第647話 隠し通路


 教団によって事実上、占拠されてしまっていたジャンクタウンに潜入するため、入場ゲートの制御システムにアクセスできる端末を探す。


 環境追従型迷彩を使用しながら、瓦礫と鉄屑がつくりだす陰影の中を注意深く移動する。瓦礫で埋め尽くされた壁に目を凝らし、足元の鉄屑を避けながら何か重要な手がかりが残されていないか確認していく。


 やがて防壁の表面に残された不自然なつなぎ目を見つける。〈接触接続〉を試みると、繋ぎ目が滑らかに動いて、壁に収納されていた端末があらわれる。


 それは球体型の装置で、旧文明特有の紺色の金属でおおわれていた。眼球のようにも見える奇妙な装置は――確証はなかったが、地下施設などで見られるセキュリティ機能を持つ装置のひとつに見えた。


 一瞬の間のあと、まるで目を覚ましたかのように装置はまぶたのような機構を上下に展開する。赤紫色のレンズが見えたかと思うと、赤いレーザーが照射されて、頭のてっぺんから足の爪先までスキャンされていく。


 レーザーの光が上から下へと移動している間、カグヤが操作する偵察ドローンはケーブルを伸ばして装置のシステムに接続する。


 生体認証のためのスキャンが終わると、短い電子音が聞こえる。するとすぐ目の前にホログラムで投影される光の層が浮かび上がる。立体的に表示されたソレは付近一帯の地図で、壁際に積み上げられた瓦礫や廃車の様子まで鮮明に映し出されていた。


 カグヤの要求に応じて鳥籠に通じる隠し通路の位置を表示してくれたのだろう。しばらくすると投影されていたホログラムは消失し、球体型の装置は再び音もなく壁に収納さていく。ダウンロードしていた情報を簡易地図ミニマップで確認したあと、赤い点で示された場所まで歩いていく。


 徘徊型兵器による陽動は成功していたが、さすがに教団の兵士は野良の略奪者と違い、よく訓練されていたからなのか、すでに多くの部隊が各自の持ち場に戻り任務に当たっていた。これからは、より警戒しながら移動する必要がある。


「ジャンクタウンの占領は、用意周到に計画されていたものだったのかもしれないな」

『宣教師が派遣されてきたときには、すでに計画が始まっていたのかも』


「大量発生したシロアリの変異体による住民虐殺は失敗したが、教団は信仰と武力をチラつかせて人々の心を動かした。教団の目的は依然として判明していないが、ジャンクタウンの地下で見つけたモノをどうしても手に入れたいみたいだ」


『地下にあるモノか……森のなかにレールガンを備えた砲撃基地まで設営してたし、教団は本気でジャンクタウンを支配するつもりなんだろうね』

「というより、もう支配しているんだろう」


 我々が〈五十二区の鳥籠〉との紛争に気を取られている間に、教団は着々と準備を進め、一気にジャンクタウンを占領してみせたのだ。


『やっぱり守護者たちも、教団の計画に関わっているのかな?』

「わからない。そもそも守護者が人間の組織に肩入れするとは思えない。……けど、信徒が派遣されている可能性はある」


『信徒……人造人間の身体からだを乗っ取った教団の戦士のことだね』

「ああ。連中の正体は分からないけど、戦闘になるかもしれないから警戒したほうがいい」


 地図が示す場所に立つと、瓦礫を持ち上げるようにして地中から上下可動式の長方形の装置があらわれる。腰ほどの高さの見慣れない装置は、土や草で覆われていてひどく汚れていた。手で土を払い、装置の先についた端末を露出させる。


 指先が端末に触れると、収納されていたレンズがあらわれる。と、装置から青い光が照射されて、ホログラムで投影されるインターフェースが浮かび上がる。端末の表面に指を滑らせると、防壁に関する項目が表示されていくのが見えた。どうやら入場ゲートを制御するシステムにつながっているようだ。


 ジャンクタウンを取り囲む防壁のデータを一通り確認したあと、カグヤに解析を任せる。壁の構造、防衛装備、監視装置の配置場所などの情報が次々とあらわれては消えていく。カグヤはそれらの情報をパズルのように組み合わせながら、防壁の全容を把握することに努める。


 その作業が終わると、また別の地点を示す地図が投影される。どうやらそこにジャンクタウンに続く秘密の通路があるようだ。


 また高い壁の周囲に積み上げられた瓦礫や錆びついた廃車の迷路を移動する必要があるようだ。身をかがめるようにして、廃車の隙間に身体をじ込んでいく。足元のコンクリート片にも植物が絡みついていて、地面が見えない廃墟の中でさえも自然が力強く息づいて調和していることが確認できた。


 動体センサーが仕掛けられていそうな場所や、監視カメラの視界を避けながら進む。警備隊がいない場所では素早く移動することもできたが、迷彩の効果を高めるため、ゆっくり移動し続けた。


 ハガネのタクティカルスーツが周囲の色相や質感を瞬時に再現できるとはいえ、素早く移動すると周囲の景色との間に齟齬そごが生じてしまう。それを避けるためにも、慎重に移動したほうがいいだろう。


 短い警告音のあと、防壁に備え付けられた攻撃タレットが障害物を透かして拡張現実で表示される。カグヤが制御システムから入手していた情報をもとに、防壁内に収納されていた攻撃タレットの位置を表示してくれたのだろう。


 彼女に感謝したあと、赤色の線で視覚化されたセンサーを避けるようにして慎重に進む。どうしても避けられない場所に設置されていた監視カメラを見つけると、遠隔操作によるハッキングを試みる。すでに制御システムにアクセスしていたので、難しい作業ではなかったのだろう。


 カグヤが監視カメラのシステムに侵入すると、拡張現実で数字の羅列と図形が浮かび上がり、複雑なアルゴリズムが次々に展開されていく。静かな緊張感が漂うなか、巡回警備していた部隊が近づいてくるのが見えた。


 気持ちは焦るが、身動きせずその場に留まる。彼らには次々と投影されるコードは見えないし、動かなければ環境追従型迷彩が看破されることもないだろう。


 数秒後、カグヤが表示してくれていた監視カメラの映像が歪み、周囲の瓦礫に溶け込むようにして姿を隠していた私の痕跡が完全に消し去られた。近くを通る教団の兵士はしっかりと映っていたが、もはやカメラが私の存在を認識することはできなくなっていた。動いたとしても映像に映り込むこともないだろう。


 ついでに動体センサーや攻撃タレットが反応しないようにシステムを操作してもらう。その作業が終わるころには、教団の兵士も遠ざかっていた。結局、彼らが私の存在に気がつくことはなかった。環境追従型迷彩は強力な装備だが、旧文明のテックを多数所有する教団が相手だと、どうしても緊張してしまう。


 安心してホッと息をついたあと、目的の場所に向かう。防壁に設置されていた秘密の扉は、ほとんど存在が認識できない繋ぎ目によって隠されていた。誰にも使われていなかったからなのか、廃車と瓦礫の間に埋もれていた。


 それらの障害物を慎重に退かしたあと、〈接触接続〉で扉を開放する。あの奇妙な装置にスキャンされたさいに生体情報を登録されていたからなのか、問題が起きることもなく、小さな電子音のあと壁の繋ぎ目がゆっくりと奥に引き込むようにして開いていくのが見えた。


 どうやら地下通路につながっているようだ。階段に足を乗せた瞬間、通路の照明が次々と灯るのが分かった。長い間、人の出入りはなかったみたいだが電源は生きているようだ。周囲を見回したあと、覚悟を決めて階段を下りていく。


『それで』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。

『今さら聞くようなことでもないけど、ジャンクタウンに来た目的は?』


「教会の地下で見つけた施設を一般に開放するさいに、モーガンに協力してもらおうと考えていたんだ」


『モーガンって、スカベンジャー組合の?』

「そうだ。スカベンジャーたちの拠点が近くにあれば、行商人が立ち寄る頻度も増えるだろうし、組合長にとっても旨みがある提案だと思ったんだ」


『信頼できる組合が管理を手伝ってくれれば、私たちの負担も減る……そういうこと?』

「ああ、そういうことだ」

 簡易地図を確認したあと、無機質な狭い通路を歩いた。

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