第608話 後始末


 襲撃者がいなくなり戦闘が終わると、砂漠は奇妙な静けさ包まれていく。先ほどまでの喧騒が嘘のようだ。けれど戦いの痕跡はあちこちで見られた。強い日差しをさえぎ超構造体メガストラクチャーの影のなかには無数の死体が転がっていて、かれらの身体からだから流れ出る血液で砂漠が赤く染まっていくのが見えた。


 発掘現場も戦闘の被害を受けていて、砲撃の影響で資材が散乱している。掘削機は破壊を逃れていたが、掘り出されたばかりの遺物を確認するテントは攻撃を受け、旧文明の製品や金属片が散在していた。地面には砲撃によって穿うがたれ痕が見られ、備蓄倉庫の壁には銃痕や爆風による損傷が目立ち、周囲には煙の臭いが立ち込めている。


 〈貫通弾〉で破壊された戦闘車両からは黒煙が立ち昇り、炎が激しく噴き出していて、いくつかの車両は完全に破壊されていた。炎の熱気があたりに広がり、燃え尽きた部品や金属のクズが炎の中でくすぶっている。黒煙は視界をさえぎるような濃さで、その中から聞こえてくるのは、まだ生きている襲撃者の絶叫と悲鳴だ。


 彼らは苦痛と絶望の中で声を上げている。今朝、目が覚めたときには、まさかこんな苦しみの中で死ぬことになるとは想像もしていなかったのだろう。かれらの悲痛な叫びが砂漠に響き渡る。炎上していない多脚車両ヴィードルも走行不能な状態で、ただの鉄の塊と化し、もはや脅威にならない。


 砂漠に風が吹くたびに、細かな砂が死体の上に堆積していくのが見えた。それらの遺体の一部は、すでに風の勢いで砂の中に引きずり込まれていて、砂漠の地に消えようとしていた。そこで生きていた痕跡も風によって抹消され、襲撃者たちの存在は永遠に忘れ去られることになるのだろう。


 砂まみれになっていたハクと合流すると、作業員たちが集まっていたテントに向かう。死者は出なかったが、彼らは傷ついていて、作業着は血に染まり、命の危険に晒されていたことが一目瞭然だった。その表情には緊張と恐怖が深く刻まれていたが、諦めの感情も見て取れた。


 これまでにも何度も襲撃に遭っていたのだ、これしきのことでへこたれないしたたかさを持っていた。が、それでも死に対する恐怖で疲弊していて、気力がえているようだった。身体からだを休めるために座り込んでいる彼らの額からは汗が滴り落ちていた。


 とりあえず応急処置が必要な者には〈バイオジェル〉を使い治療していく。作業員たちは旧文明の治療薬に興味津々だったが、あれこれと質問してわずらわせることはなかった。


 発掘現場が落ち着くと、作業用ドロイドに戦闘の後始末を頼み、それからペパーミントが待つ〈エリア十八〉に向かうことにする。〈無人航空機UAV〉から受信する情報では敵の接近は確認できなかったが、ジュジュたちと地上に残ることになるハクには警戒をおこたらないように言い聞かせた。砂漠地帯で脅威になるのは、なにも人間だけではないからだ。


 建物内に入ると、網膜に投射される矢印に従って暗闇のなかを歩いた。襲撃者たちとの戦闘は、〝今回も〟とくに問題なく切り抜けることができた。


 略奪者たちとの戦闘を脅威に感じなくなってきたのは、〈ハガネ〉の性能や旧文明の装備のおかげであることは分かっていた。だから今後も気を抜くようなことはしないが、少なくとも、旧文明の技術を所有していない組織は相手にならなくなっていた。


 戦闘艦の兵器庫で〈旧文明の鋼材〉を大量に取り込んでから、ハガネの調子がいい。というより、性能が向上している。気のせいだと思っていたが、多脚車両ヴィードルを破壊できるほどの身体能力しんたいのうりょくを発揮できているのだから、それは疑いようのない事実なのだろう。


 どこまで強化されるのかは分からなかったが、せめて〈混沌の領域〉からやってくる化け物と対等に闘えるだけの力は欲しい。


 とかなんとか考えていると、地下に続くエレベーターシャフトが見えてくる。梯子を使うのが面倒だったので、普通に飛び降りて、グラップリングフックを使って着地する。以前までなら、〈重力場生成グレネード〉を使わなければ怪我をするような危険な行動だったが、ハガネのおかげで貴重な装備を消費する必要がなくなった。


 そういえば、ハガネに重力場を生成する能力を付与することはできないのだろうか? ハガネには他の装備を取り込んで能力を強化させる技術が備わっているので、たとえば足元に重力場を生成するような能力が獲得できるかもしれない。


 そしてそれができるようになれば、高い場所から落下しても怪我を負う事態を回避できるし、ハクのように壁面を自由自在に移動することもできるかもしれない。ハガネが強化されたことで、以前はできなかったことも、できるようになっている可能性があるのだ。


 ともあれ、破壊された隔壁を通って砂に半ば埋もれた死骸が散らばる区画までやってくると、〈エリア十八〉に続く隔壁が見えてくる。サナエたちは、そのすぐ近くに設営された天幕にいて、研究に必要な資材を確保するための作業を行っていた。


 ペパーミントが〈母なる貝〉で入手していたアタッシュケースを開くと、ケーブルで端末につながった無数の鋳塊ちゅうかいが見えた。彼女が端末を操作すると、金属の塊はまたたく間に水銀のような物質に変化する。その光景に驚いているジャンナとは対照的に、ペパーミントは事前に用意してもらっていた鉄屑やジャンク品を液体に浸けていく。


 すると、その得体の知れない液体はアタッシュケースからあふれ出て、形態を変化させながらケースを取り込み、簡単な開口部を備えた長方形の装置に変わる。


 ソレが〈母なる貝〉の格納庫でペパーミントが話していた携行型の〈鋼材製造機〉なのだろう。彼女は装置の上部に移動していた端末を操作したあと、手頃なジャンク品を装置のなかに放り込んでいく。しばらく待つ必要はあるが、端末に入力していた寸法の〈鋼材〉が製造されるようだ。


 それからペパーミントが指定した場所に、蠅の化け物を調査するための装置を設置することにした。なんの変哲もない腕輪を虚空に向ける。〈インシの民〉は、その腕輪のことを装置と呼称していたが、ソレは〈収納空間〉と呼ばれる異空間とつながっていて、自由にモノの出し入れができた。


 もちろん収納できるモノは限られているし容量制限もある。けれどその決まりから逸脱しない範囲で自由に――手で触れることなくモノの出し入れができた。


 その腕輪は〈インシの民〉の独自の技術によるモノだと考えていたが、人類も〈空間拡張〉なるモノを生成する技術を持っていたので、似た機能が付与された道具が存在するかもしれない。実際のところ、ペパーミントが持っているショルダーバッグにも似たような技術が使われていた。


 サナエたちが装置を修理している間、開放されていた隔壁を通って〈エリア十八〉に向かう。そこでは飢餓状態の人擬きの出現に備えて、機械人形が巡回警備を行っていた。そのアサルトロイドたちと一緒に広大なフロアを見回っていると、カグヤの声が内耳に聞こえた。


『ねぇ、レイ。教会に略奪者たちが戻ってきたみたい』

「根城にしていた拠点を取り返しにきたのか……トゥエルブは?」

『すでに迎撃態勢を整えていて、略奪者たちがやってくるのを待ってる』

「そうか……」


 吹き抜け構造になっていた場所まで歩いていくと、近くにベンチが設置されていたので、そこに座って暗闇に沈み込んでいる下層区画を眺める。

「なぁ、カグヤ。ラプトルの遠隔操作って可能なのか?」

『できるけど……もしかしてレイが動かすつもりなの』


 私は肩をすくめたあとたずねる。

「機械人形を操作するには、専用の端末とか必要なのか?」

『普通は必要だけど、レイはつねに軍のネットワークにつながってるから、そのまま操作できる』

「なら、トゥエルブを掩護えんごしよう」


 はじめての試みだからなのか、彼女は喉の奥で唸ったあと溜息をついてみせた。

『了解、遠隔操作のために機体のシステムをアップデートするから、ちょっと待っててね』

 彼女の言葉にうなずいたあと、ゆっくりまぶたを閉じた。

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