第622話 家電製品
しばらくして戻ってきたルォシーは着替えていて、先ほどまでの堅苦しい制服とは打って変わって、軽やかで上品な印象を与えるシャツと丈の短いパンツを着用していて、それは彼女の
シャツは淡い色合いの柔らかな素材で作られていて、袖には細かな植物模様の刺繍が施され、シックなデザインが優雅さを際立たせていた。
黒のパンツにはストレッチ性があり、彼女の動きを妨げずに、それでいて女性らしい柔らかな印象を与えるモノだった。その繊細な縫製技術は洗練されていて、廃墟に埋もれた世界では滅多に見られないモノだった。
部屋着に着替えたルォシーの姿は、戦闘服から感じる厳格さや威圧感がなくなり、より柔らかく自然な魅力を放っていた。表情には穏やかさと安心感が見られ、彼女の内面にある美意識を浮かびあがらせていた。
ルォシーに会ったときに感じた魅力は、どうやら彼女の出自に関係していたようだ。それは生まれ育った環境で身につく気品であり、ゴミと廃墟のなかで生活する人々が手にできないモノだった。
「お待たせしました。なにか飲み物を持ってきましょうか? すぐに用意できますけど」
断るつもりだったが、彼女の視線の先にある装置が気になったのでコーヒーを頂くことにした。
旧文明の家電製品なのだろう、シンメトリカルなデザインで、光沢のある金属素材で作られていた。装置の上面にはタッチパネルディスプレイが搭載されていて、簡単に操作を行えるコンソールになっていた。そのディスプレイにはさまざまな飲料のアイコンが表示されていて、音声認識だけでなく、タッチ操作でも希望する飲み物を選択できるようだ。
装置の側面には半透明のパッケージがセットされていて、そのなかに色とりどりの四角い固形物が入っているのが見えた。どうやらそれが飲料に変わるようだ。コーヒーや紅茶、さまざまな種類のフルーツジュースや酒などが用意されていた。
コーヒーカップやグラスをセットする場所には、高さを自在に変えられるように設計された小さなレンズがついていて、レーザーが照射される仕組みになっていた。
ルォシーが細い指でコーヒーを選択してコーヒーカップを所定の位置にのせると、自動的にレンズ下部のスロットに固形物がセットされて、レンズから光線が照射され、分子レベルで分解、再構築が行われる。そして固形から液体に変化したものが、グラスやカップに満たされることになる。
その様子は透明なカバーを通して視覚的に楽しめるようになっていて、四角い固形物が液体に変化するさまは魔法のようだった。
やがて湯気が立ち昇り、コーヒーの芳醇な香りが広がる。その装置には飲料を調整する技術が搭載されていて、温度や濃度、炭酸の度合いなど、個々の好みに合わせてカスタマイズできるようになっていた。さらに健康や栄養に配慮したオプションもあり、体調や目的に合わせて飲み物を作ることができるようになっていた。
また、装置内部には自己洗浄機能も備わっていて、使い終わったあとには自動的に清掃が行われ、いつでも衛生的に利用できるようになっていた。どうやら旧文明期には、一般の家庭にある家電製品にすら高度なナノテクノロジーやレーザー技術が使われていたようだ。
「ありがとう」
コーヒーカップを受け取ったあと、彼女に案内されて別の部屋に向かう。ちなみに彼女はオレンジジュースを選択していた。グラスに注がれたソレは、旧文明の〈販売所〉で手に入れられるオレンジめいた謎の飲料パックではなく、限りなく本物に近い飲み物だった。
しかしその装置をどこで手に入れたのか
ちまちまと廃品を回収して生活していたころには、高価なモノを買っている余裕はなかったので仕方がないことだったが、今は違う。いつでも思い出せるように、インターフェースのメモ項目にその電化製品の画像を保存しておくことにした。
案内された部屋は武器の保管庫として使われているのか、壁や棚には多種多様な武器が飾られていて、部屋の中央には〈ホログラムテーブル〉が設置されていた。
ガラスのような透明な素材で作られた平面状のディスプレイになっていて、内部には複雑な光学技術が仕込まれている。その表面では微細な光線が舞い踊るように浮かび上がり、幻想的な輝きを放っていた。テーブルの上面には〝知恵の樹〟を
「えっと……たしかここに」
ルォシーはデスクの引き出しを漁り、機密情報が記録されている〈クリスタル・チップ〉を手に取り、それをテーブル側面に設置されていた端末に挿し込んだ。
それから彼女がテーブルの上に手を置くと、周囲の空間が変化していく。まるで魔法のように、テーブル上に映像や情報が立体的に浮かび上がるのが見えた。ホログラムは鮮明でありながら、透明感も持っていて、実体を持って存在しているかのような錯覚を与えた。
彼女は指先でホログラムを操作して、いくつかの項目を選択し情報を確認し、設定の変更を行っていく。ホログラムは彼女の指の動きに応じて滑らかに変化し、必要な情報だけを表示していく。手の動きや簡単なジェスチャーだけで、映像の視点や拡大縮小を制御することもできるようだ。
ホログラムテーブルの周囲には、手の動きを検知するセンサーと投影機が設置されていて、空中に浮かび上がる映像や情報をリアルタイムに再現していく。それは保育園の地下施設にあるテーブルと同様のモノであり、光のオブジェクトを手の動きだけで簡単に操作することが可能だった。
「カグヤさんに頼まれていた情報を見つけるのに苦労しましたが、数十年前の探索隊が残した記録端末を確認していたら、偶然ですけど変異体の情報を見つけることができました。紅蓮の機密情報でアクセス制限があるので、レイラさんの端末に送信することはできませんでしたが……これが〈深淵の娘〉と呼ばれる変異体の巣で間違いないと思います」
ホログラムテーブルに砂漠地帯の詳細な地形図が立体的に浮かび上がると、ルォシーは真剣な面持ちで地図を操作する。
「記録では〈ヴィードルの墓場〉として知られる場所の近くで、変異体の巣が確認されました。ですが周辺一帯は汚染地帯になっていて、極めて危険な場所となっています」
ルォシーが手を動かすと、荒涼とした砂漠に膨大な数の車両が放置されている場所の俯瞰映像が表示される。無残に破壊された車両の周囲には人間の骨が散らばっていて、不気味な雰囲気が漂っている。視点を切り替えていくと、奇岩が密集するエリアに変化するが、〈深淵の娘〉の姿はハッキリと確認することはできない。
そこでは風は吹き
輝きは絶えず揺らめき、不規則なパターンで空気中を漂っている。その青い光は異様で、見ているだけでゾクリとするような不気味な感じがした。
映像が拡大表示されると、光の帯が風に揺れ、奇妙な影が動いているのが確認できた。
「この領域は極めて危険です。放射線による
「そして」と、彼女は映像を変化させる。
「これがそのときに確認された〈深淵の娘〉の姿です」
数秒の短い映像だったが、黒い体毛に特徴的な赤い斑模様は〈深淵の娘〉のモノで間違いなかった。
「ありがとう、ハクの姉妹たちで間違いないみたいだ」
「とても危険な場所です、それでも〈ヴィードルの墓場〉に行くつもりなのですか?」
彼女はひどく動揺していた。本当に危険な場所なのだろう。
「ああ、ハクを連れていくから襲われることはないと思う。それに、姉妹たちがあの汚染地帯で活動できるなら、ハクに与える影響も少ないかもしれない」
「そうですか……」
彼女に感謝したあと接触接続を使い〈クリスタル・チップ〉から直接、巣の位置情報をダウンロードした。そのあとすぐに帰ろうとしたが、ルォシーに引き止められる。すでに日が落ちていたので、客間を用意してくれていたようだ。せっかくなので、彼女の厚意に甘えて泊まっていくことにした。
キッチンにある見慣れない家電を調べたいと思っていたので、ある意味では都合が良かったのかもしれない。ちなみに
拠点や戦闘艦内部で作業することになるので、外部に情報を漏らさない信頼できる人材が必要になるが、その条件で労働者を確保するのは難しかった。やはり機械人形の数を増やして対応するほかないのだろう。
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