第625話 不安


 カグヤの支援で〈ハガネ〉の液体金属で形成された防護服は、気密性を重視していて、汚染物質や放射線から身を守る役割を果たすように設計されていた。それに留まらず、機動性も確保されていて、戦闘に支障がでないように考慮されていた。


 その防護服は、これまで戦闘に使用していたタクティカルスーツを継承したデザインになっていた。赤と黒を基調とした洗練された装備で、防護服でありながら機能性を有していて無駄なモノがない。シンプルで機能的な構造は、過酷な環境、そして状況でも能力を発揮できるようになっていた。


 ハガネで形成されていることもあり、通常の放射線防護服と異なり、鉛よりも優れた遮蔽材として機能する金属繊維でおおわれている。この金属繊維は優れた放射線遮蔽性を有しながらも、重量を抑え、機動性を確保する役割を果たしていた。


 その金属繊維は従来通りの防弾機能も備えていて、弾丸や衝撃から身体からだを守ることが可能だった。また胸部や腹部には耐弾性の高い素材と強化されたプレートが組み込まれていて、装甲の液状層は衝撃に反応して、瞬時に硬化する機能を備えていた。これによってあらゆる衝撃を吸収し、より高い効果を発揮することができた。


 そのため、変異体や混沌の生物からの攻撃に対しても比較的信頼性のある防護服になっていた。もちろん、腕にはグラップリングフックを射出する機構が内蔵されている。この仕組みによって、建物や高い障害物を迅速に駆け上がることができた。


 それらの装備は汚染地帯の探索において必要不可欠なモノだったが、想定していたよりも装甲を装着した所為せいなのか、パワードスーツのようなゴテゴテした見た目になってしまった。もっとも、ハガネは軽い金属なので重量が問題になることはないだろう。


 インターフェースに表示されていた防護服の情報を確認していると、異常な気配を察知したハクがフサフサの体毛を逆立て、ずっと遠くにある建物を見つめるのが見えた。視線の先を拡大すると、砂漠に埋もれた廃墟の屋上に立ち尽くす人影が見えるが、距離が遠く、詳細を確認することはできない。


「カグヤ、あれの正体が分かるか?」

 質問のあと、偵察ドローンから受信する映像が拡張現実で投影される。


『あれは〈インシの民〉だね。私たちの行動を監視しているんだと思う』

 戦術画面に表示されていた赤い印が、中立を示す白い印に変わるのが見えた。

『かれらも〈深淵の娘〉を警戒して、このあたりを監視していたのかもしれないね』


「それなら、あれは無視しても問題ないな……」

 戦闘を好む昆虫種族に監視されるのは気味が悪かったが、インシの民とは敵対していなかったので脅威にならないと判断する。


 それから、カグヤの操作で輸送機の存在を偽装隠蔽するための作業が行われる。汚染地帯の周囲には遮蔽物がないため、盗賊団など敵対する組織に輸送機が発見されてしまう恐れがあった。


 兵員輸送用コンテナから四機のドローンが飛び出してくるのが見えた。それぞれの機体下部には収納式のマニピュレーターアームが装着されていて、コンテナ内に用意されていた半透明の〈カモフラージュ・シート〉を協力しながら運び出す。そしてそのまま輸送機の真上まで飛んでいくと、四方に散り、輸送機をおおい隠すようにしてシートを広げていく。


 その作業が終わると、半透明だったシートは周囲の景色に溶け込むようにして表面の模様を変化させていく。ソレは高度な光学技術によって制御されていて、周囲の風景や色相をスキャンしながら、まるでコウイカのように模様や色を忠実に再現することができた。輸送機の姿は徐々に目立たなくなり、砂漠に溶け込んでいく。


 完全に姿を消すことはできないが、遠目からでは存在を認識するのは困難だ。作業を行った小型ドローンは、そのまま輸送機の監視と警備を行うことになる。


 武器弾薬の確認を終えると、死骸をのせたホバー台車が自動的に追従するように、システム設定を変更することにした。発掘現場と異なり、ここでは何かに衝突する心配はなかったし、浮揚しているので地形の影響を気にすることもなかった。


 ハクに声を掛けたあと、〈ヴィードルの墓場〉に向かって歩き出す。汚染地帯に対する恐怖心はあったが、ハガネの性能を信じるほかなかった。


 放棄された車両の間を慎重に進む。周辺一帯の放射線量を示す数値は高く、もはや意味がなかったので警告を表示しないように設定する。周囲には錆びた車両の残骸が散在し、その多くが工事現場などで使用される建設作業用のアームを搭載した多脚車両ヴィードルだった。


 この地に何かを建設しようとしていたのか、それとも、何かを埋める作業の途中だったのだろうか。


 それらの車両は時間の経過と共に崩壊し錆びに侵され、一部は砂のなかに完全に埋もれていた。車両の中に人骨が残されている光景も珍しくない。時折、そこで亡くなった人々の遺品が骨と一緒に砂の中から出てくるのが見えた。情報端末の残骸や、作業に使用していたと思われる工具が残されていたが、原形もとどめていないような状態だった。


 どうやらこの地を訪れたのは、我々が初めてではなかったようだ。スカベンジャーの死体なのだろう、粗末な防護服を身にまとった人間が車両に寄り掛かったまま死んでいる姿があちこちで見られた。汚染地帯に遺された遺物を回収しに来たのだろう。


 黄色い防護服は色褪せていて、ダクトテープで修繕した箇所があることも確認できた。汚染地帯に関する知識がなかったのか、それとも怖いもの知らずの集団だったのかは分からないが、それは明らかに無謀な計画だった。


 スカベンジャーたちの死体を眺めながら歩いていると、前方に深いきりが立ち込めているのが見えてきた。そのままハクと一緒に窪地に足を踏み入れると、周囲から不気味な音が聞こえてくる。


 それは人の声や動物の鳴き声ではなく、窪地そのものから発せられるような――地響きの前後に聞こえる恐ろしい音にも似ていた。まるで窪地が生命を持ち、その存在を主張しているかのようだった。


 最初は遠くから聞こえるかすかな響きだったが、鈍く重い音に変わっていく。それは次第に増幅していき、耳障りな音に変わっていく。異常な振動や不協和音が広範囲にわたって聞こえ、ひどく不快な気分になる。


 その音は窪地の奥深くから発せられるため、音の出所を特定することはできない。突然、音が聞こえなくなったかと思うと、次の瞬間には再び不気味な音が鳴り響く。窪地の中で音は反響して混沌とした響きを奏でる。


 だがその異常な音にも終わりはやってくる。キノコにも似た奇岩を見ながら歩いていると、耳鳴りが聞こえるほどの静けさに支配された場所に出る。そこには見慣れない植物が自生していた。


 異常な環境によって変異したのだろう。植物は蛍光色を帯びた茎を持ち、太くゆがんだ形状をしていた。花弁や葉は大きく、極彩色に染められていて、自然界の植物とはまったく異なる特徴を持っていた。茂みの中では異様に伸びた茨が絡まり、不気味な光景が広がっている。


 植物の葉には、ホタルのように生物発光する異形の昆虫がむらがっていた。その姿は通常の昆虫とは異なり、まるで薬物中毒者の夢の中から這い出てきたような色彩と奇怪な姿をしている。体表に無数の眼のような模様が見られる甲虫がいれば、複数の長い首を持つナナフシのような昆虫もいる。


 大きさもバラバラで、手のひらほどの昆虫もいれば、ネコのように大きな身体からだを持つ昆虫もいる。それらの昆虫が発光する様子は、見ているだけで不安になるようなモノだった。異常な環境に適応して進化したように見えたが、そこに作り物めいた違和感があることは否定できなかった。


 窪地の中に足を踏み入れてから、周囲の霧が奇妙な色合いで発光しているのが見えた。放射性物質を含んだちりほこりが漂っているのだろう。あるいは、精神に影響する何かがあるのかもしれない。その影響で光り輝く奇妙な昆虫の姿を見ている可能性もある。


 いずれにしろ、後戻りするという選択肢はもはや存在しない。ハクの体調に異常がないか確認したあと、霧の奥に向かって歩を進めた。

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