第628話 監視〈人造人間〉


 あちこちで小規模の塵旋風じんせんぷうが発生していて、放置車両に堆積した砂を巻き上げていく。その異常な光景のなか、砂の中から姿を見せた〈人造人間〉は、欠損していない腕を変形させ、長方形の細長い兵器を形成していく。


 それは〈ハガネ〉の液体金属のように、腕をおおう鋼材が液状化したかと思うと、形状を変化させながらまたたく間に硬化していった。我々に対する攻撃の意志は明白だった。


「自爆ドローンを使う。カグヤ、攻撃の準備はできているか?」

『いつでも攻撃可能だよ。レイが遠隔操作する?』

「いや、あれが動き出す前に仕留めたい。すぐに攻撃してくれ」

『了解』


 第二世代だと思われる二体の人造人間が、こちらに不気味な兵器を向けたときだった。上空を旋回していた徘徊型兵器が急降下し、凄まじい速度で人造人間に衝突、周辺一帯に轟音をとどろかせながら爆散した。


 爆心から砂煙が立ち昇り、瞬く間に視界が悪くなる。が、赤色の線で輪郭りんかくが縁取られていた人造人間の動きに変化は感じられなかったし、損傷しているようにも見えなかった。やはり通常兵器では、旧文明の鋼材でおおわれた人造人間の身体からだを傷つけることはできないのだろう。


 騒がしい警告音が鳴り響いたかと思うと、まばゆい光で視界が真っ赤に染まる。人造人間の兵器から発射された真っ赤な熱線が、ハガネによって生成された重力場をともなう強烈な磁界によって屈曲し、軌道を捻じ曲げられながら周囲の車両を破壊していく。


 その光が収まると、すぐ近くにいたハクたちの無事を確認する。ハクは後方に飛び退いていて、あの熱線で負傷することはなかった。


「ヨルは!?」

 網膜に投射された矢印を追うように視線を動かすと、いつの間にか人造人間の背後まで移動していた大蜘蛛の姿が見えた。


 ヨルは目にもまらない速度で長い脚を振り抜くと、人造人間の胴体を両断してみせた。砂塵が風に流されていくと、砂に散らばる無数の金属部品と、上半身だけになっても動き続ける人造人間の姿が見えた。しかしヨルは容赦しなかった。人造人間の頭部に鋭い鉤爪を突き立てると、そのまま力を込めて鋼鉄の頭骨を踏み潰す。


 そこに大気を震わせるような特徴的な鈍い音が聞こえると、真っ赤な熱線が狙い澄ましたようにヨルに向かって発射されたのが見えた。


 しかし大蜘蛛は振り向くことなく、その場で跳躍して背後から迫っていた熱線をかわすと、空中でクルリと姿勢を変えながら糸の塊を吐き出す。恐ろしい速度で飛んでいく拳大の塊は、人造人間の頑丈な骨格を容易たやすく破壊して貫通する。


 砂の上に音もなく着地したヨルは、その場に両膝をついていた人造人間に接近すると、その首をスパッとねてみせた。あまりにも鮮やかな手並みに感心していると、内耳に警告音が聞こえる。


 網膜に表示される無数の警告表示と矢印に誘導されるように視線を動かすと、車両の下からい出てきていた人造人間が、こちらに長方形の銃身を向けているのが見えた。


 ハガネの能力を使って熱線をはじくことも考えたが、ほぼ無意識にグラップリングフックを射出して、人造人間の腕にワイヤロープを巻き付ける。そしてそのままロープを巻き取るようにして人造人間を砂の中から引っ張り出すと、間髪を入れずに、左肩に形成したショルダーキャノンから貫通弾を撃ち込んだ。


 密度が高く、極めて重い銃弾が人造人間の身体からだに食い込んだ瞬間、衝撃で金属の骨格はバラバラに破壊される。その威力は凄まじく、貫通した弾丸を追うようにしてじれた金属骨格や部品がうずを巻いて吹き飛んでいくのが見えた。


『レイ、まだ終わってないよ!』

 カグヤの言葉に反応して戦術画面で敵の位置を確認したあと、ハンドガンを抜いて弾薬を〈重力子弾〉に切り替える。砂の中から出現した人造人間は三体、いずれも損傷していたが、腕や肩に未知の兵器を形成しながらこちらに駆けてくる。


「カグヤ、掩護えんごしてくれ」

『了解!』


 上空から無数の徘徊型兵器が急降下してくると、人造人間はすぐに対応して、衝突位置をずらすように移動経路をわずかに変化させる。地面に衝突した無人機は次々と爆散していくが人造人間は無傷だった。しかしカグヤの狙いは敵を足止めをすることではなく、人造人間を重力子弾の射線上に誘導することだった。


 標的としてタグ付けされていた三体の人造人間が一直線に並んだことを確認すると、躊躇ためらうことなく引き金を引いた。かすかな振動音を立てながら撃ち出された閃光は、青白い残像の尾を引きながら射線上にあるすべてのモノを破壊し蒸発させた。


 形態変化していたハンドガンが元の状態に戻ると、閃光の余波を受けてドロドロに熔解していた放置車両から蒸気が立ち昇るのを見ながら戦術画面を確認する。


「あれで最後だったみたいだな……」

『うん、人造人間の殲滅を確認。上空のドローンを索敵モードに設定して、このまま監視を継続させる』

「了解」


 ハクがトコトコやってくるのが見えた。なにやら人造人間の切断された頭部を、触肢しょくしで挟み込むようにして持ってきているようだ。


『みて、ひろった』

 ハクはオモチャを自慢する子どものように得意げだった。


『ちょうどよかった』と、カグヤの声が聞こえる。

『人造人間の目的を調べられないか確認するから、そのまま持っててくれる?』


『ん、りょうかいしたであります』

 重要な任務を与えられた兵士を演じているのだろう、ハクはビシッとした声で返事をする。


 人造人間を仕留めたヨルがやってくるのを見ていると、防護服に収納されていたカグヤの偵察ドローンがフワリと浮かび上がる。そのまま金属の頭部に接近すると、機体からケーブルを伸ばして、側頭部にあるチップ・ソケットに無理やり接続する。


「なにか分かりそうか、カグヤ?」

『ちょっと待ってね……』

 しばらくすると人工知能にアクセスできたのか、人造人間の瞳がチカチカ発光するのが見えた。


『ううん、やっぱりダメみたい。そもそも人工知能が損傷して狂ってたみたいだったし、そこでどのような処理が行われて、敵対的な行動を実行するに至ったのか分からない。でもね、断片化されたログを繋ぎ合わせると、ここで〈深淵の娘〉を監視していたような記録が残っていることが分かった』


「監視……彼女たちが汚染地帯から出てこられないように見張っていたのか?」

『うん。それも、途方もない年月をかけて』


 人造人間たちは、〈深淵の娘〉を人類の脅威ととらえていたのだろうか。

「かれらがこの場所で何をしていたのか、ヨルは知っているか?」


 ちらりと大蜘蛛に視線を向けると、彼女は口元で触肢しょくしこすり合わせたあと、否定を意味する感情を伝えてくる。どうやら〈深淵の娘〉は人造人間に監視されていたことは知っていたみたいだったが、その理由までは知らなかった。というより、まったく興味がなかったようだ。


『脅威になる対象として監視はしていたけれど、それ以上の意味はなかったのかも』

「そうなのかもしれないな……」


 溜息をついたあと、人造人間の頭部を確認しようとして腕を伸ばす。が、そこで異変が起きる。それまで状態を維持していた頭部は、溶けるようにして液体に変わり、砂漠に流れ出していく。


 ハクは驚いて液体状の金属をすくいあげようとするが、それは砂に染み込むようにして吸い込まれていく。ハクは砂を掘り返してくれたが、もう跡形もなく消えてしまっていた。それは我々の周囲に横たわっていた人造人間の残骸でも起きていた。


『かたじけない……』

 ハクは落ち込んでしまうが、それは仕方のないことだった。人造人間が謎の液体になって消えてしまうという現象は、すでに何度か体験していたことだった。少しでも情報を得られただけでも喜ぶべきなのかもしれない。


 気を取り直すと、ハクを励ましながら輸送機まで歩いていく。本来なら、この場でハガネやハクの体毛に付着した放射性物質を洗い流したほうが良かったのだが、除染のための設備がなかったので、そのまま兵員輸送用コンテナに乗り込むことにした。


 拠点でも除染はできるので問題ないだろう。それよりも、ハクより大きな身体からだを持つヨルがコンテナに入るのか心配だった。けれどその心配をよそに、ヨルはいそいそとコンテナの屋根に飛び乗る。どうやら彼女はそこで問題ないようだ。

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