第600話 母なる貝
聖域までやってくると、ハクは開いていた後部ハッチの
ジュジュたちもすぐにあとを追おうとしていたけれど、まだ地面まで数メートルの高さがあったので、輸送機が高度を下げるのを待った。ある程度、安全な距離まで地面に近づくと、ジュジュたちは
その〈
ハクが御使いたちに挨拶していると、そこにジュジュも
『このまま第二格納庫の艦載機発着艦ハッチに向かう』と、ペパーミントの声がスピーカーから聞こえる。『マーシー、誘導をお願い』
兵員輸送用コンテナにジュジュが残っていないか確認したあと、後部ハッチを閉じてコクピットに戻る。輸送機はすでに第二格納庫の昇降ハッチで明滅する誘導灯と牽引ビームに誘導されながら、ホタテ貝にも似たドーム型の巨大な〈宇宙船〉に侵入しようとしていた。
機体固定用パレットに着陸して、ペパーミントが輸送機のシステムを安全に停止させるのを待ってから、一緒に輸送機を降りた。格納庫には我々を出迎えるため、すでに機械人形が待機していた。
人間の骨格を持った人型の機体だが、頭部を含め全身がのっぺりとした銀色の外装に覆われていて、卵型の頭部には目や口に相当する器官がないため表情が一切読めなかった。
その機械人形は我々に向かって丁寧にお辞儀したあと、我々を案内すると言って歩き出した。人工声帯はないが、音声を発する器官はついているようだ。
「俺たちをどこに連れて行く気なんだ?」
「装置がある場所よ」
当然でしょ? という表情でペパーミントは続ける。
「マーシーが前もって段取りしてくれていたの。結果的に日が暮れちゃったけど、この場所に長居するつもりはなかったんでしょ」
大樹の森に来るまで時間かかってしまったのは、鳥籠に向かう途中で略奪者たちに襲撃されてしまったからだろう。しかし輸送機は目立つので、どうしても歩いて鳥籠に向かう必要があった。なにも準備せずに輸送機を披露してしまうのは、野蛮な連中に襲ってくださいと言っているようなモノだ。
資材用エレベーターホールを経由して〈第一格納庫〉まで歩いていく間、機械人形は一言も話さなかった。静まり返った格納庫内には多くの輸送コンテナが並べられていたが、ほとんどが開け放たれたままで、ほとんどのコンテナが空っぽだった。
青地に赤の縞模様が塗装されていたコンテナの前でやってくると、機械人形は立ち止まり、扉に触れて電子ロックで施錠されていた扉を開いた。内部にはポリカーボネート製の黒いボックスが積み上げられていたが、その多くが空っぽで、目的の装置は積み込まれていないように見えた。が、ペパーミントは情報端末を見ながらコンテナに入ってく。
「ねぇ、レイ。そんな所に突っ立ってないで手伝ってくれる?」
彼女の言葉に肩をすくめると、足元に散らばるボックスを退かしながら奥に向かう。
「ここで何を探せばいいんだ?」
「このアタッシュケースが、ここの
彼女に画像を見せてもらうと、深緑色のミリタリーケースが確認できた。〈
「てっきり発掘現場で使う装置を探しているんだと思っていたよ」
「その装置ならマーシーが事前に用意してくれていたから、今ごろ作業用ドロイドたちが輸送機のコンテナに積み込んでくれていると思う」と、彼女は空っぽのケースを適当に放り投げながら言う。
「なら、このケースは?」
「発掘現場で建材を確保できるように、携行型の〈鋼材製造機〉が必要になると思ったの」
彼女の言葉に思わず顔をしかめる。
「鋼材って、旧文明期の?」
「そう。さすがに〈イアーラ族〉の砦にあるような、生物資源を利用する大掛かりな装置じゃないけど、これがあれば旧文明の鉄屑やらジャンク品を使って良質な鋼材を入手することができるようになる。ほら、あそこには大昔のゴミが山のように埋まってるでしょ」
たしかに
「軍に支給されていた装備品だったから、以前の私たちには使えなかったけど、今はレイの艦長権限があるから――」
「そういえば、〈母なる貝〉は宇宙軍の所有物だったな」
「ええ、それに植民地建設に必要な装置も積み込んでいた。だから格納庫に搬入されていた物資の――積荷目録を確認させてもらったの、そしたら誰も手をつけていなかった装置を見つけた」
敵地で不足する弾薬を確保するために、兵士たちが携行していたモノなのだろうか? 疑問を浮かべながら偵察ドローンを取り出す。
「カグヤ、余裕があるなら探すのを手伝ってくれるか?」
『了解。ちょっと待っててね、すぐに見つけるから』
手のひらにのっていた球体型のドローンがフワリと浮かび上がると、コンテナ内のボックスにレーザーを照射していく。すると小さなホログラムディスプレイが投影されて、ボックス内に収納されていた内容物のラベルが表示される。
土壌改良剤や医療品、それに固形糧食が無秩序に同じコンテナに積み込まれていたことが分かった。あるいは、空になった箱をコンテナに放り込んでいたのかもしれない。いずれにせよ、目的のモノを見つけるのは簡単ではなかった。
カグヤが見つけたモノのなかには、ペパーミントが確認した積荷目録に載っていないモノもあった。たとえば、宇宙船の医療設備が故障したときに備えて外科手術用の器具一式があれば、用途不明の覚醒剤や解毒剤、痛覚を遮断するために用いられるインプラント、それに性具なんてモノまであった。
しかし目的のアタッシュケースは見つけられなかった。旧文明期の性的玩具には興味があったが、ペパーミントが近くにいたので興味がないフリをしてコンテナを出る。すると施錠されていていた別のコンテナが目についた。機械人形に頼んで扉を開くと、そこも空のボックスで散らかっていたが、すぐに目的のアタッシュケースを見つけることができた。
探索を手伝ってくれたカグヤに感謝したあと、気になっていたことを
「コンテナに入っているモノは、俺たちが勝手に使ってもいいのか?」
「いいんじゃないの?」と、ペパーミントが首をかしげながら言う。
「マーシーの了承も得ているし、一応、レイはこの宇宙船の艦長でもあるからね。ここにある物資を使っても誰も文句は言わない。所有者もいないしね。でも、どうしの? 何か気になるモノでもあったの?」
「いや、ただ気になっただけだ」
「そう……」
彼女は怪訝そうな表情を浮かべたあと、端末を使ってケースに刻まれていた製造番号を確認して、それからマーシーに連絡して目的のモノが見つかったことを報告した。
「それじゃ、マシロに会いに行きましょう」
彼女の言葉にうなずいたあと、格納庫を出てエレベーターホールに向かう。
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