第655話 檻〈収容所〉


 倒れた兵士の胸を踏みつけるようにして押さえ込むと、頭部に銃弾を撃ち込んで処理する。それまで騒がしく鳴り響いていたサイレンも聞こえなくなり、収容所の周囲は奇妙な静けさに支配されていた。


 あたりを見回すと、あちこちに敵兵が倒れているのが見えた。どうやら収容所を警備していた兵士の多くを排除することができたようだ。簡易地図ミニマップで見ても近くに敵を示すタグは確認できない。けれど収容所に侵入するには、まだ相当数の敵を相手にしなければいけないのだろう。


 破壊された多脚車両ヴィードルやパワードスーツからは炎と黒煙が立ち昇り、大規模な戦闘が行われた戦場に立っているような嫌な気分にさせた。だが些細な勝利の余韻に浸っている余裕はなかった。収容所に潜んでいた兵士たちが攻撃のための準備を進めているのが見えた。


 ガラスのない窓枠や崩れた壁の隙間から銃弾が飛び交うようになると、近くの瓦礫がれきを遮蔽物として利用し身を隠す。数百発の弾丸と赤い閃光がコンクリート壁に激しく衝突し無数の破片が飛び散る。敵は攻撃の結果に満足していないのか、執拗に射撃を続け、ついには旧式の無反動砲を使い対戦車ロケット弾まで撃ち込んでくるようになる。


 その間も機関銃による轟音は間断なく続き、やがて身動きが取れなくなる。

「カグヤ、掩護えんごしてくれるか」


『いいけど、自爆ドローンでの支援はこれで最後になるよ。ほら、ちょっと前にも説明したと思うけど、戦艦からの通信制限やら何やらで〈砂漠地帯〉から連れてこられる無人機の数には限りがあるんだ。だからドローンでの掩護はこれっきりだよ』


「了解、派手にやってくれ」

 しばらくすると、徘徊型兵器が敵の対空砲火をくぐるようにして地上に接近してくるのが見えた。先ほどの襲撃で敵は空からの攻撃を警戒していたのだろう。数千発の弾丸が空に向かって撃ち込まれ、ほとんどの機体は空中で爆散することになった。


 それでも数機の機体はガラスのない窓枠から収容所内に飛び込み、内部に隠れていた兵士もろとも爆発することができた。


 銃声が聞こえなくなると、すぐに移動して建物に接近する。収容所の周囲にはバリケードとして機能する鉄条網の張られた柵とコンクリート壁があり、安全に侵入できそうな入場ゲートは爆破されていて瓦礫で塞がれていた。


 しかし敵兵士が陣取っていた防衛線には収容所内まで続く塹壕が掘られていたので――実際にそれが塹壕なのかは分からないが、とにかくそこに飛び降りることにした。


 ひとひとりがやっと通れる狭く薄暗い塹壕の中で、神経を研ぎ澄ませながら前進していく。ライフルのストックを肩に密着させ、いつでも射撃できるように指先は引き金に触れる状態にしておく。ここに味方はひとりもいない。目の前にあらわれる人間すべてが敵なので、顔を確認する必要すらない。


 マスクの視界は暗闇に適応し、地中に埋もれたゴミや瓦礫の細かいディテールまで捉えることができた。頭上ではカグヤの偵察ドローンが飛んでいて、敵の接近に警戒しながら情報を取得していた。それらの情報はリアルタイムで戦術画面に反映され、戦闘を有利に進めるための手助けをしてくれていた。


 汚染物質を含む汚泥に足を取られないように注意しながら進んでいると、荒い息遣いと足音が近づいてくる。塹壕の曲がり角に素早く銃口を向け、人影が見えた瞬間、問答無用で銃弾を撃ち込んでいく。


 乾いた銃声が塹壕の中に反響し、倒れた兵士が痛みにうめき声を上げる。頭部に銃弾を撃ち込んで苦しみを終わらせると、立ち止まることなく狭い通路を進んでいく。


 警告音が聞こえると、複数の手榴弾が足元に転がってくるのが見えた。瞬時にタクティカルスーツを硬化させ、爆発と共に飛び散る無数の鉄片を防ぐと、すぐに砂煙のなかを前進し兵士たちを射殺していく。と、横手から外骨格を身につけた兵士が飛び込んでくる。光学迷彩を使用していたのだろう、動き出すまで存在に気づくことができなかった。


 しかし、それでもハガネの監視から逃れることはできなかった。ショルダーキャノンの短い砲身が敵に向けられ、容赦なく〈貫通弾〉が撃ち込まれた。


 狭い通路に手足やら内臓が飛び散り、土壁が血液に染まる。するとそこに、両足の義足に液圧式の跳躍機構なるインプラントを装着した兵士が上方から飛び掛かってくるのが見えた。しかしタイミングが悪かった。ショルダーキャノンの砲身が勝手に動いたかと思うと、貫通弾が撃ち込まれて哀れな兵士は血煙に変わる。


 敵が薄闇に紛れて背後から接近してきても結果は変わらなかった。後方に向けられたショルダーキャノンから〈ワイヤーネット〉が発射されると、兵士たちはトラックにねられるような衝撃を受けて後方に吹き飛ばされた。金属製のネットはそのまま兵士たちの身体からだを締め付けるように包み込でいき、肉に食い込み皮膚を切り裂いて骨を砕いていく。


 網にかかった魚のように、汚泥の中でむなしくのた打ち回る兵士たちの姿をちらりと確認したあと、狭い通路を進む。ハガネが勝手に動くことには慣れてしまっていたが、冷静に考えれば不気味なことだった。意識を持った液体金属と同化することそのものが奇妙だといえば、そこまでの話なのだか。


 暗い塹壕を抜けると、バリケードが張り巡らされた収容所の敷地内に足を踏み入れる。視線の先には荒廃した建物と崩れた壁の残骸が並び、徘徊型兵器によって破壊された車両や機関銃が黒煙を噴き出しながら燃えていた。


 収容所の壁面には爆破の傷痕が無数に残り、ここで行われた戦闘の激しさを物語っているようだった。中庭には兵士たちの遺体が散乱していて、血の気のない死体は廃墟に残されたマネキン人形のようだった。


 ライフルを構えると、塹壕の陰から慎重に周囲の様子を確認する。狙撃を試みる者もいたが、こちらの位置を正確に把握していないのか、弾丸は見当違いの場所に直撃していた。あるいは制圧射撃のつもりなのかもしれない。


 カグヤの偵察ドローンによって安全が確認されると、環境追従型迷彩を起動して入り口に接近した。建物内部に侵入するときには、敵の待ち伏せを警戒して嫌な緊迫感に襲われた。けれど故障した数基の攻撃タレットが設置されているだけで、建物内は驚くほど静かで敵の姿は確認できなかった。


 それでもカグヤのドローンを先行させ、つねに警戒して慎重に廊下を進んだ。ここまでは順調だったが、人造人間めいた信徒が派遣されている可能性があるので、集中力を切らさずに作戦を継続する。


 時折、ゴミが散乱する薄暗い廊下に敵兵の足音が響き渡る。数え切れないほどの敵兵を排除してきたが、まだ教団の兵士が残っているようだ。


 物陰に潜んでいた敵兵と何度か遭遇したが、そもそも収容所内が攻撃されることを想定していなかったのか、苦労することなく敵兵を排除することができた。長い廊下に銃声が響き渡るたびに敵が倒れ、そして再び静寂が訪れた。


 やがて、収容所に連れてこられた人々が囚われていた場所にたどり着く。建材が保管されていたであろう広い空間に、無数の檻が設置されているのが見えた。その狭い檻の中に人々が囚われていて、かれらの顔に苦痛と絶望が浮かんでいるのが見えた。


 拷問や処刑によるモノなのだろう、床は血痕で汚れていて、糞尿の詰まったバケツがあちこちに転がっているのが見えた。死体が放置された檻のなかでは奇妙な昆虫がうごめいていて、蠅や名も知らない羽虫が飛び交い不快な羽音を立てていた。

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