第657話 狙撃〈収容所〉


 接近する正体不明の敵に対処するため、グラップリングフックを使い崩壊していた天井の隙間から屋上に出ることにした。鉄骨が軋む嫌な音を聞きながら屋上に到着すると、収容所周辺に放置された瓦礫がれきとゴミの山が見渡せるようになった。


 建物屋上も時間の経過とともに経年劣化が進んでいて、今にも崩れそうになっている。〈電磁砲レールガン〉を攻撃したときの衝撃で、さらに崩壊が進んでいて危険な場所になっているようだ。けれど、この場所は戦略的に重要な情報の収集に適していた。


 荒廃した風景に視線を向ける。けれど敵の姿は確認できない。カグヤの偵察ドローンはヨシダたちに同行しているので支援は得られない。が、敵の位置を知る方法は他にもある。


 ライフルの照準器に備え付けられていたフラットケーブルを使うため、金属製の留め金を外し、マスクの側頭部に形成されていた差込口に接続する。


 視線の先に光学機器を専門に扱う日本企業〈センリガン〉の企業ロゴが表示されたかと思うと、それまで見ていた景色が溶けるように消失し真っ白な空間に変化したかと思うと、青色のワイヤーフレームでモデリングされた瓦礫や廃墟が急速に形作られていく。まるで新たな世界が創造されていくような、そんな不思議な感覚がした。


 やがて〈電脳空間サイバースペース〉特有の無機質な世界があらわれる。それは現実の風景を寸分違わず再現していたが、時折、ノイズが発生して火花のように光の粒子がチリチリと飛ぶのが見えた。しかし〈戦術データ・リンク〉とリアルタイムで情報を共有しているので、カグヤが取得していた周辺一帯の生体熱源や動体反応が正確に、そして明確に捉えられるようになっていた。


 その〈電脳空間〉につくられた戦場を――ある種の〝仮想世界〟を俯瞰ふかんしながら、カグヤが残した情報を介して敵の姿を探す。やがて映像が拡大され、荒廃した通りを歩く人影が表示される。


 データが不足していて接近する不明個体の姿が正確に描写されることはなかったが、それでも紺色のロングコートを身にまとった人間の姿は確認できた。


 不明個体が確認できた方角に銃口を向けると、〈センリガン〉のシステムによって赤色の輪郭線で縁取られた人間の姿がハッキリと視認できるようになった。まだ数キロ先にいたが、タグ付けされていたので、瓦礫などの障害物によって姿が隠れても輪郭線が透けて見えるようなった。これで敵の姿を見失うことはないだろう。


 照準器は射撃統制装置を備えていたので、〈戦術データ・リンク〉から得られる膨大な情報を基に敵の動きを予測することができた。もちろん、ソレは完全なモノではなかったが、無防備な状態で接近してきていた敵を攻撃するには役に立つはずだ。


 射線を確保するため、最適な射撃位置まで移動することにした。マスクからケーブルを外し〈電脳空間〉から現実世界に戻ると、建物屋上から飛び降りる。


 グラップリングフックを使い警備隊のバリケードを巧みに飛び越えると、高台にある瓦礫の山まで一気に移動する。そこから周囲を見渡して射撃に適した場所を探す。すると廃車と鉄骨の間に埋もれた巨大な彫像の残骸を発見する。


 その彫像は空想上の生物の頭部をかたどったモノのようだった。あるいは、異星生物の頭部を象った彫像なのかもしれない。巨大物恐怖症メガロフォビアの人間にとっては最悪な街だったのだろう、ソレは超高層建築物の壁面などで見られるモノだったが、今や荒廃した世界と廃墟の街の象徴的な存在になっていた。


 いずれにせよ、緑青に覆われた奇妙な頭部は、身を隠しながら射撃するのに最適な場所だった。


 警備隊の監視ドローンが飛行していないことを確認したあと、戦術画面を確認する。

「カグヤ、そっちは順調か?」


『とくに問題ないよ』と、すぐに彼女の声が内耳に聞こえる。

『収容所の塹壕を抜けて、今は大通りを避けてジャンクヤードに向かってるところ』


「大丈夫そうか?」

『ヨシダたちなら平気だよ。ひどく消耗してるみたいだけど、命が懸かってるからね』


「必死にならざるを得ない……か」

『うん、それに教団も収容所の件で襲撃を警戒してるみたい。ほとんどの兵士が大通りに移動したみたいだから、ヨシダたちが見つかることはないと思う』


「襲撃?」

『レイがイーサンの傭兵団と協力関係にあることは、すでに知られてるでしょ?』


「だから収容所に対する攻撃を陽動と考えているのか?」

『鳥籠に対する攻撃は、一般的に大規模な武装組織によって計画的に行われるモノだからね。まさかひとりで攻めてくるなんて誰も考えないんだよ』


「そういうことか……とりあえず状況は理解した。ジャンクタウンから出たら教えてくれ」

『了解。ところで、正体不明の個体は教団の人造人間だったね。どうするつもりなの?』


「ここで始末するつもりだ」

『ハンドガンの〈狙撃形態〉を使うの?』


「いや、〈重力子弾〉を使った攻撃はジャンクタウンに大きな被害を出してしまう」

『あぁ、たしかに危険だね。地下にある〈軍の販売所〉に被害が出たら、住民の生活そのものに影響を与えるかもしれないしね。でも、ソレが本当に人造人間なら通常の攻撃方法では破壊できないんじゃない?』


「狙撃で足止めしたあと、信徒を始末した実績がある〈反重力弾〉を使う」

『その作戦、上手うまくいくと思う?』


「奴がただの信徒ならやれるかもしれない。でも――」

『でも』と、カグヤが続ける。『これまでに遭遇した〝宣教師〟たちのように強力な個体なら、反重力弾も役に立たないかもしれない……』


「そういうことだ」

『なんだか嫌な予感がする。ハクに連絡を取ってみるよ。鳥籠の防壁は〈深淵の娘〉の侵入を絶対に許さないと思うけど、今は隠し通路が使えるから管理システムに知られることなくジャンクタウンに侵入できると思う』


「了解、カグヤに判断を任せる」

 通信が切れると、頭部の残骸から身を乗り出してライフルを構える。車両の残骸と瓦礫で埋めつくされた通りから接近してくる敵の姿を確認すると、弾薬を〈徹甲弾〉に切り替える。


 照準器を介してマスクに投影される風景を睨んでいると、人影が近づいてくるのがハッキリと見えた。ロングコートのフードを深く被っていて顔は見えないが、紺色の特徴的な衣服で間違いなく教団の関係者だと分かった。


 正確に移動経路を予測できるか不安だったが、概ね想定通りの場所を通って接近して来ていた。これなら弾速の遅い反重力弾で偏差射撃を行っても問題ないだろう。


 その場に片膝をついて射撃姿勢を取る。弾丸が確実に命中するために集中力を高めながら照準器で敵の姿を捉える。長距離射撃になると微かな呼吸運動すら命中精度に影響する。ゆっくり深呼吸したあと、身体からだの揺れを制御するためタクティカルスーツを硬化させる。


 風の影響や距離の計算は照準器の射撃統制装置によって行われるので、狙撃自体はそれほど難しくない。あとは不測の事態が起こらないよう、神に祈るしかない。もっとも、祈るべき神がいるとは限らないが。


 接近する信徒に向かってショルダーキャノンから反重力弾が撃ち込まれたあと、視界に表示されていたタイマーに合わせて引き金を引いた。


 銃弾が頭部に命中した瞬間、甲高い金属音が響き渡った。どうやら金属製の頭蓋骨は徹甲弾すら寄せ付けなかったようだ。けれど信徒は僅かに首をかしげた状態で足を止め、そして頭部を傾けた状態で周囲を見回す。が、その頃には弾速の変化によって凄まじい速度で接近してきていたプラズマ状の発光体を避けることができなくなっていた。


 そして金属を打ち合わせたような、長く尾を引く甲高い金属音が周辺一帯に響き渡る。

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