第610話 奇襲攻撃〈ラプトル〉


 高層建築物が廃墟の通りに巨大な影を落とす。そこでは太陽の光がほとんど届かず、つねに薄暗い影におおわれている。建物の隙間から射し込む細長い光だけが、ゴミや瓦礫がれきに埋もれた通りを明るく照らし出していた。


 その結果、街のあちこちに陰影がつくりだされ、一部の場所を除いて、地域全体が深い闇のなかに沈み込むことになった。人擬きが徘徊する危険な廃墟や陥没した道路、それに瓦礫に埋もれた通りも闇のなかにある。太陽光が届かないため、区画全体が薄暗く、他の地域よりも不気味な雰囲気が漂っている。


 けれどその暗さは、我々を攻撃しようとしている略奪者たちに理想的な環境を作り出していた。かれらは倒壊した建物の陰に身を潜め、瓦礫や道路脇のみぞを使い静かに忍び寄ってくる。暗闇に溶け込むように、環境を利用しながら巧妙に近づいてくるのだ。


 だけど相手が悪かった。略奪者たちはすでにタグ付けされていて、赤色の線で輪郭が縁取られているため、どこにいても――たとえ瓦礫の隙間に身を隠していても、障害物をかして姿が見えるため位置を見失うことはない。


 その間も高層建築物の間から射し込む光が、通りに不気味な影を作り出していく。道路に散乱するガラスや機械人形の残骸に光が反射して、幻想的な光景をつくりだしていく。時折、風が吹き抜けてガラスを揺らし、影が踊るように揺れ動く様子すら見えた。


 略奪者たちの接近に逸早いちはやく反応したトゥエルブは、敵の移動経路に二段構えの防衛線を敷くようだ。人工知能特有の言語によって素早く指示が出されると、大通りの両脇に立つ廃墟にレーザーライフルを装備したラプトルが数体配置され、建物屋上に重機関銃と狙撃銃を装備した機体を待機させる。


 待ち伏せに気がついていない略奪者たちは、道路に横たわる戦闘車両の陰に隠れ、道路の溝を巧みに利用しながら接近してきていた。我々のことを奇襲するつもりでいるのだろう。


 かれらは薄汚れた戦闘服に使い古されたボディアーマーを身につけ、みすぼらしい格好をしていたが、同時に野生動物のような凶暴さを宿しているように感じられた。装備は旧式の自動小銃や機関銃、それにロケットランチャーなどを携行していた。


 何処どこからか耳障りなローター音が聞こえてくると、ラプトルに搭載されたセンサーが即座に反応して、戦術画面の簡易地図ミニマップに敵偵察ドローンの位置を示す赤色の点が複数表示される。ラプトルのカメラアイからも、黒い影が無機的なローター音を響かせながら上空を飛ぶ様子が確認できた。


 旧式ドローンのローターが高速で回転している。その音は建物に反響し、街全体に響き渡るような騒音を立てる。が、それは気の所為せいだ。きっとラプトルの耳が良すぎるのだろう。大通りに射し込む太陽光をさえぎりながら飛行するドローンは、さまざまな角度から通りを監視していた。


 が、それらのドローンはすでにハッキングされていて、ラプトルの存在を認識できないようになっていた。だから我々が発見され襲撃を受けることはなかったが、突如として敵の攻撃が始まる。驚くことに、それはトゥエルブがシミュレートしたシナリオ通りの展開だった。


 どうやら略奪者のひとりが人擬きに襲われ、過剰な反応をみせたようだ。それが緊張していた部隊に混乱を招いて、一斉射撃のキッカケになった。


 そこにレーザーライフルや機関銃の鈍い発射音が加わる。廃墟や建物屋上に待機していたラプトルが略奪者たちに対して攻撃を始めたのだ。敵は攻撃に反応して廃墟や瓦礫がれきの陰に急いで隠れるが、奇襲攻撃で半数が命を落とすことになった。


 奇襲を生き延びた敵は小銃を構え、周囲の廃墟に向かって出鱈目でたらめに射撃を行うが、自分たちが何を相手にしているのかもまだ把握していないようだった。


 と、別の集団が接近してきているのが戦術画面で確認できた。

「カグヤ、敵のドローンを奪えるか?」

『もう支配下にあるよ。今は接近してくる集団に接近してる』


 戦術画面に表示されていた複数の点は、所属不明の中立的立場を示す白色から、戦闘員などの脅威を示す赤色に変わる。行商人などの非戦闘員はデフォルトで中立に設定されていたので、武器の所持を確認したのかもしれない。


『略奪者の接近を確認、これから排除するね』

 カグヤは敵ドローンに搭載されていた手製爆弾――手榴弾に釘や鉄片、それに弾薬を青いビニールテープで巻きつけたモノ――を次々に投下していく。


 まさか自分たちの兵器で攻撃されるとは思っていなかったのだろう。立ち止まって頭上のドローンを仰ぎ見ていた略奪者たちは、その直後、至近距離で爆発に巻き込まれ手足を吹き飛ばされて出血多量で死ぬことになった。


 その間、私は遮蔽物や道路上に落下していた看板を利用して身を隠しながら敵に接近する。周囲では銃弾が飛び交い瓦礫がれきが飛び散っている。砂煙が立ち込め、視界が制限されるが、それは一時的なことだった。ラプトルのセンサーは最適な移動経路を示し、敵の正確な位置を表示し続けていた。


 機械人形にインストールされたシステムは人間と異なり、つねに冷静な判断力を持ち、敵のいかなる攻撃にも対応してくれた。


 そのときだった。爆発音が聞こえ、旧文明期以前の建物の残骸が崩れ落ちていくのが見えた。大小様々な瓦礫がれきが宙を舞い、土煙が空高く立ち昇るのが見えた。建物崩壊の衝撃で足元がグラリと揺れ、廃墟に堆積たいせきしていたちりほこりが舞い上がる。


 敵の攻撃だと思っていたが、どうやら最前線にやってきたトゥエルブが、廃墟に潜んでいた人擬きを建物もろとも破壊したようだ。


 相変わらず爆発が好きなようだ。トゥエルブが操る機体の情報を確認すると、通常のラプトルに搭載されていない装備をいくつか所有していることが分かった。たとえばプラスチック爆弾なんてモノを持ち歩いているのはトゥエルブだけだった。


 短い警告音に反応して遮蔽物の陰に入る。直後、爆発音が響き渡る。ロケット弾による攻撃だ。瓦礫がれきの破片が飛び散り、あたりは砂煙におおわれていく。背中に腕を回しレーザーライフルを装備すると、人間の指のように器用に動くマニピュレーターを使ってスイッチを操作して電源を入れる。


 瓦礫がれきから身を乗り出すと、赤色の輪郭線を見ながら反撃の機会をうかがう。銃声が響き渡り、こちらに向かって銃弾が撃ち込まれるのが見えた。しかし砂煙で視界が悪く、敵の攻撃が命中することはない。だから機体が損傷することを気にせず照準を合わせられた。


 もっとも、攻撃を意識するだけで、システムが自動的に敵の姿をとらえ適切な射撃位置を表示してくれるので神経質になる必要はない。爆風や銃声、そして略奪者の叫び声が交錯するなか、私は冷静に敵を排除していく。


 旧式のロケットランチャーを構えている略奪者を見つけると、その頭部に照準を合わせて攻撃を行う。真っ赤な熱線が頭部を貫いた瞬間、筋肉が痙攣したのだろう。膝から崩れ落ちようとしていた略奪者は足元に向かってロケット弾を発射し、そのまま爆風で吹き飛んでいく。


 肉片と体液が広範囲に飛び散り、鉄の破片が空中を舞い、刃物のように光を反射しながら回転するのが見えた。


 砂煙が風に流されると、敵に発見され攻撃を受けることになった。が、小銃から発射される弾丸ではラプトルの装甲を貫通することはできない。それに遠隔操作なので、痛みもなければ、恐怖を感じることもなかった。でもだからといって何もしないというわけにはいかない。


 浮遊していた頭部ユニットを守るように腕を交差させると、攻撃を受けながら前進し、遮蔽物の陰に入る。そしてレーザーライフルを構えると、心を乱すことなく冷静に敵を処理していく。


『ねぇ、レイ。こっちで気になる反応を見つけた』

 廃墟から飛び出してきた人擬きを殴り飛ばしたあと、カグヤに返事をする。

「何を見つけたんだ?」


『鳥籠に入るための長い行列に並んでたとき、物売りをしている兄妹に〈IDカード〉を渡したのを覚えてる?』

「チンピラどもに働くことを強要され、搾取さくしゅされている子どもたちのことだろ?」

『うん。で、そのときにあげた〈IDカード〉の反応を見つけたんだ』


「……つまり、子どもたちを利用している連中のアジトが近くにあるってことか」

 仰向けに倒れていた人擬きの頭部に熱線を撃ち込んで無力化したあと、戦術画面でIDカードの位置を特定する。

「カグヤ、トゥエルブと情報を共有してくれないか」


『チンピラのアジトを襲うの?』

「ああ、ついでに連中をこの地区から排除する」

 ラプトルの協力があれば、ペパーミントとサナエが作業している間に片が付くだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る