第664話 企て


「教団が――」と、イーサンはタバコに火をつけながら言う。

「ジャンクタウンの地下で貴重な遺物を発掘しているって噂は、どうやら間違いじゃなかったみたいだな」


 収容所襲撃のさい、カグヤによって記録された映像を確認していたからなのだろう、彼は確信めいた口調で言う。

「それにしても、教団の人造人間とやりあって、よく生き延びることができたな」


「ハクが助けにきてくれなければ、もっと厄介なことになっていたと思う」

「そうだろうな」と、彼は鼻を鳴らす。


 彫りが深くハッキリした顔立ちだからなのか、皮肉めいた物言いも様になっている。だからなのか、どこか憎めない愛嬌すら感じられる。それからイーサンはグラスに入ったウィスキーをひと息に飲み干して、野性味のある鋭い眼光で言う。

「組合に所属している傭兵を雇って探りを入れたが、たいした情報は得られなかった」


「組合って、〈五十二区の鳥籠〉にある傭兵組合のことか?」

「そうだ。商人のフリをしてジャンクタウンに潜入させたが、軍の〈販売所〉に入ったところで消息不明になった」


 事前に受信していた映像を確認すると、核防護施設に続く隔壁が開放されていて、教団の兵士たちが物々しい雰囲気で警備を行っている様子が確認できた。その隔壁は、カグヤですらシステムに侵入できなかったほどの厳重なセキュリティによって守られていたが、教団はそれを突破してみせたようだ。


「教団関係者に隠し撮りが見つかって、穏便に処理されたか……」

「レイがジャンクタウンで暴れていたころには、すでに殺されて通りで磔(はりつけ)にされていたよ」


「好きで暴れたんじゃないけどな」

 イーサンは金色の眸で私の顔をちらりと見て、それから言った。

「あの日、戦闘に巻き込まれて大勢の死傷者が出たが、教団は支援するどころか、人々の救援に奔走していた医療組合の関係者を捕えて追放した」


「追放……? 医療の知識がある貴重な人材をジャンクタウンから追い出したのか?」

「ああ、追放された人間のなかには組合長も含まれていた」

 いつか医療組合の建物で会った青年のことを思い出す。世間知らずの生意気な青年だったが、最近では心を入れ替えて真面目に働いていたと聞いていたが、教団にとって目障りな存在となっていたようだ。


「都合のいい人間に組合を管理させるため、あの混乱に乗じて首を挿げ替えたのさ」

 イーサンは無精髭だらけの顎をかいて、それからカウンターに視線を向ける。するとジャンジャエールとウィスキーのボトルを手にした綺麗な女性が歩いてくるのが見えた。彼女が給仕ロボットから受け取った品は、いずれも旧文明の〈販売所〉から仕入れたモノなのだろう。


 その美しい女性は、灰色を基調としたスキンスーツに戦闘服を重ね着していた。スキンスーツは危険な領域を探索する古参の傭兵が好む装備で、パワーアシストなどの機能が盛り込まれていて、無駄のない洗練されたデザインで人目を引いた。しかし高価な代物なので、それなりの収入がなければ手に入れることはできない。


 酒場にいる男たちの視線は、野暮ったい戦闘服を身につけた女性に集まる。しかし彼らの視線を引き付けているのは、驚くほど高価な装備ではなく、彼女の美しさそのものなのだった。官能的なスタイルの良さに加えて、彼女の立ち居振る舞いから感じられる気高さと自信がその美しさを引き立て、酒場の雰囲気と相まって一層魅力的に見せていた。


「久しぶり、レイ」と、彼女は菫色の瞳で私を見つめる。

 宇宙の神秘に触れる謎めいた瞳で見つめられるだけで、時間が止まったような不思議な感覚に囚われる。異性を狂わせる女性が本当に存在するのなら、それは彼女のような魅力を持つ女性のことなのだろう。


「エレノアは今日も綺麗だね」

 彼女は視線を逸らすと、照れくさそうに笑みを浮かべる。くすんだ金色の髪は、砂埃にまみれた世界でも綺麗に整えられていて、彼女の存在をより上品なモノにしていた。


 それから彼女は視線を合わせながら言う。

「何度も言うけど、そう言ってくれるのはレイだけですよ」


「きっとエレノアが怖いのさ」

「どうして?」

「美人に相手にされなかったら、誰だって傷つくものだよ」

「面白いことを考えるのね」


 そこでイーサンが咳払いする。

「話の続きをしても?」

「もちろん」


 エレノアがグラスに氷を入れ、ウィスキーのあとにジンジャエールを注ぎ入れるのを見ていると、イーサンは手に持っていた情報端末を操作して映像を送ってくる。


 それは、かつて略奪者たちに占拠されていた教会の上空を飛ぶドローンからの俯瞰映像だった。現在ではトゥエルブを中心とした戦闘用機械人形(ラプトル)の部隊に警備されていて、スカベンジャー組合が用意した無数の天幕も確認することができた。


「ジャンクタウンから脱出したヨシダたちは――」

 ウィスキーに口をつけたイーサンが言う。

「モーガンたちと協力して、地下施設にある販売所を開設するための準備を進めている。まずは荒れ果てた教会を改修して、周辺地域の安全も確保しなければいけないが、とりあえず作業は順調に進められているみたいだ」


「大変な思いをして助け出したことに意味はあったみたいだな」

 私の言葉にイーサンは肩をすくめる。


「多くの犠牲を出したが、苦労に見合うだけの成果は得られるのかもしれない。あの地域に旧文明の〈販売所〉があれば、廃墟で暮らす多くの人間に食料や医療品が行き渡ることになるからな。近くに鳥籠があるが、あそこの専売は飲料水だから、俺たちが目の敵にされることはない。もちろん、鳥籠を管理する人間に直接会って筋を通す必要はあるが、まぁ何とかなるだろう」


「それは良かった」

「それで」と、イーサンはタバコの煙を吐き出しながら言う。「これからどうするつもりだ。また教団が占領する鳥籠に侵入して、騒ぎを起こすようなことはしないんだろ?」


「しないよ。教団がどんなことを計画しているのかは気になるけど、ほとぼりが冷めるまで距離を取るつもりだ。それに〈インシの民〉と一緒にコケアリの女王に謁見する予定があるし、カジノ強盗もしたいからな」


「カジノ強盗って、あれは冗談じゃなかったのか?」

 イーサンが顔をしかめるのを見ながら、ウィスキーを用意してくれたエレノアに感謝する。薄暗い酒場にいるはずなのに、彼女が微笑むと、そこだけ花が咲いたような鮮やかな空間になる。


「いや、あれは本気だよ。戦闘艦に使用される精密機器やら半導体に大量の金が必要なんだ。だから横浜のカジノに侵入する必要がある……いや、違うな。金塊が手に入りそうな場所なら、どこだっていい」

「金塊か……いくつか心当たりがあるが、あの辺りは〈建設人形の墓場〉に近いからな」


「どんな場所なんだ?」

「噂程度のことしか知らないが、文明崩壊以前に〈葦火建設(あしびけんせつ)〉と呼ばれていた巨大企業が管理していた地区だ。超高層建築物が密集する地域で、旧文明の遺物も多く残されているが、壁に囲まれていて人を寄せ付けない場所になってる」


「危険なのか?」

「人間なのか機械なのかも区別できないようなイカれた〈サイボーグギャング〉が支配している地域だから、それなりに危険なんだろうな」


「それなり……」

「ああ、壁の向こうに侵入して出てこられた奴はいないって話だ」


「そのサイボーグっていうのは?」

「インプラントやらサイバネティックの 多用で精神がイカれた連中のことだ。自分自身が人間なのか、それとも機械なのか、それすらも区別できなくなると精神的に不安定な状態になるようだ」


「人間性の喪失か……」

「魂ってやつも、冷たい金属の中じゃなくて温かな血肉のなかに入っていたいんだろう」


「つまり目的のモノを手に入れるには、そのイカれたサイボーグたちを相手にしなければいけないってことか」

「悲観的にならなくても大丈夫だ。ツテを頼って金塊が手に入りそうな場所がないか探してみる。それまでハクたちと大人しくしておいてくれ」


「よろしく頼むよ」

 イーサンはうなずいたあと、グラスの中身を一気に飲み干した。

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