第601話 積荷目録〈母なる貝〉


 機械人形に案内されながら移動している間、拡張現実で表示した積荷目録を確認する。カグヤが新たに発見していた物資と、輸送コンテナに記された番号を照合していると、いくつか興味深いモノを見つけることができた。


 たとえば、携帯できる超小型の化学物質分析器や未開封の放射線防護服などは、廃墟の街を探索するさいに有効活用できるだろう。未知の物質に汚染された地域に侵入するときに、〈データベース〉を介して正確な化学組成が識別できる装備は貴重だし、重宝されるはずだ。


 同様に、さまざまな電子機器や装置の状態を診断して、修理に必要な技術的サポートを提供してくれる〈テックスキャナー〉も重要になる。〈廃墟の街〉や〈大樹の森〉に眠る遺物を探索する部隊が回収してくる多様なジャンク品を、ある程度の知識と経験があれば、ペパーミントの手を借りなくても修理できるようになるかもしれない。


 それらの物資のなかで、すぐに部隊に支給したいと考えたのは小型の充電装置だった。手のひらに収まるサイズの小さな装置で、艶のない鋼材に覆われていて軽量かつ頑丈な作りになっている。外装の一部には小さなパネルがあり、電力供給状態や充電レベルを確認し、充電モードや出力調整などの設定もできるようになっていた。


 また、照明を浴びると浮き上がるハニカム構造の外装には、高感度な受光素子じゅこうそしが規則的に組み込まれていて、それらの受光素子が周囲の光を効率的に捕捉し、内部のエネルギー変換ユニットに送る仕組みになっていた。超小型の変換ユニットには旧文明の特殊な技術が使われていて、体温や振動からもエネルギーを得られるようになっていた。


 環境に合わせて効率的な充電を実現できる装置を分析して再現できれば、レーザーライフルや携帯式レールガンに組み込むことで性能を向上させ、〈秘匿兵器〉のような強力な装備を使用できない部隊を強化することもできるだろう。


 格納庫にあるコンテナを調べれば、積荷目録に載っていない物資や貴重な装置を発見することができるかもしれない。マーシーに手の空いている偵察ドローンがないか確認したあと、カグヤに操作してもらい格納庫内にあるコンテナを調べてもらうことにした。時間のかかる作業だが、それなりの見返りが期待できる作業でもあった。


 人気ひとけのない通路を歩いていると、〈補給管理倉庫〉と記された案内標識がホログラムで投影されていた場所を見つける。その倉庫に立ち寄って何があるのか確認すると、〈食料プラント〉として機能する装置を見つける。どこか〈人工冬眠装置〉を思わせるカプセル状の機械は、光沢のある白い外装で覆われていた。


 それぞれのカプセルは壁際に等間隔に配置され、整然と並べられている様子が見られた。その装置の中からはかすかな光が漏れていて、今も稼働していることが分かる。


 カプセルのひとつに近づいてみると、透明な窓があり、そのなかで綺麗な水が流れているのが見えた。どうやら生物学的な合成装置が搭載されていて、カプセル内部は微生物や植物の生命活動を維持するためのシステムが形成されているようだ。詳細については分からないが、水耕栽培にも土耕栽培にも対応した装置のようだ。


 冷たくツルリとした手触りの装置からは、機械的な駆動音とかすかな振動が感じられた。となりのカプセルのなかを覗いてみると、植物が絡み合いながら成長していて、水滴のついた緑の葉が光を浴びて輝いている様子が見えた。装置によって異なる種類の作物が栽培されているのか、それぞれが特定の栄養素を生成するための最適な環境を作り出しているのが分かった。


 だからなのだろう、倉庫内では微細な霧が漂っており、照明がその水滴に反射して幻想的な光景をつくり出していた。新鮮な土の匂いと爽やかな植物の香りが混ざり合い、空気中に広がっている。


 カプセル群の中にはさまざまな食物の生産が行われていて、新鮮な野菜が芽吹き、薬草を栽培するカプセルからは香り高い薬草が芽を出している。土のなかでは種々の微生物が植物の根に栄養を供給し、相互に共生しながら密度の高い生態系が保たれている。


 それらの〈食料プラント〉は、人類が未知の惑星において飢えから生き延びるための重要な役割を果たし、人々に持続可能な生活環境を与えるために用意されたモノなのだろう。


 その装置が稼働している理由をマーシーにたずねる。彼女の本体は栄養素を補給できる液体にかっているため、人間のように口から食物を摂取する必要がないと聞いていた。だから気になっていたのだ。しかし驚くようなことは何もなかった。


 どうやら族長会議が行われてから、森の民が頻繁に聖域を訪問するようになったらしい。ほとんどの場合、森の恵みや日々の暮らしについて感謝され、祈りを捧げられるだけだったが、ときには〈母なる貝〉の助言を求めることもあり、それらの部族に〝お土産〟として作物を持たせるようになったのだという。彼女は相変わらず過保護で、なにかと森の民の世話を焼いているようだ。


 そのマーシーは、我々が宿泊するための部屋も用意してくれていた。すでに日が暮れて、大樹の森は深い闇のなかにあった。危険をおかさないためにも、今日は宇宙船で過ごすことにしたのだ。


 エレベータに乗り込んで聖域に出ると、〈御使みつかい〉たちと談笑しているハクの姿が見えた。ジュジュたちは御使いの翅やら触角が気になるのか、ガヤガヤと騒がしくお喋りをしていた。何に対しても興味を示す子どものように、ジュジュはどこにいても楽しそうにしている。


 高度な意識を――つまり自我を持っていても不思議じゃない知的種族でありながら、同時に〈集合精神〉として生きることが、どのような感覚なのかを理解することはできそうになかった。この場にいるジュジュたちが経験していることを、種族全体がリアルタイムで共有しているという事実は奇妙だった。


 もちろん、ひとつの種族によって我々の情報が共有されてしまうことに対して危機感のようなモノも抱いてしまうが、ジュジュが脅威にならないことも分かっていた。でも、とにかく複雑な心境だった。


 ジュジュたちは我々のことをどのように認識しているのだろうか。仲間として信頼してくれている? それとも未知の経験を与えてくれる便利な存在?


 あれこれと考えていると、マシロがふわりと飛んでくるのが見えた。御使いはすらりとした手足を持ち、フサフサとした白い体毛におおわれているが、薄桜色の肌が露出する上半身と下腹部には、基本的に何も身に付けていなかった。


 けれどマシロが一緒に行動するようになってからは、彼女の安全を考えて専用の衣類を身につけてもらっていたので、似た容姿の姉妹たちと一緒にいても簡単に区別することができた。


 遠目から見れば普通の女性に見えなくもないが、彼女の黒髪の間からは櫛型の長い触角が伸びていて、背中には大きくて綺麗な翅があるため人間と間違えることはない。


 そのマシロは我々との再会を喜んでいるのか、ペパーミントに優しく抱きついたあと、私のこともぎゅっと抱きしめてくれた。ハクが抱きつくことに夢中になっていたときに真似するようになって、今でもくせが治っていないのだろう。彼女の大きな複眼を見つめながら挨拶していると、ジュジュがトテトテとやってきてマシロの太腿に抱きつく。


 いまだに原理は分からなかったが、マシロは地面からわずかに浮いた状態で空中に静止しているので、その秘密を探りたいのかもしれない。一体のジュジュがマシロに抱きつくと、次々とジュジュがやってくるのが見えた。


 彼女は不思議そうな顔でジュジュたちを見つめていたが、邪険に扱うことはなかった。それから機械人形は我々のために用意された部屋に案内してくれることになった。ハクのための部屋もあるらしいが、ジュジュたちがハクを休ませてくれるのかは誰にも分からなかった。

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