第609話 遠隔操作


 それが〝不死の子供〟に与えられた特別な肉体のおかげなのは知っていたが、機械人形を遠隔操作するために必要だったのは、まぶたを閉じて意識を集中させることだけだった。あとは頭のなかで機械人形の動きを思い描くだけで動いてくれる。難しいことは何もない。


 心象によって動きの精度に変化が生じるかもしれないが、〈戦闘用機械人形ラプトル〉にインストールされた操縦補助を目的とした制御システムが足りない部分を補ってくれるので、心配することはないらしい。


 意識がつながった瞬間、カグヤが管理する〈戦術データ・リンク〉に接続されたからなのか、視界が膨大な情報で埋め尽くされていくのが分かる。


 周辺区域の詳細な地形図や数値は何とか読み取ることができたが、法則がないように見えるアルファベットやカタカナ、それに数字の羅列があらわれると理解が追いつかなくなる。しだいにそれは耳鳴りをともなうノイズに変わっていく。


 けれど次の瞬間には何もかも消失して、気がつくと真っ白な空間に立っている。

「カグヤ?」


『接続が完了したよ』と、彼女の声が内耳に聞こえる。

『でも、まずはここで操縦に慣れて、機体の動きに問題がないか確認してもらう』


 彼女の言葉に肩をすくめると、かすかな駆動音が聞こえる。視線を動かすと、白い装甲に覆われたマニピュレーターアームが見えた。その腕は、複雑な動きに対応した多関節になっていて、試しに動かしてみると関節可動域が広く、人間には真似できない角度まで曲げたり、動かしたりすることができた。


 興味深いことに、人間の脳は……というより、意識は、その動きを当たり前のことのように受け入れていた。はじめから肉体がただの〝精神の入れ物〟であるかのような振る舞いだ。


 それは旧式の筋電義手きんでんぎしゅ――筋肉が動くときに発生する筋電位によって動作制御される義手――を装着した人間が、かつて感じていた不思議な感覚だったが、今なら彼らの気持ちが理解できる。最新の〈サイバネティクス〉を装着した人間が、より高度な義手や義足を求めるようになるのも、人間の肉体を超越した感覚が得られるからなのかもしれない。


『それで』と、カグヤが言う。『ご感想は?』

「ああ、悪くないよ」


『つまり最高ってこと?』

 彼女はクスクス笑って、それから言った。

『操縦に関しては問題ないみたいだね。次は各種兵器の起動テストをするから、標的を攻撃してみて』


 射撃統制システムから受信する各種情報が視界の先に拡張現実で投影される。それらの情報は整然としていて、所持するレーザーライフルのエネルギー残量や、機体に搭載されている兵器の残弾数が表示されている。といっても、今は逆関節型の脚部に搭載された小型武装コンテナのロケット弾の残弾が表示されているだけだった。


 それらの兵器をテストするため、真っ白な空間に標的が表示されるのが見えた。ホログラムで投影されているように見える標的は、廃墟の街で遭遇する通常の人擬きだった。のっそりとした動きまでシミュレートされている。もちろん、兵器を使用するのに難しい操作は必要ない。意識するだけでシステムが起動して、視界に各種情報が表示される。


 あとは標的に標準を合わせるだけでいい。ちなみにクロスヘアタイプのレティクルが表示されるように設定されていたので、照準を合わせることも難しくない。攻撃を意識すると、肩部に搭載された高性能な射撃管制装置が標的を識別して、適切な射撃位置や距離測定を自動で行ってくれる。


 脚部から小型ロケット弾が発射され標的に命中すると、人擬きがグチャグチャに破壊される様子が丁寧に再現されるのが見えた。この場所が仮想空間……いわゆる〈電脳空間サイバースペース〉だとはいえ、そこまで再現する必要はあるのだろうか?


『雰囲気作りが重要なんだよ』と、カグヤは言う。

『そんなことより、射撃システムも問題ないみたいだから、本物の機体に意識を接続するね。準備はいい?』


 真っ白な空間が崩壊していくと、視界の中心から徐々に現実世界が姿をあらわしていく。そうして気がつくと、廃墟の街の真っ只中に立っていた。ラプトルの視野は広く、背中に目がついているかのような奇妙な感覚がして、足元がふらついて気分が悪く。例えるなら、乗り物酔いに似た感覚だ。けれどすぐに慣れて気分が良くなる。システムがサポートしてくれているおかげなのだろう。


 建物の屋上に立っていたのか、教会がある広場を見渡すことができた。しかし奇妙な感覚だ。呼吸する必要がないからなのか、ニオイが感じられないし、肌で風を感じることもできない。


 感覚器官の役割をになうセンサーを搭載しているからなのか、意識すればニオイや人間に近い皮膚感覚を得ることができたが、それは曖昧な感覚で、人間のソレがいかに敏感なのかを理解することができた。もちろん、適切な数値を入力すれば人間の感覚に近づけることはできるかもしれないが、そもそもそんなことをする必要がない。


 視野の広さと機体の動きに慣れるため屋上の縁まで歩いていくと、教会の周囲に展開している機械人形が青色の線で縁取られた状態で表示され、障害物を透かして正確な位置を確認することができた。すべての機体に味方だと識別できるタグが貼り付けられていて、機体の状態や兵器の残弾数が確認できるようになっている。


 ちょうどそのときだった。ノイズとしか認識できないコードを受信する。どうやら部隊を指揮するトゥエルブから命令を受信したようだ。人工知能は、もはや人間には理解できない言語を使用しているので、人間の思考形態にあった言語に変換する必要があった。


 それが旧文明期以前の出来事なのか、それとも旧文明期に起きたことなのかは分からないが、人工知能は、かれらのためだけの言語を創り出していた。それは一日に数百の語彙が誕生するような速度で創り出され、進化し複雑化していき、人間の理解を越えたモノになっていた。


 だから受信したコードを人間にも理解できる形式に変換する必要があったが、それはあくまでも大雑把な意訳であり、完全に人工知能の言語を理解することはできなかった。しかし無理もない、人間と機械は完全に異なる思考や価値観をもっているのだ。


 少し間を置いて、人間にも理解できる形式に変換された情報が視界の先に投影される。どうやら略奪者たちの位置情報を共有してくれているようだ。コードを解析してくれたカグヤに感謝したあと、攻撃位置に指定された場所に移動することにした。トゥエルブは普段、間の抜けた言動をとりがちだったが、指揮官として優れているのかもしれない。


 けれどこの短時間に、略奪者を殲滅するためのシナリオを数百通りも提示されたのは、さすがとしか言いようがなかった。やはり人間とは異なる思考形態を持っているのは疑いようがない。


「カグヤ、助けてくれ」

 彼女がラプトルたちと情報を共有してくれている間、私は建物屋上から飛び降りて広場に向かうことにした。自分自身の身体からだではないからなのか、人間なら即死するような高さから飛び降りても怖いと思うことはなかった。それよりも機械の身体からだに対する安心感が勝っていた。


 猫のようにしなやかな動作で着地すると、広場に向かって歩いていく。相変わらず膨大な情報を受信していたが、システムに処理を任せて必要な情報だけ視界に表示していく。敵の位置情報は簡易地図ミニマップに赤色の点で表示されていたので迷うこともない。軽快な身のこなしで障害物を飛び越えていく。


 トゥエルブが〈多脚戦車サスカッチ〉を気に入っていた理由が分かるような気がした。ラプトルですら、人間よりもはるかに優れた能力を持っているのだ。もしもサスカッチを自在に操れたら、そこで得られる戦闘能力は計り知れないだろう。


『レイ、敵の接近を確認したよ。戦闘に備えて』

「了解」カグヤに返事をしたあと、戦術画面を確認する。

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