第619話 ナイトクラブ


 入場ゲートで出迎えてくれた職員から、入場許可証として機能する〈チップカード〉を受け取って周囲を見回すと、商人たちの頭上に赤色の球体が浮かび上がるのが見えた。ホログラムで投影される拳大の球体は、紅蓮の住人と、外からやってくる人間を区別するために表示されるモノだった。


 そのカードには所有者の居場所を追跡する機能があり、地下施設の治安維持に欠かせないモノになっていた。頭上に投影される球体を確認したあと、〈IDカード〉にも似たなんの変哲もないカードをポケットに入れて、商人たちと一緒に商業区画に向かう。


 買い物する予定はなかったが、私の素性を知った商人たちが話しかけてきて、なかなか解放してくれなかったので仕方なく同行することになった。その商人たちの中には、砂漠の交易路に派遣していた機械人形の戦闘部隊に助けられた者もいて、彼らから感謝されることになった。


 そのなかには、どんな協力も惜しまないと言ってくれる者もいたので、超構造体メガストラクチャーで行われている発掘調査について話すことにした。調査隊の人間は飲料や食品等の物資を必要としていたし、商人たちに提供できる旧文明の遺物があることを伝えた。すると彼らは目の色を変え、発掘現場の位置情報を教えてくれと懇願する。


 それは彼らにとっても、思いもよらない話だったのだろう。己の仕事に誇りを持つ熱心な商人たちは、商機を逃さないため必死だった。


 貴重な遺物が発掘されるかもしれない場所の情報を、外部の人間に教えることには慎重にならなければいけないが、すでに盗賊団に知られてしまっているので、そこまで神経質になる必要はないと考えた。


 実際のところ、物資を調達するために鳥籠と発掘現場を往復する必要があり、貴重な人員を割くことになっていた。それなら商人が来てくれるほうがずっと効率が良かった。その際、商人たちと連絡先を交換することにした。顔見知りの商人がいれば、組織全体の物資を管理するジュリとヤマダの助けになると考えたからだ。


 気のいい商人たちと談笑しながら、周囲に視線を向ける。地下に広がる商業区画は、地上の市場同様、多くの人々で賑わっていた。


 きらびやかなネオンの看板が連なり、多彩な商品が陳列された店舗からは価格交渉する人々の会話が聞こえてくる。鏡のように磨かれた壁面パネルが目に付く清潔な通路では、多くの商人が行き交い、傭兵に護衛されながら目的の品物を探す姿が見られた。


 整然と区分けされた店舗には生活用品や衣類が陳列され、ホログラム広告を使用した宣伝をする店も確認できた。それらの商品は、手を伸ばせばさわれるほどの距離に配置されている。強化ガラスの陳列棚には、電子機器や高価な〈サイバネティクス〉が並べられていて、人々を魅了していた。


 商業区画の一角には銃器を取り扱う店舗があり、その入り口には重武装の警備員が立ち、客の動きに目を光らせていた。よく訓練されているのか、彼らの動きに無駄はなく、潜在的な危険に備えて待機している姿が確認できた。


 そこで商人たちと別れると、ルォシーとの待ち合わせ場所に向かう。どうしてその場所が選ばれたのかは分からなかったが、〈ナイトクラブ〉に入っていく。


 入り口で武器の扱いに関する話を聞いたあと、人間離れした容姿の――過剰な人体改造が目を引く用心棒に案内されながらダンスフロアに向かう。薄闇のなか、サイケデリックトランスの重低音が店内に響き渡り、あやしげな照明と幾重にも交差する光線が宙を舞い、妖艶な踊りを披露する男女のホログラムが投影されているのが見えた。


 店内には多くの客がいて、人々は音楽に身を委ね無心で踊ることで、その特異な雰囲気に没頭していた。身体からだれるほどの距離で人々は踊っているため、バーカウンターに近づくことすら難しかった。


 しなやかな肢体を押し付けてくる女性たちの香水や、汗のニオイが混じり合い、頭の芯がくらくらするような酩酊感に襲われる。


 熱気に包まれた空間の中で、体温と心拍数が上昇して、音楽に合わせて踊る人々の姿が幻想的に揺れ動く。が、体内のナノマシンのおかげで、すぐに冷静さを取り戻ことができた。確証はなかったが、天井から噴霧されていたミストのなかに、希釈された〈メタ・シュガー〉の成分が含まれているのかもしれない。


 なんとかカウンターにたどり着くと、多腕の給仕ドロイドにウィスキーをロックで頼み、氷が入ったグラスに琥珀色の液体が注がれる様子をじっと見つめながら座る。顔をあげると、ギムレットを注文していた綺麗な女性と目が合う。互いに気まずい愛想笑いを浮かべたあと、周囲を見回す。


 ナイトクラブの客層は多様で、様々な人種が混在していた。派手な服装や特異な髪型、発光する派手な刺青をした女性や個性的なメイクの青年が、自分自身の個性を表現するような踊りを披露している。


 その喧騒のなか、独りでウィスキーを飲んでいると、群衆のなかの少女のように孤独で不安になるが、きっとそれは気の所為せいなのだろう。


「さてと……」

 拡張現実で表示した施設の地図を使ってルォシーの居場所を調べることにした。すると彼女の位置情報を示す青い点が、クラブの近くで点滅しているのが確認できた。


『ルォシーも到着したみたいだね。彼女と連絡を取るから、ちょっと待ってて』

 カグヤの言葉にうなずいたあと、ひとつとなりに座っていた女性に視線を向ける。中東系だろうか、濃いアイメイクが印象的な女性は眉間にしわを寄せるようにして、手に持っていた情報端末を睨む。待ち人と連絡が取れないのかもしれない。


 と、そのときだった。ビール瓶が飛んできて給仕ドロイドの装甲に直撃して割れる。振り返ると、ダンスフロアの一角で傭兵たちが言い争う様子が見えた。


 激しい口論はしだいにエスカレートして、殴り合いの喧嘩に発展する。傭兵たちの身体からだは改造されていて、発光する無数の義眼や義手は、クラブ内の他の客に恐怖を与え、徐々に混乱を生み出していく。やがて音楽のリズムに合わせて踊り続ける人々と、喧嘩に巻き込まれないように逃げ出す人々でダンスフロアは大変なことになる。


 その騒動に興味はあったが、遠くから見守るだけで関わるようなことはしない。給仕ドロイドに二杯目のウィスキーを頼むと、となりに座っていた美人に視線を向けた。しかし残念ながら彼女の姿は見ることはなかった。待ち人があらわれたのかもしれない。


 やがて武装した警備員が駆けつけてきて、喧嘩していた傭兵たちに容赦なく鎮圧用のゴム弾を撃ち込んでいく。傭兵たちは抵抗しようとするが、さすがに分の悪い戦いだった。数名の警備員は施設内の安全を維持するため、迅速で厳しい措置を取る。


 ゴム弾を撃ち込まれた傭兵が気絶するたび、その様子を見守っていた大勢の客が熱狂し歓声をあげる。かれらにとって、その喧嘩も、警備員たちの厳しい措置も日常的に行われている娯楽のひとつでしかないのだろう。


 気絶した哀れな傭兵たちが、引きられるようにして何処かに連れていかれる様子を眺めていると、ルォシーがやってくるのが見えた。


 彼女は愚連隊の戦闘服を――俗に学ランと呼ばれていた白い制服を身につけていて、一目で彼女だと分かった。


 ルォシーはカウンターにいる私の姿を見て眉をひそめたあと、何か言葉を発するが、音楽の所為せいで何も聞こえなかった。彼女はサイケデリックな音楽にウンザリしながら、近づいてくる。


「たしかに〈ナイトクラブ〉で待ち合わせしましたが、お店に入る必要はなかったんですよ」

 どうやら外で待っていてもよかったようだ。このクラブを待ち合わせ場所に選んだのは、混雑する商業区画で目立つ店だったからだという。


 知らなかったんだと言って謝罪すると、彼女は困ったように頭を横に振った。

「レイラさんが謝罪する必要はありません!」彼女は声をあげる。「それより、もっと静かな場所に行きましょう! ここでは話ができません」

 彼女の言葉にうなずいたあと、ウィスキーを喉に流し込んだ。

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