第645話 砲撃基地(ジャンクタウン)


 銃弾が撃ち込まれると、ハガネが発生させていた磁界によってコロナ放電にも似た光が放射状に広がるのが見えた。空気を震わせる鈍い音が聞こえたのは、そのすぐあとだった。敵の攻撃に反応したショルダーキャノンから、ほぼ無意識に〈貫通弾〉が発射されたのだ。


 攻撃を受けた兵士の身体からだは衝撃でズタズタに破壊され、赤い血煙を残してグチャグチャに吹き飛ぶ。


 と、森の上空を旋回していた徘徊型兵器が急降下し、凄まじい勢いで地面に衝突し爆散する。衝撃波が広がり砂煙が立ち込める。すると周辺一帯に潜んでいた兵士たちの光学迷彩装置が一時的に動作不良を起こして、まばゆい電光のあと、兵士たちの姿があらわになる。


 すばやく視線を動かして兵士たちに標的用のタグを貼り付けると、ショルダーキャノンからフルオートで〈自動追尾弾〉を発射する。乾いた破裂音のあと、頭部を失くした兵士たちがバタバタと倒れていくのが見えた。


 敵の掃討を確認すると、ハガネの動体検知機能を使って接近してくるものがいないか調べる。昆虫の群れだと思われる反応を多数検知したが、兵士たちの反応は確認できなかった。けれど、もっと厄介なモノが接近してきていることが分かった。


『戦闘車両の接近を確認』

 カグヤの言葉のあと、接近する多脚車両ヴィードルの情報が拡張現実で表示される。

「戦闘用に改造された車両か……」


『未知の兵器を搭載しているみたいだから気をつけて』

「接近されるまえに破壊する」


 よじれた枝を持つ黒い木によじ登ると、太い枝の間から車両の姿を確認する。軍用規格の複合装甲を装備した本格的な戦闘車両のようだ。〈収納空間〉から狙撃用に調整された高出力のレーザーレイフルを取り出す。


 細長い銃身を持つライフルは、藍白あいじろに塗装された角筒状の外装で覆われていて、銃身の上部に〈超小型核融合電池〉を挿入するための開閉機構が取り付けられているのが確認できた。ライフルの電源を入れようとすると、電池の装填方法が視線の先に表示される。


 モールベルトに吊るしていたユーティリティポーチから四角い電池を取り出すと、簡単な図で表示されていた説明に従って電池を装填する。カチッと小気味いい金属音が聞こえると、銃身が飛び出すように伸びて、複雑な機構によって外装が装着されていくのが見えた。


 すると電池の挿入口の近くからフラットケーブルが伸びるのが見えた。そのケーブルを長くなった銃身下部に接続すると、わずかな振動とともに低くて鈍い電子音が聞こえて、射撃準備完了の表示が視線の先に浮かび上がる。


 火器というよりは、どこか旧文明の先進的な工具にも見えるライフルを構えると、外装に組み込まれていた照準器があらわれる。その照準器を使って接近してくる車両の姿をとらえる。間を置かずに引き金を引くと、車両に向かって赤い閃光が放たれて、空気を震わせる鈍い射撃音が聞こえた。


 直後、接近する戦闘車両の操縦席付近の装甲が熔解ようかいして、制御を失った車両が樹木じゅもくに衝突するのが見えた。それと同時に視線の先に無数の警告が表示されて、白い煙を吐き出しながら電池が強制排出される。


 電力不足による射撃不可、それに電池の再装填を要求する警告表示を消すと、熱で真っ赤になっていた電池とレーザーライフルを〈収納空間〉に放り込む。多脚車両の装甲を熔解させ、その搭乗者を跡形もなく消滅させた閃光は地面にも傷跡を残していて、穿うがたれた地面に底のない穴ができているのが見えた。


「さてと……」

 そう言って枝から飛び降りようとした瞬間、小さな黒い影がハガネの磁界を突き破るのが見えた。それは一瞬の出来事だったが、まるでスローモーション映像を見ているかのように感じられた。


 凄まじい衝撃を受けて後方に吹き飛び、泥道をえぐり、木々を破壊しながら地面を転がる。途中、ハガネのスーツが金属のように硬化して手足が固定されたので、腕や足を欠損するような重傷を負わずに済んだが、それでもひどいダメージを受けることになった。


 衝撃を吸収してくれたハガネの装甲に感謝しながら立ち上がろうとすると、騒がしい警告音が聞こえる。反射的に身体を動かすと、接近する飛翔体を間一髪のところで避けることができた。が、それはいくつもの偶然が重なったおかげなのだろう。目にも留まらない速度で接近する飛翔体を避けることはほぼ不可能だった。


『レールガンだ!』

 カグヤの言葉に反応してスーツを硬化させると、磁界を突き破るようにして接近してきた別の飛翔体の直撃を受ける。


 衝撃で吹き飛び、もんどり打つように森のなかを転がる。眩暈めまいがする痛みに吐き気が込み上げる。が、痛みに我慢しながら地面にできた窪みに飛び込む。


「カグヤ、敵の位置情報を教えてくれ!」

 咳込んだあと、破壊されたフェイスマスクの隙間から血の混じった唾を吐き出す。


『見つけた』

 視線の先に偵察ドローンから受信する映像が表示される。そこに映っていたのは、十五メートルほどの長い砲身を備えた巨大な電磁砲の姿だった。


 木の枝や草で擬装された電磁砲には無数のケーブルがつながれていて、それらの太いケーブルの周囲にはアンテナ回転式の三次元レーダーを備えた大型装置が設置され、兵士たちが忙しなく動き回る様子が確認できた。


「あれも教団が発掘した兵器か……」

『おそらく』


「自爆ドローンで破壊できないか?」

『基地の周囲に対空迎撃用の兵器を多数確認したから、無駄にドローンを消費するだけだと思う』


「ならレーザーライフルで攻撃してみるか……。ダメなら強引に接近して破壊する。ドローンを使って掩護してくれ、隙を見つけて狙撃する」

『待って、私に考えがある』


 立体的に再現された簡易地図ミニマップが浮かび上がると、兵隊たちの基地近くにある昆虫の巣らしきものが拡大表示される。そこには死骸を使って肉団子を作っていたあの奇妙な昆虫の姿が確認できた。どうやら蜂や蟻のように群れで生活する社会性昆虫だったようだ。


「なにをするつもりなのか教えてくれるか」

『説明するほどのことでもないよ。ドローンを使って巣を攻撃して、混乱した昆虫の群れに敵の基地を襲わせる。ドローンで敵基地を直接攻撃するよりも、ずっと少ない機体で効果が期待できる』


「昆虫をけしかけるのか……その作戦は上手うまくいくと思うか?」

『難しいのは狙った場所に昆虫を誘導することだけだから……なんとかやってみるよ』


「了解。敵基地の攻撃はカグヤに任せる」

『レイはどうするの?』

「レールガンを破壊する」


 敵の攻撃で損傷していたハガネの装甲が完全に修復されると、再びフェイスマスクを装着し、電磁砲が確認できた敵基地に向かって駆け出す。ほぼ同じタイミングで徘徊型兵器が肉食昆虫の群れに向かって急降下し、枯れ木が広がる奇妙な地形でうごめく昆虫の近くで爆散する。


 と、地面につくられた無数の巣穴からブヨブヨした体表を持つ昆虫があらわれ、半透明の翅を広げて飛び立つのが見えた。カグヤは徘徊型兵器の爆発を利用して昆虫の移動経路を制限することで、目的の場所におぞましい生物を誘導していく。その間も敵基地では電磁砲の長い砲身が動いていて、こちらを攻撃しようとしていた。


 巨大な砲身から蒸気が噴き出し、青白い電光を放つのが見えた。金属弾が発射されたら防ぐ手立てはないだろう。敵からの攻撃を覚悟しながら、それでも基地に向かって駆ける。


 砲身から空気を震わせる鈍い振動音が聞こえてきたときだった。敵基地に昆虫の群れが侵入する。教団の兵士たちは混乱し、土嚢を乗り越えて基地内に侵入してくる悍ましい昆虫に攻撃を集中させる。その隙を突いて敵拠点に飛び込むと、電磁砲に向かって〈反重力弾〉を撃ち込む。


 甲高い金属音のあと、兵士たちが巨大な砲身と共に重力に圧し潰されていくのが見えた。


「離脱する!」

 こちらに向かってくる昆虫の群れに〈貫通弾〉を撃ち込みながら敵基地から脱出する。すでに教団の砲撃基地は驚異ではなくなっていた。そこは無数の死体が転がり、気色悪い昆虫が徘徊する場所に変わり果てていた。

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