第644話 森の捕食者(ジャンクタウン)
ジャンクタウンの周囲には人々を寄せ付けない原始の森が広がっている。そこには文明崩壊後の世界で形成された独自の生態系が存在し、人の背丈を越える未知の植物や肉食昆虫が徘徊している。それらの変異体の多くは人間にとって脅威であり、人間を狩る捕食者としても知られていた。
ジャンクタウンで生活する人々や行商人は森を避け、古くから存在する街道を利用していた。もっとも、それは街道と呼ぶにはあまりにも貧相な泥道で、舗装されていないソレは獣道と呼称したほうが適切なのかもしれない。
しかし、どういうわけか街道の周囲には危険な変異体は出没せず、人々が安心して利用することができた。鳥籠の成り立ちと密接に関わる秘密が隠されているのかもしれない。
ガスマスクとしても機能する白を基調とした揃いのフェイスマスクに、教団のシンボルマーク――瞳から
いずれにせよ、教団の兵士が人々に
その兵隊が、人々が立ち入ることのない森の奥深くで何をしていたのかは分からないが、我々が警告なしの攻撃を受けたということは、何者かの侵入を想定し警戒していた可能性がある。
では、その何者かとは誰のことなのだろうか。教団と敵対する組織、それとも森に生息する肉食昆虫に警戒しているのだろうか。
教団の意図は分からないが、森のあちこちに配置された歩哨が障害になっているので排除する必要があった。
ハガネの環境追従型迷彩を起動し、周囲の環境に溶けこむようにして姿を隠すと、暗い森のなかを歩いて目的の場所に向かう。ハガネに備わる動体検知機能を使うことも考えたが、森には多くの生物が生息しているため、それらの生き物と歩哨を区別することは難しい。同様に、敵意を感じられる瞳の能力も役に立たなかった。ここでは誰も彼もが敵だった。
音を立てないように、枯葉や枝を踏まないように注意しながら森のなかを移動する。輸送機から飛び降りたことは知られているので、厳戒態勢のなかを移動してジャンクタウンに近づく必要があった。ここで発見されてしまえば、大勢の兵士をひとりで相手にすることになる。
背の高い草むらに身を隠していた兵士を見つけると、周囲の動きに警戒しながら接近する。近くに別の兵士が潜んでいないことを確認すると、背後から接近して組み付き、義手の手のひらに伸縮自在の刃を形成して兵士の首元に深く突き刺す。
苦痛と恐怖に暴れる兵士は、自分が死ぬことを理解しているようだったが、誰に殺されるのかは分かっていなかった。
叫ぼうとして口を大きく開いていたが、ごぼごぼと血液を吐き出すだけだった。その兵士の
途中、肉食昆虫に捕食されたと思われる無数の死体を見つけた。周辺一帯を警備していた部隊が襲われたのだろう。無残に喰い散らかされた死体の多くは腹部を食い破られていて、内臓が綺麗に処理されていた。
死体の側には、教団が部隊に支給していたと思われるレーザーライフルや旧式のロケットランチャーが転がっていたので、状態のいいモノは〈収納空間〉を使って回収することにした。かれらの装備にも興味があったが、ボディアーマーはズタズタに引き裂かれていて、フェイスマスクのシールドも割られていたので諦めることにした。
比較的状態のいい死体の側にしゃがみ込むと、情報端末を所持していないか調べることにした。森に展開する各部隊の位置情報やら、教団について何か手掛かりが得られるかもしれないと考えたからだ。が、その試みは失敗に終わる。
生体認証によるセキュリティが仕込まれていたのか、個人用データパッドに触れた途端、電子回路がショートして修復不可能な状態まで破損してしまう。敵対組織に情報が流れないように、あらかじめ対策していたのだろう。別の端末を見つけると、遠隔操作による接続も試みたが結果は変わらなかった。
森で何かの調査をしていたのだろう。近くに多目的スキャン・ワンドが取り付けられた四角形の〈バイオ・スキャナー〉が転がっているのを見つけた。残念ながらデータを読み取ることはできなかったが、兵士たちがジャンクタウンの警備以外にも目的があって森に侵入していることが分かった。
鈍い重低音を響かせる羽音が聞こえると、焦げついた端末を捨て
木漏れ日のなかに姿を見せたのは、胴体よりも大きな
その奇妙な昆虫は死体の側まで飛んでいくと、鎌のような肢を使いながら死体を切断していった。ザク、ザク、と肉体に肢を喰い込ませ、ノコギリの刃を引くように骨を削り、肉を切り裂いていく。それが終わると、無数の肢を使って器用に肉団子を作っていく。
吐き気を催す醜い外見を持つ生物によって、先ほどまで人間だったモノが肉団子に変えられていく様子はひどくグロテスクなものだった。けれど得体の知れない生物に銃口を向けるだけで、引き金を引くことはしなかった。気づかれていないのなら、わざわざ敵対する必要もないだろう。
音を立てないように、細心の注意を払いながらその場から離れる。あのイモムシのような生物は、大きな身体に見合わない小指の爪ほどの小さな単眼しか持っていなかったので、迷彩を起動した状態で静かに移動すればこちらの存在に気づくことはないだろう。
ジャンクタウンを目指しながら森のなかを移動していると、カグヤから連絡がくる。どうやらハクたちを連れて無事に安全な場所まで避難できたようだ。そのハクとジュジュは、そのまま輸送機の周囲で大人しく待機する予定だったが、果実を取りに行くと言って森に入ってしまったという。
拡張現実で表示される
かつて傭兵組合に所属していた兵士たちは、現在では教団から支給された武器を手にしている。組織だった戦いに慣れた連中を相手にしなければいけないという状況だけでも厄介なのに、強力な武器まで所持しているのだ。野良の略奪者たちを相手にするように、気を抜くようなことはできない。
ジャンクタウンを囲む高い壁が木々の間に見え隠れするようになると、兵士たちの数はさらに増えていった。どうしても知られたくない秘密を抱えているのか、無数の偵察ドローンが休みなく飛行しているのも確認できた。
突然、首筋にゾクリとするような嫌な感覚に襲われた。何者かに監視されている。ピタリと足を止めると、ハガネのマスクを通して森を見つめる。瞬時に取得した膨大な情報をもとに周辺一帯の三次元データが青色のワイヤフレームで表示され、機械学習で蓄積された知識をもとに、本来そこに存在しないはずのものが誇張される。
赤色の線で輪郭を縁取られるようにして表示されたのは、光学迷彩だと思われる装備を身につけた状態で潜んでいる兵士の姿だった。すでに私の存在に気がついているのか、ライフルの銃口はこちらに向けられていた。
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