第643話 自由降下〈パラセール〉


 我々は現在、発掘現場を離れ、廃墟の街に向かって砂漠の上空を飛行していた。荒涼とした砂漠を眺めていると、前方に砂嵐が見えてくる。それは巨大な砂の壁を形成していて、高度数百メートルを飛行していた輸送機すらも呑み込もうとしていた。


 その砂嵐のなかに突入すると、機体がかすかに揺れるのを感じた。エンジン音に騒音が混じるようになると、墜落しないと分かっていても嫌な気分になる。しかしその状況も束の間のことで、次の瞬間には景色が一変して揺れも収まる。砂嵐が突然消え去り、目の前には廃墟と化した高層建築群が立ち並ぶ荒廃した街並みが姿をあらわす。


 砂漠地帯と荒廃した街との間には、次元の境界として機能する得体の知れない膜が存在していた。不可視のソレは時空のゆがみによって生じた不可思議な現象であり、自分たちが未知の領域にいたことを嫌でも思い出させてくれた。


 高層建築群の間を飛行しながら足元に視線を向けると、全天周囲モニターを通して旧市街地を俯瞰ふかんすることができた。上空から見てもひどく荒廃しているのが一目瞭然だった。建物の窓ガラスは割れ、建造物の多くは植物におおわれ、ほとんどの建物が崩壊している。


 かつて賑わっていたはずの通りは、背の高い植物が縦横無尽に生い茂り、道路を縫うように広がっている。そこに人々の生活の痕跡を見ることはできない。


 けれど顔をあげ視線を移すと、その陰鬱な廃墟の中に旧文明の遺物とも呼べる超高層建築物が堂々とそびえているのが見えた。旧市街とは対照的に、これらの建物は当時の姿をとどめていて、今も健在であることが確認できる。


 高層建築群の壁を飾る巨大な彫像やホログラムで投影される色とりどりの広告は、当時の先端技術を垣間見せてくれていた。窓ガラスは雨風によって汚れていたが、今も陽の光りを反射して美しく輝いていた。荒廃した街の真只中にいるにもかかわらず、超高層建築物は先進的な都市にいる気分にさせた。もっとも、そんな気分がするだけだ。


 廃墟の街は不死の化け物に支配され、人々は〈鳥籠〉とも呼ばれる集落で身を寄せ合い細々と生きていくほかなかった。それでも、大昔の学者たちが古代文明の遺跡に魅了されとりこになってきたように、この荒廃した街にも人々の心をとらえて離さない不思議な魅力があった。たとえ危険な場所だと分かっていても、その誘惑に抗うことはできそうになかった。


『よう、レイ。通信が乱れたみたいだけど、そっちは無事か?』

 イーサンの声に反応して前方のモニターに視線を向ける。

「こっちは大丈夫だ。通信ノイズの原因は砂漠を越えて廃墟の街に入ったからだと思う」

『あぁ、そういうことか……それなら、話の続きをしてもいいか?』

「頼むよ、〈ジャンクタウン〉で何が起きているのか教えてくれ」


『きっきも話したと思うけど、不死の導き手の信者を受けいれるようになってから、あの鳥籠はおかしな方向に転がり始めた。宣教師どものことは覚えているか?』


「ああ、通りに立って神がどうとかうそぶいていた連中のことだろ?」

 実際に足を止めて何度か演説めいたホラ話を聞いたことがあったが、桜を使った稚拙で退屈な話だったことしか覚えていない。


『連中はあの手この手で信者を増やして、気がつけば鳥籠の有力者も取り込んで組織を大きくしていった』

「ジャンクタウンは、各組合の長で構成される議会のメンバーによって管理されていたんじゃないのか?」


『事情が変わったんだ。莫大な資産と兵器、それに権限を手にした教団によって組合長たちの権限を奪われた。彼らは最早、教団の傀儡かいらいに成り下がったとみていいだろう』


「どうしてそんなことに?」思わず首をかしげる。

「これまでジャンクタウンをまとめてきたのは議会だったし、彼らの権力は絶大だった。なにより、あの組合長たちがおいそれと既得権益を手放すとは思えない」


『俺もそう思っていたよ。傭兵組合の連中が黙っちゃいない、ってな。けど、現実はいつも俺たちの予想を裏切るものだ。傭兵組合は教団が持つ旧文明の兵器を餌に、議会を裏切ってみせたのさ』


「権力者お得意の内乱ってやつか」

『そんなに大袈裟なモノでもないけどな。でもまぁ、結果的に議会は権力を失うことになった。傭兵組合の連中も今では教団の兵隊になって、ジャンクタウンの警備と監視を任されている』


「ヤンとリーが指揮していた警備隊はお払い箱か」

『ああ、クレアの嬢ちゃんを連れてジャンクタウンを脱出したのは正解だった』

「そういえば、今はもう保育園の拠点に?」

『そうだ。信頼できる部下を連れて泥船から逃れたってわけだ』


「ヤンたちが合流したって報告は聞いていたけど、そんな事情があったのか……それで、教団の兵隊は何を警備しているんだ?」

『軍の備蓄庫として機能していた〈販売所〉を覚えているだろ? どうやら教団の使徒が指揮する秘密部隊が地下で何かよくないモノを発見したという噂だ』


「よくないモノ?」

『兵器の類だと聞いているが、詳細については判明していない』

「秘密主義のカルトほど嫌なモノはないな……」

『同感だ』


 タバコを吸っているのだろう、煙を吐き出す音が微かに聞こえる。

『ジャンクタウンに潜入するつもりなら、気をつけたほうがいい。レイの場合、面が割れているからな。注意しないと鳥籠の中で連中と殺し合いを演じることになる』


「それなら大丈夫だ。偽の生体情報を登録したIDカードをカグヤに偽造してもらうつもりだ」

『そうしたほうがいい。ところで、ハクも一緒なのか?』


「ああ、それにジュジュが一体密航しているのを見つけた」

『そいつは厄介だな』と、イーサンは笑う。『言わなくても分かっていると思うが、ジャンクタウンにハクたちを連れていくことはできない。大人しく輸送機か森の中で待っていてもらったほうがいい』


「そうしてもらうつもりだ」

 兵員輸送用コンテナに待機していたハクたちの様子をモニター越しに確認していると、突然コクピット内に騒がしい警告音が鳴り響いた。


『レーダー照射を確認、ロックオンされたみたい!』

 カグヤの焦る声が聞こえたかと思うと、ミサイルの発射を確認した警告が表示される。


「どこから攻撃されているんだ」

 モニターに表示される無数の警告を見ながらいた。

『ジャンクタウン周辺の森からだよ。おそらく教団の兵隊が潜んでいたんだろうね。自爆ドローンを使ってミサイルを迎撃する』


 砂漠地帯から同行していた複数のドローンが、ミサイルに体当たりして迎撃していく。

「カグヤ、すぐに応戦してくれ」


『もうやってる!』と、彼女は声をあげる。

『それより、レイはこのまま地上に飛び降りて』


「パラセールのテストをするんだな」

『そういうこと。ハクとジュジュはこのまま安全圏まで連れていくから心配しないで』


 ハガネを起動して、タクティカルスーツを瞬時に装備すると、インターフェースに表示される無数の項目の中から〈パラセール〉を選択する。事前にハガネを使って装置を取り込んでいたので、すでに使用できる状態になっていた。


「悪いな、イーサン。落ち着いたら、また連絡するよ」

『だな。なにか分かったら報告してくれ』

「了解」


 ミサイルの接近を知らせる警告音を聞きながら、開放された気密ハッチの縁に立つと、躊躇ためらうことなく地上に向かって飛び降りる。


 すると意思を持っているかのように動くハガネが、背中にナノマシンを集中的に展開させ、まるでコウモリの翼のようなパラセールを形成していく。それは、背中に蜘蛛の脚を形成するときの動作に似ていると感じた。


 途端に降下速度が落ちて、上方に向かって身体からだが引っ張られるような感覚に襲われる。しかしすぐに翼を制御できるようになり、思いのまま上下左右に素早く動くことができるようになった。


 やや黒みがかった鋼色はがねいろの翼を制御しながら地上に接近する。単発式のミサイルランチャーを構えた兵隊の姿が見えると、ライフルを使い射殺していく。兵隊たちは反撃されることを想定していなかったのか、身を隠すことすらしていなかった。


 地面が迫ると、ハガネに指示を出して背中のパラセールを切り離した。翼を構成していた特殊な繊維がナノマシンの作用によって自己崩壊すると、翼は塵に変化し、空中で霧散していった。


 そのまま地面に着地すると、転がりながら受け身を取り立ち上がる。無傷で着地することはできたが、何度が練習する必要がありそうだ。


 輸送機に対する攻撃が沈静化したことを確認すると、ジャンクタウンに向けて歩き出した。森に潜む兵隊たちは油断しているので、大きな障害にはならないだろう。

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