第658話 彼女〈死の子供たち〉
直視できないほどの
凄まじい引力に耐え切れず瓦礫は粉々に破壊され、廃車や鉄骨は紙のように折れ曲がり圧し潰されていった。やがてプラズマ状の発光体は見えなくなり、ありとあらゆる物質が高密度に圧縮された紺色の球体が形作られていった。背後から陽気な女性の声が聞こえたのは、ちょうどその物質が鈍い音を立てながら地面に落下したときだった。
「へぇ、マスクの
驚いて振り返ると、右手で鷲掴みにされるようにして首を締めあげられる。
「でも蜘蛛の姿は見ないね。世話が大変になって、どこかに逃がしちゃったのかな?」
首を絞めつける手を払い退けようとして抵抗するが、彼女の人間離れした力がそれを許さなかった。
「まぁいいっか。とにかく、あんたはここにいちゃいけなかったんだ。計画をダメにされるまえに、わたしの手で排除しなければいけない」
彼女がフードの奥でどんな顔をしていたのかは分からないが、その声はどこか物悲しく聞こえた。が、そこで思考は中断することになった。気がつくと、凄まじい力で瓦礫に顔面を叩きつけられていた。
それは旧文明の鋼材を含んだ瓦礫だったのだろう。三回目の衝撃でハガネのマスクにひび割れが生じ、四回目の衝撃で完全に破壊されて頭部が剥き出しになった。すると彼女は片腕だけで私の
「その赤い眼、やっぱり蜘蛛使いじゃないか!」
フードの奥で彼女が笑みを浮かべるのが見えた。けれど一瞬のことだったので、彼女の素顔を見ることは叶わなかった。
勢いよく投げ飛ばされたかと思うと、すでに半壊していた廃墟の壁を破壊しながら地面を転がる。すぐに立ち上がろうとするが、そこに彼女がやってきて蹴り飛ばされてしまう。情けない声が出てしまうほどの痛みに脇腹を押さえ、無様に地面を転がっていく。途中、鉄骨やら廃車に何度も衝突してしまう。
彼女の接近に反応してショルダーキャノンが勝手に動いて〈貫通弾〉を撃ち込もうとするが、彼女のほうが速かった。足首を鷲掴みにされると、凄まじい力で何度も地面に叩きつけられた。ハガネが身を守ろうとしてタクティカルスーツを硬化させるが、今度は遠くに投げ飛ばされてしまう。
大量の鉄屑と瓦礫が宙に舞い、砂煙が巻き上げられていく。それらの瓦礫は通りで逃げ惑っていた人々の頭上に次々と落下していく。買い物客の多くは瓦礫に圧し潰され、鉄屑によって手足を失う大怪我を負ってしまう。知らぬ間に大通りまで吹き飛ばされていたようだ。どうやら今回の相手は〝宣教師〟なみに強力な個体のようだ。
タクティカルスーツの硬化を解いて立ち上がろうとすると、グチャリと生温かいモノに手が触れた。視線を向けると、私の下敷きにされてバラバラになった人間の残骸が見えた。吹き飛ばされたさいに衝突して、そのまま圧し潰してしまったのだろう。
「クソッ」
また無関係の人を巻き添えにしてしまった。
ハガネのマスクで頭部を保護すると、こちらに向かってきていた女性にライフルの銃口を向けた。が、ライフルの銃身は折れ曲がっていて、自動的に修復されている途中だった。攻撃されたさいに破壊されたのだろう。すぐにライフルから手を離し、太腿のホルスターからハンドガンを引き抜く。
「ああ、そうか!」
「君は不死身なんだね!」
コートの裾が風にひるがえり、フードがめくれると彼女の顔が見えた。鼻筋が通っていて整った顔立ちをしていたが、上唇がツンと突き出ているからなのか、つねに口角が上がり笑みを浮かべているような軽薄な印象を与えていた。
艶のある黒髪は短く切り揃えられていて、毛先まできっちりと整えられている。その一方で、彼女の
じっと見つめていると、彼女は照れくさそうに微笑んで見せた。それは彼女の天真爛漫な性格をあらわしているようでもあった。と、そこに逃げ惑っていた不運な警備兵が砂煙の中からあらわれる。すると彼女は不機嫌そうに眉を寄せ、その場でクルリと身体を回転させた。
乾いた破裂音のあと、鮮やかな血煙が壁や地面に飛び散る。頭部を失った兵士は身体のバランスを崩し、ドサリと地面に倒れた。彼女は人の姿をしていたが、やはり生物を超越した存在なのだろう。ただの回し蹴りで人間の頭を木っ端みじんにできる人間なんていないのだから。
その彼女の眸がこちらに向けられたときだった。ショルダーキャノンから貫通弾が連続で撃ち込まれる。が、それは彼女の周囲に展開していた不可視の障壁によって
あちこちから悲鳴や苦痛の声が聞こえてくるが、それを気にしている余裕はなかった。内耳に短い警告音が聞こえたかと思うと、凄まじい衝撃波を受けて後方に
攻撃に反応してハガネはスーツを瞬時に硬化させたが、その衝撃に耐えられるほど人間の身体は頑丈ではなかった。逃げ惑っていた人々を巻き込み、かれらの手足や内臓が飛び散るのを見ながら地面を転がる。
一瞬にしてジャンクタウンの大通りは地獄絵図と化した。爆風と衝撃波が周囲の建物を破壊し、炎と黒煙が周辺一帯を
「そう言えば――」と、自嘲気味につぶやく。
「連中は冗談めいた〝念動力〟が使えるんだった……」
破壊されていた胸部装甲を修復したあと、砂煙の中から姿を見せた信徒に視線を向けた。彼女は――教団の人造人間は笑みを浮かべながら優雅に歩いてくる。露店の炎が彼女の黒髪を紅く染め、絶えず発光する眸と相まって非現実的な存在に思えた。
『レイ、大丈夫?』
「ああ。派手に吹っ飛ばされたけど、ハガネのおかげでダメージは残ってない」
『もうハクとは連絡を取ったから、それまで何とか持ち堪えて』
「へぇ、ずいぶん余裕なんだね」
カグヤと話をしていると、彼女は切れ長の目を大きく見開いてみせた。
「やっぱり不死身だと、心がぶっ壊れてて、痛みや死そのものを恐れなくなるのかな?」
彼女の言葉を無視してショルダーキャノンから〈ワイヤーネット〉を撃ち込む。が、甲高い音と共に彼女の眸が輝くと、金属ネットは熔解してしまう。
「あぁ、そう言うことなんだね!」
彼女は大きな声でケラケラ笑う。
「君は! まだこの状況から無傷で抜け出せると思っているんだね!」
目の前で眩い光が炸裂したのが見えた。が、そのあとに起きたことは覚えていなかった。気がつくと地面に仰向けに倒れていて、空高く立ち昇る黒煙が見えた。ひどい耳鳴りがして、まるで激しい爆撃が行われたあとの爆心にいるような気分だった。が、その考えは間違っていなかったのだろう。
教団の人造人間が使用した得体の知れない力によって、ほんの数時間前まで多くの買い物客で賑わっていたジャンクタウンの大通りは消滅し、どういうわけか私は職人たちが工房を構える〈ジャンク通り〉まで吹き飛ばされていた。
スーツの硬化が解けると、手足が欠損していないか確認する。ナノマシンが全身の痛みを制御していたので、もはや身体の感覚すらなかった。そこに彼女がやってくる。
「わたしは〝
彼女はそう言うと、得意げに微笑む。
「弱い者イジメしかしてこなかった君に、わたしが本当の痛みを教えてあげる」
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