第611話 掃討作戦〈チンピラ〉


 教会の襲撃を計画していたと思われる略奪者の掃討を確認すると、トゥエルブは数体の〈戦闘用機械人形ラプトル〉を引き連れ、新たに発見された敵勢力を殲滅するための作戦を開始する。教会の警備に半数以上のラプトルを残すことになったが、トゥエルブは今の戦力でも充分に対処できると判断した。


 金色の機体を先頭に、我々はゴミと瓦礫がれきに埋もれた高架下の公園に接近する。建物の隙間から陽の光がかすかに射し込んでいるのが見えたが、あたりはジメジメした嫌な空気に支配されている。


 赤茶色に腐食した遊具やベンチが転がり、瓦礫がれきおおかぶさるように草木が生い茂っている。その中には大小様々な廃棄物が散乱していて、機体のセンサーを介して腐敗臭が漂っていることが分かった。


 背の高い雑草からは昆虫や鳥のさえずり、それに風のざわめきが聞こえ、荒廃した公園で寂し気な響きをかなでている。どこまでも陰鬱な場所だ。


 上層区画に続く高架には、引張力と弾性に優れたワイヤロープで吊り下げられるようにして、無数の海上輸送コンテナがつながっているのが確認できた。あれが襲撃者たちの拠点なのだろう。人擬きや危険な生物の侵入を阻むため、地面に接しないように橋の下に住居代わりのコンテナを吊り下げているのだろう。


 コンテナに出入りするための錆びついた梯子はしごや、滑車にロープを縛り付けて人力で引き上げる手製のエレベーターが確認できた。


 多脚車両ヴィードルを使って運び込んできたのだろう、錆びついたコンテナには緑のツタが絡みついていて、外観からは長い年月が経過していることが分かる。増設された鉄の階段や手摺てすりも劣化していて、今にも崩壊しそうな不安定な印象を与える。


 その公園は要塞化されていて、ギャングが設置したと思われる無数の〈オートタレット〉の反応を検知した。鉄の脚が地面に固定され、その上に回転式の銃座が装備されている。旧式だが、信頼性のある警備システムだ。


 オートタレットは首を振るように、ゆっくりと周囲の様子をうかがっている。動体や生体熱源を検知すると、自動的に追尾し攻撃する仕組みだ。タレットの周囲には薬莢が散らばっていて、存在そのものが威圧的だった。


 公園の敷地に侵入すると、トゥエルブから理解不能なデータを受信する。

「カグヤ、解読を頼む」


 戦術画面に公園の簡易地図ミニマップと侵入経路が表示される。どうやら雑草を掻き分けて進む必要があるようだ。


 ラプトルたちが動き出すと、足元に注意しながらあとを追った。ラプトルの性能と跳躍力があれば、コンテナに侵入するのはそれほど難しくないだろう。けれど掃討作戦を開始する前に、コンテナ内部を偵察したほうがいいだろう。子どもたちがいたら、戦闘に巻き込むことになる。


 その思考に反応したのだろう。機体に搭載された装備の情報がインターフェースに表示され、超小型偵察ドローンの使用をシステムに推薦される。


 迷うことなく使用許可を与えると、パズルのように胴体に組み込まれていた無数のドローンが起動して、力場をゆがめるようにして浮遊し、コンテナに向かって飛んで行く。小指の爪ほどの小さな機体だったが、偵察に必要な機能を備えているようだ。


 そのドローンから受信する情報を確認しながら、高架下の薄闇に潜り込んでいく。まばらに生えた雑草が足元の瓦礫がれきおおい隠し視界をさえぎる。けれど恐れることはなにもない、ラプトルのシステムはつねに進むべき安全な道を示してくれている。その証拠に、今もセンサーは正しく機能していて、異常な反応を検知してくれていた。


 立ち止まって足元を確認すると、錆びついた釘がランダムに打ちつけられた踏板が大量に散らばっているのが見えた。単純な罠だが、その効果は絶大だ。誤って釘を踏み抜いたら致命的な怪我をするだけでなく、破傷風菌による感染症で命を失うかもしれない。


 生身の人間にとって恐ろしい場所だが、ラプトルには関係のないことだった。鋼鉄の脚で釘を踏み潰しながら進むことは難しくない。が、罠はそれだけではないようだ。ゴミの山や雑草の間には無数の地雷が仕掛けられていた。


 敵は高架下の暗闇と瓦礫がれきを最大限に利用し罠を巧妙に設置しているため、慎重に移動する必要があった。時折、足元の瓦礫がれきが崩れる音が聞こえ、嫌な緊張感が漂う。しかし都合のいいことに、オートタレットはすでにカグヤがハッキングしてくれていて、ラプトルを味方と認識しているため攻撃されることはない。


 高架橋の隙間に風が吹き抜け、鉄骨が軋むのが聞こえる。視界に戦術画面を表示したあと、偵察ドローンから受信する情報を再度確認する。敵は我々の接近に気がついていないようだ。それに子どもたちの居場所も判明した。どうやら使われていない古いコンテナを与えられ、そこで集団生活しているようだ。


 そのコンテナは列の最後尾に位置していたので、子どもたちを戦闘に巻き込むことなく敵を殲滅することできそうだ。トゥエルブから受信した作戦概要を確認したあと、ラプトルたちの邪魔にならないように部隊の後方に移動する。


 敵に存在を察知されずに目的のコンテナの真下まで到着すると、数メートルの高さを軽々と飛び、ワイヤロープの束で吊り下げられていたコンテナに取りつく。そのままぶら下がった状態で移動して、増設されていた足場に向かい、機体を引き上げて敵拠点に静かに侵入する。


 重なり合うように増築されたコンテナは、迷路のように複雑に入り組んでいるが、近くに敵の姿は見えない。偵察ドローンを回収すると、タグ付けされていた敵の位置情報を確認しながら、孤立していた敵をひとりずつ処理していく。


 ペンキで卑猥な落書きがされたコンテナ内にはゴミが溢れ、どこからか調達してきた木製の家具があちこちに置かれていた。それらの家具に身を隠すようにして前進する。時折、コンテナを吊るすワイヤロープが揺れ、かすかな金属音が響き渡る。


 トゥエルブに指示されたコンテナに到着すると、障害物をかして見えていた敵の輪郭線が動き、こちらに接近してくるのが見えた。


 その動きを予測していたのか、トゥエルブはナイフを装備すると、敵がやってくるのを待ち構えた。けれど我慢できなくなったのだろう。敵に向かって飛び出す。が、それがいけなかった。


 足元に設置されていた強度のある硬鋼線こうこうせんに引っ張られるようにして、天井付近に仕掛けられた原始的な罠が発動し、天井から鋭利な刃物が振り下ろされる。もしも人間だったら、胸に突き刺さって即死していただろう。けれど相手が悪かった。その刃物ではラプトルの装甲を傷つけることはできなかった。


 しかし接近していた男は物音に気がつき、そしてトゥエルブの派手な機体を目にする。直後、男の叫び声がコンテナ内に響き渡り、小銃を手にしたチンピラがぞろぞろやってくるのが見えた。突如戦闘が始まり、コンテナ内に銃弾が飛び交うようになる。


 一瞬にして混沌と化し、騒がしい銃声が響き渡る。けれど敵は威勢がいいだけで、戦闘に関しては素人そのものだった。敵は身を隠すことなく出鱈目に銃を乱射しているのだ。覚醒剤かくせいざいを乱用しているのかもしれないし、ただの命知らずなのかもしれない。いずれにせよ、頭がイカれてるのは間違いない。


 ラプトルはチンピラの集団を撃ち殺していく。狭い空間での戦闘だったので、銃弾がコンテナの壁に跳ね返り、金属音と敵の叫び声が響き渡る。


 抵抗を続ける集団のなかには、怖気おじけづいてコンテナから飛び降りる者もいたが、その多くは雑草の間に仕掛けられていた地雷のうえに落下して、そのまま爆発に巻き込まれ死んでいった。運よく、罠のない場所に落ちることができても、手足を骨折して、まとも身動きが取れなくなってしまう。


 そしてラプトルは容赦しなかった。レーザーライフルから熱線を発射して次々と敵を処理していった。何を血迷ったのか、木製の家具を盾にする者もいたが、そんなモノで攻撃を防ぐことはできなかった。


 その乱戦のなか、頭部ユニットを攻撃されたトゥエルブが不機嫌になるのが見えた。他のラプトルのソレは、カメラアイや各種センサーを搭載したユニットだが、トゥエルブのソレは替えのきかない〝本体〟なのだ。


 トゥエルブは髭面の男を捕まえると、喉を握り潰すようにして首を引き千切り、その頭部を敵に投げつけた。それを見ていたチンピラは、転がっていく仲間の頭部を見て笑い、そのままコンテナの外に投げ飛ばされて死ぬことになった。


 やがて銃声が聞こえなくなり、苦痛に満ちたうめき声だけが聞こえるようになると、ラプトルは退屈な作業をするようにチンピラに止めを刺していった。作戦開始から敵を殲滅するまでニ十分もかからなかった。

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