第624話 汚染地帯〈ヴィードルの墓場〉


 輸送機のコクピットからは、かつて〈ハイパービルディング〉と呼ばれていたであろう超構造体メガストラクチャーが見えた。ソレはわずかに傾いていて、重力や環境の影響を受けていることが確認できた。それでもなお、その建物は圧倒的な存在感を放ち、上空からでもその荘厳さが伝わってくる。


 そして驚くべきことに、砂漠地帯には無数の超高層建築物が存在し、目を凝らせば遥か遠くにそびえる構造物の蜃気楼を見ることができた。


 視線を戻すと、構造物の周囲に小高い砂の山が広がっているのが見えた。けれどソレは砂漠に埋もれたタダの廃墟ではない。上空から見ると、建物の周囲に発掘調査のための基地が築かれているのが見える。


 大小様々なテントが並び、重機や掘削機が活発に動いていて、かつての文明の謎を解き明かすための調査が行われていることが分かる。


 その発掘現場でハクと合流したあと、浮揚する機能を備えた台車にのせられていた〈深淵の娘〉の死骸をコンテナに積み込む。ハクよりも大きな個体だったが、強度のあるブルーシートに包まれ長い脚が固定された状態だったので、問題なく積み込むことができた。


 ちなみにコンテナに積み込んでいた多脚車両ヴィードルは、作業員たちが倉庫として利用していた建物の近くに止め、作業の邪魔にならないように、周囲の警戒をするように設定した。危険な生物が接近してきたら自動的に迎撃してくれるだろう。


 ペパーミントとサナエは〈エリア十八〉でムスカの調査を続けていたので、会うことはできなかったが、ジャンナが見送りに来てくれていた。彼女から調査の様子や状況を確認したあと、紅蓮ホンリェンで顔見知りになった商人たちのことを話した。それからジュジュたちを一緒に連れていけないことを謝罪したが、彼女は気にしなくてもいいと言ってくれた。


 ジャンナはジュジュたちに慣れているのだと言って、砂遊びをする小さな昆虫種族を見ながら苦笑いを浮かべた。


 ハクと一緒に輸送機のコンテナに乗り込むと、カグヤの操縦で機体は徐々に高度を上げていった。コクピットに行くことも考えたが、ハクがピッタリとくっ付いてきたので、操縦をカグヤに任せることにした。ハクに事情を説明する良い機会になったので、これから姉妹たちに死骸を引き渡しにいくことを伝える。


『それは、ちょっとたいへんだな』と、ハクは他人事のように言う。

「姉妹に会うことに抵抗はないのか?」

『ていこう?』

 ハクは身体からだを斜めに傾ける。


「ずっと会っていなかったから、ハクが気まずい思いをしたり、虐められたりしないか心配なんだ」

『だいじょうぶ、いじめ、ない』


「それならいいんだ。ハクは姉妹たちに会えることが嬉しいか?」

『ううん、ふつう』と、ハクは腹部をカサカサと揺らす。

「でも、もう何年も会っていなかったんじゃないのか?」

『かいわ、できる。もんだい、ない』


「会話……」念話のことだろうか?

「それなら、これから彼女たちに会いに行くことは、もう伝えたのか?」


『ん、まちがいない』

 ハクはベシベシと床を叩く。

「姉妹たちは何か言っていたか?」


『ちょっとだけ、おどろいた』

「そうか……」

 少なくとも、背後から襲撃されるようなことにはならないみたいだ。


 それからしばらくの間、ハクはジュジュたちがどんな悪戯いたずらをしていたのか聞かせてくれた。ペパーミントの仕事を邪魔して怒られたことや、勝手にどこかに行って探すのが大変だったことも教えてくれた。異なる種族だったが、ハクはジュジュたちと楽しく過ごせているようだ。


『ねぇ、レイ』

 カグヤの声が内耳に聞こえる。

『そろそろ〈ヴィードルの墓場〉が見えてくるから、映像を確認して』


 拡張現実で投影された映像が視線の先に浮かび上がる。ハクもタクティカルゴーグルを通して映像を確認しているのか、興味深そうに荒涼とした風景を眺める。


 忘れられた遺失物のように、砂漠に遺された古代の遺物が見えてくる。荒涼とした大地の真只中に放棄された大量の車両は厳しい環境の中で砂に埋もれ、その周囲には猛烈な砂嵐が吹き荒れ、砂礫が空中に舞い上がっている。その中には大量の放射性物質が含まれていて、大気に妖しい光を放っている。


 荒れ狂う風が吹くたびに、放射性物質が舞い踊り、不気味な光景が生まれていく。大気は淡い青みがかった色合いを帯びていて、車両の残骸や砂丘に異様な輝きを与えていく。それは広範囲に及び、周囲の砂丘もこの異様な輝きに包まれていく。


 砂漠は太陽の光を受けて黄金に輝き、放射性物質との相互作用によって、緑がかった不気味な色調に変化していた。砂丘の稜線が光の反射によって鮮明に浮かび上がり、まるで砂で形成された波が異常な光線を受けて硬化したかのように見えた。砂丘の形状も不規則であり、どこか異界で見た風景に似ていた。


 その〈ヴィードルの墓場〉には、かつての文明の名残を見ることができた。腐食し朽ち果てた多くの車両がゴミと一緒に砂に埋もれ、鋼鉄の骨組みは腐食が進んでいて、一部の車両は砂嵐の影響で砂のなかに埋もれて全容を把握することはできない。時折、その中から人間の骨が露出し、車両が古代の人々の墓になっていることを示していた。


 人間の手によって作られた車両が朽ちていく姿からは、残酷な現実だけでなく、ある種の寂しさと滅びゆくモノの美しさが感じられた。しかしそれが〝ただの幻想〟だということも分かっていた。そこにあるのは、死んでいった人々の記憶と、かつての文明が遺した鉄屑だけだった。


 風が強まると、腐食した車両の骨組みに砂嵐が襲いかかり、その摩擦音や軋みが不気味な響きを生み出していく。風が空っぽの車両を通り抜けるさい、砂が骨組みに激しくぶつかり車両の内部で不気味な音を共鳴させるのだ。


 荒れ狂う風は放射性物質を舞い上げ、腐食した鉄屑と交わりながら気味の悪い音を奏でていく。その音は上空にいても拾うことができて、まるで亡霊たちが風に乗ってささやいているかのように聞こえた。もちろん、荒涼とした景色が広がっているだけで、生物の気配は感じられないし、亡霊なんてモノはどこにもいない。


 車両の墓場の先には、より不気味な様相を見せる窪地が広がっている。そこは濃い霧に包まれていて、見ているだけで怖気立おぞけだつような恐ろしい雰囲気が漂っている。霧は厚く、視界が制限されているため、先に進むことも困難な場所になっているのだろうと予想できた。


 その窪地は砂嵐の影響を受けにくいため、霧が晴れることがほとんどないようだ。時折、霧の中から奇岩が顔を出しているのが見えた。岩の形状は奇怪で、異様な存在感を放っている。


 霧に包まれた岩々が、まるで幻影のように顔を出しては消える様子は、この場所に漂う神秘性と気味の悪さを際立たせていた。霧がどこまで続いているのかは分からないが、まるで迷路のような構造になっているのだろう。その霧のなかに潜む脅威について想像するだけで、背筋が寒くなるような嫌な気分になる。


「ハク、近くに姉妹たちの気配は感じられるか?」

『ん。たぶん、いるな?』

 自信なげな言葉に不安になるが、今はハクのことを信じるしかないだろう。

「カグヤ、安全な場所に着陸してくれ」


 コンテナのハッチが開いたことを確認すると、死骸をのせた台車を慎重に動かして外に移動させる。その間、ハクが汚染地帯に入っても影響がでないのか確認する。ハクは問題ないと言っていたが、妖しく発光する大気を見ていると不安になってしまう。


『ハクならきっと大丈夫だよ』とカグヤは言う。

『それより、レイもハガネを起動して。汚染地帯を安全に探索できるように、今回は攻撃力や機動性よりも、気密性を重視した形態になるようにスーツを形成する必要がある』


 インターフェースに表示されるハガネの情報を確認したあと、カグヤに管理者権限を付与して、設定を変更できるようにした。

『ちょっと待っててね。参考にできる防護服がないか〈データベース〉で調べる』

「了解」

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