈旧浄水施設〉に行くから」
「了解」
それから我々は機械人形たちと協力して水棲生物の死骸を片付けた。数が多く、作業は数時間にも及んだが、施設の周囲を化け物の餌場にするわけにはいかなかった。
その作業が終わると、スイレンと一緒に〈旧浄水施設〉がある区画に戻ることにした。ここでの作業は機械人形たちが引き継いでくれるだろう。これから何世紀もの間、この暗闇のなかで整備を受けながら施設を警備していくのだと思うと、機械人形に対して哀れみにも似た感情を抱いてしまう。
だが、それはエゴの押し付けなのかもしれない。実際のところ、人工知能を搭載した機械人形たちは人間とはまったく異なる思考のなかで生きている。というより、人間と同じように思考していると考えること自体がおかしな話なのかもしれない。
いずれにせよ、彼らは脅威に備えて長い休眠状態に入ることになる。そして人間には想像もできない時間のなかを生き続けることになる。
いくつかの隔壁を通り過ぎて〈旧浄水施設〉がある区画に侵入する。途中、人間の腐乱死体が流れているのを見つける。グラップリングフックを使って死体を引き寄せたあと、IDを確認するが、個人データは隠蔽されていて身元が特定できなかった。
それは高度なハッキングスキルによるものだったが、フジキを護衛するサイボーグヤクザの死体なのだろう。見覚えのある義手やインプラントが確認できた。施設の異常を確認するため、我々より先に地下に派遣されていた者の遺体なのだろう。
ひどく腐敗した遺体を持ち帰ることはできないので、カグヤのドローンに記録を残してもらう。もともと彼らの救出は依頼に含まれていなかったが、安否の確認くらいはできるようにしたかった。
我々のことをずっと監視していた謎の水棲生物の姿を再び目にしたのは、マンドロイドを待機させていた施設が見えてきたときだった。
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