第654話 機械化歩兵〈収容所〉


 ライフルのストックを肩に引き寄せると、接近してくる作業用大型パワードスーツに照準を合わせた。重い足音を立てながら接近してくるスーツは、しっかりと整備されていないのか、関節部から火花を散らし瓦礫がれきを踏み越えながら進んでいた。その歩みは威圧的で、無慈悲な破壊者の到来を告げるかのようだ。


 実際のところ、その〝機械化歩兵〟とも呼べる戦闘集団に遭遇して生き延びられる人間は少ないだろう。


 遮蔽物になる瓦礫に背中をつけると、息を潜め、カグヤの偵察ドローンから受信する情報を確認する。その間もパワードスーツの足音や瓦礫が崩れる音、それに収容所から騒がしいサイレンの音が聞こえていた。


 そのすべてが集中した意識のなかで混ざり合い、ひとつのリズムを刻んでいく。が、そのリズムのなかに異物が入り込むのが聞こえた。


 瓦礫から身を乗り出して接近する部隊の様子を確認すると、パワードスーツの肩部に搭載されていたミサイルコンテナがメカニカルな音を立てながら展開するのが見えた。


 考えるよりも先に身体からだが動いた。無数の超小型ミサイルが黄色の閃光と煙を吐き出しながら発射されたときには、すでに身を隠していた遮蔽物から離れていた。しかし曲線を描いて飛んでいたミサイルは軌道を変え、こちらに向かって真直ぐ加速してくる。


 空気を震わせる轟音と爆風が瓦礫を吹き飛ばし、炎と煙が空高く舞い上がる。敵は動きを止め、こちらの様子をうかがう。さすがに小型ミサイルで仕留められるとは考えていないのだろう。


 鋼鉄の塊のように硬化していたタクティカルスーツがもとの状態に戻り、身体を動かせるようになると、砂煙に紛れながら移動し戦闘部隊の側面まで移動する。赤色の輪郭線で縁取られた標的が確認できると、弾薬を〈自動追尾弾〉に切り替えて引き金を引く。


 小気味いい金属音を立てながらフルオートで発射される銃弾を受け、教団の兵士がバタバタと倒れていくのが見えた。だが、パワードスーツにはシールド発生装置が搭載されていて、青色の薄膜が展開し弾丸をらしていくのが見えた。


 敵はこちらの位置を確認すると、すぐにミサイルコンテナを展開して反撃を行おうとする。が、その頃にはショルダーキャノンから発射された〈貫通弾〉が敵に迫っていた。


 最初の一撃はシールドによって弾道がらされた。その貫通弾は、そのままパワードスーツを遮蔽物として利用していた数人の兵士の身体をズタズタに引き裂きながら、バリケードとして設置されていた分厚いコンクリート壁を破壊した。


 そして間髪を入れずに撃ち込まれた二発目の貫通弾は、シールドが消失していたパワードスーツに直撃し、兵士の上半身ごとスーツの大部分を吹き飛ばした。


 爆散し炎上する味方のパワードスーツを押し退けながら別のスーツを装着した兵士が接近してくる。ガトリングレーザーの十字に配置された四つの角張った砲身が回転する音が聞こえると、足元にある側溝に飛び込んで攻撃をやり過ごす。


 断続的に発射される赤い閃光が頭上を通過し、鉄骨やら廃車を溶解させる様子を見ながら簡易地図ミニマップを開いて周囲の様子を確認する。


 理由は分からなかったが、ジャンクタウンの大通りを警備する部隊は増援として派遣されてこなかった。あるいは、収容所を警備する精鋭部隊との間に確執があるのかもしれない。


 略奪者や元傭兵で構成された警備隊と異なり、教団直属の兵士の集まりだと思われる精鋭部隊は装備面でも優遇されているように見えた。その些細な待遇が、彼らの間に壁を作っているのかもしれない。いずれにせよ、収容所を襲撃している身分としては都合が良かった。


 レーザーが発射されるさいに発生する特徴的な音が聞こえなくなると、パワードスーツに随伴していた兵士たちが音もなく接近してくるのが見えた。


 壁に背中をつけるようにしてライフルを斜め上に向けると、フルオート射撃で自動追尾弾をバラ撒く。すでに敵はカグヤのドローンによってタグ付けされていたので、わざわざ照準を合わせる必要がなかった。


 兵士たちの無力化を確認すると、側溝から飛び出し、パワードスーツに向かって駆ける。環境追従型迷彩を起動していたからなのか、敵の反応が僅かに遅れた。回転するガトリングレーザーの砲身を避けるようにスーツに接敵すると、胸部を保護する装甲に触れる。


 次の瞬間、義手の前腕部分に縦の切れ目が生じて、装甲が左右にスライドするように展開して角筒状の銃身が腕の内側から出現する。

「防いでみせろ」


 零距離で貫通弾を撃ち込むと、凄まじい衝撃によってパワードスーツは粉々に破壊される。フレームや装甲の破片、それに数秒前まで人間だったモノは貫通弾が発生させた渦を巻く突風に引き込まれ、遥か彼方に吹き飛ばされていく。


 至近距離からの射撃なら、シールドに妨害されずに貫通弾を直撃させられることが分かった。が、敵はその隙を与えてくれないようだ。


 赤い閃光が迫ってくるのが見えると、腕を交差して前面に磁界を展開してレーザーの軌跡をじ曲げる。高出力のレーザーは周囲の瓦礫やら鉄骨を破壊し、接近してきていた敵部隊にも被害を出していく。


『レイ、ヴィードルの接近を確認したよ』

 カグヤの言葉のあと、こちらに火砲を向ける多脚車両ヴィードルの姿が視界の隅に表示された。


 レーザーを防ぎながら義手をパワードスーツに向けると、グラップリングフックを射出する。溶接された装甲の隙間にフックが食い込むのを確認すると、ハガネによって強化されていた筋力を使い、背負い投げの要領で力任せにスーツを投げ飛ばした。


 全高三メートルほどのパワードスーツが宙を舞う光景に驚いたのだろう。多脚車両は回避行動を取ることなく、飛んできたパワードスーツに衝突する。金属がひしゃげる鈍い衝撃音のあと、車両ごとパワードスーツが爆発し炎と破片が周囲に飛び散る。数人の兵士が人間離れした動きで接近してきたのは、ちょうどそのときだった。


 黄色い金属フレームが特徴的な外骨格を装着した兵士が突進してきたかと思うと、戦闘服の袖が破れ、鋭い刃が飛び出すのが見えた。生身の腕だと思っていたが、どうやら相手も義手を装着していたようだ。


 前腕部分だけを鋼鉄のように硬化させ、敵が振り下ろした刃を防ぎつつ砕いてみせると、ショルダーキャノンから貫通弾を発射した。至近距離で貫通弾を受けた兵士は血煙に変わる。が、兵士たちは怖気づくことなく攻撃を仕掛けてくる。


 両手の甲から長い爪を伸ばした兵士の攻撃をかわし、〈焼夷散弾〉で頭部を吹き飛ばすと、赤熱するワイヤーを手首から伸ばしムチのように振り回していた兵士を〈火炎放射〉で焼いた。


 カグヤが異常な反応を捉えたのは、火だるまになった兵士が苦痛の叫びをあげているときだった。


 警告音に反応して即座に磁界を展開し、タクティカルスーツを硬化させた。直後、凄まじい衝撃を受けて足元の地面が放射状にえぐれ、無数の瓦礫が宙を舞う。


『レイ、収容所の屋上に巨大な砲身を確認した。おそらくレールガンだ』

「森に設置されていた兵器だな……」


 赤色の輪郭線で縁取られた〈電磁砲レールガン〉が、建物屋上で大量の蒸気を吐き出す様子を確認しながら、太腿のホルスターからハンドガンを引き抜く。


 弾薬を〈重力子弾〉に切り替えると、ホログラムで投影される照準器を使い巨大な砲身に狙いを定める。どうやって今まで隠していたのかは分からないが、このまま放っておくことはできない。


 電磁砲の周囲が発光するのを見ながら引き金を引く。青白い閃光が見えたかと思うと、建物屋上に強烈なエネルギーの渦が生じて、熱風が何もかもを焼き尽くし融解させた。あとには何も残らなかった。電磁砲の側にいた兵士は塵に変わり、巨大な砲身が設置されていた場所は崩壊することすらできずに完全に消滅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る