第598話 局地戦闘型


 数世紀もの間、瓦礫がれきに埋もれていた榴弾砲りゅうだんほうを実戦で使用するには無理があったのか、賞金稼ぎと思われる武装集団を撃退することはできたが、やはり本格的な整備が必要だと思い知らされた。けれど、目視できない場所にいる標的を遠距離射撃によって一方的に攻撃できる利点と重要性については理解することができた。


 攻撃を受けた賞金稼ぎのなかには、なんとか生き延びることができた人間がいたかもしれないが、砲撃音に引き寄せられてやってくる人擬きから逃れるのは難しいだろう。


 道路を離れて路地に入ると、倒壊した建物の隙間に入り込んで雨宿りしていたタヌキに似た多足の生物を見ながらたずねる。

 「ところで、ペパーミントはあの守護者のことは何か知っているのか?」


 多脚車両ヴィードルを遠隔操作するためのゴーグルを装着していたペパーミントが立ち止まると、彼女が操作していた車両もゆっくり動きを止めるのが見えた。


「あの女性のことは知らない。というより、私が知っている人造人間は、一緒に〈兵器工場〉を管理していた家族だけ。ほかの地域にいる人造人間から、廃墟の街の情報が入ってくることはあったけれど、それはごくまれなことだった」


「家族……それって、あの施設で一緒に生活していた兄妹たちのこと?」

 彼女がコクリとうなずくと、昆虫の触角にも似た長いアンテナがしなるのが見えた。

「ええ。あなたが思い描く家族像とは、ずいぶんかけ離れた関係性だけれど、家族で間違いないわ」


 路地の先に視線を向けると、雨で冠水した道路が見えてきた。水没した車両や水面に浮かぶ無数のゴミが、雨粒に打たれながら漂っている。多脚車両ヴィードルの操縦に没頭しているペパーミントが不安定な足場で転んで水のなかに落ちないように、彼女の腰と太腿を支えるように腕を回して抱き上げることにした。


 彼女は驚いているようだったが状況を理解しているのか、大人しくしていた。慎重に足場を選んで冠水した道路を進む。時折、水面が泡立って奇妙な影が横切るのが見えた。道路が陥没していて、想像しているよりも深い穴になっているのかもしれない。


 危険な場所を通り過ぎると、彼女をそっと地面におろして、それから荒れ果てた通りを進む。建物の残骸によって道幅が狭くなっていて、大小様々な障害物を避けて歩く必要があった。骨組みだけになった廃車や、上層区画から落下してきた看板が道を塞いでいて、そのたびに彼女の手を取って歩く必要があった。


「兵器工場で働いている守護者たちのなかには、ハカセのように、第一世代の人造人間はいるのか?」

「もちろん。その人は警備責任者でもあり、施設の代表でもある」


「どんな守護者なんだ?」

「まるで大昔の宇宙飛行士みたいな恰好をした変人よ」


「宇宙飛行士……」

 どんな姿なのか想像しようとしたけれど、それはあまり上手うまくいかなかった。


「今度、一緒に工場に行くことがあれば会わせてあげる。彼なら、あの人造人間のことを知っているかもしれない」

「そうだな……そうさせてもらうよ」


 教会近くの大通りまで行くと、厳戒態勢で教会を警備していた機械人形が我々を出迎えに来てくれた。〈局地戦闘型〉として知られた機械人形の頭部には、各種センサーを内蔵した鉄紺色てつこんいろの球体型ユニットがついていて、それは機体をおおうように発生している磁界によって胴体からわずかに離れた位置で浮遊していた。


 白い装甲でおおわれた胴体部分は、必要最小限の部品で構成されていて、まるで上下から圧し潰されたような特殊な形状になっている。その胴体の左右には、複雑な動きに対応した多関節のマニピュレーターアームがついている。脚部は二足歩行が可能な逆関節型の二本足で構成されていて、ユニット化された小型武装コンテナが搭載されていた。


 ちなみに胴体部分や手足は金属の装甲板で保護されているが、関節など複雑な機構がき出しになってしまう箇所は、黒茶色の高強度のアラミド繊維で保護されていた。


 現在、拠点で製造されている機体はペパーミントによって手が加えられていて、〈データベース〉に登録されている機体の改良型になっていたが、かつての機体に小型肉食恐竜を指す〈ラプトル〉の文字が刻印されていたことから、今でもラプトルと呼称していた。


 そのラプトルは、球体型の頭部ユニットを回転させると、ビープ音を鳴らしながら我々に挨拶をする。トゥエルブのように人間と遜色ない〝特殊〟な人工知能は搭載されていないが、それでも個性的な性格を持ち、人と接するように意思疎通ができるようになっていた。


 どうやら巡回警備している間に何度か人擬きと遭遇して戦闘になったようだが、見事無力化して、付近一帯の安全を確保してくれたようだ。心配していた略奪者たちの姿はなく、かれらが教会を取り戻そうとする動きも見られない。


 散り散りになって逃げたさいに、変異体の棲み処に誤って侵入して殺されたのかもしれない。それはそれで好都合だが、警戒を怠るわけにはいかなかった。ラプトルたちには引き続き注意深く警備を続けてもらうことにした。


 しばらくすると、教会の入り口に立つ二体の巨大な彫像が見えてくる。教会前の広場には、通りや建物内から集められた略奪者たちの死体が積み上げられているのが見えた。焼却するために、カグヤの指示でラプトルたちが運んできたのだろう。


 と、教会の大扉からジュジュたちがワラワラと飛び出して、こちらにやってくるのが見えた。けれど多脚車両を見つけると、すぐに興味の対象が変わり、そちらに向かってトテトテと駆けていく。


 ハクも教会の屋根から姿をみせると、そわそわしながらやってきて、ゴシゴシと触肢しょくしこすり合わせる。お土産のサンドイッチのことが気になっているのだろう。


 これ以上、ハクを待たせるのも可哀想だったので、車両の積載スペースに積み込んでいたコンテナボックスを取り出す。〈サイバネティクス〉が入っていた重いコンテナは必要なかったので、そのままにしておく。


 その間、ハクはジュジュたちの世話がいかに大変だったのかをペパーミントに訴えていた。可哀想な自分を演出して彼女に褒めてもらう算段なのだろう。


『ちょっと、たいへんだった』

 ハクはどこか疲れた声でしょんぼりしていたが、ジュジュたちから逃げるために教会の屋根に登っていたことは誰の目にも明らかだった。


 ポリカーボネート製のコンテナを抱えながら教会に入ると、そのジュジュたちもワラワラついてくる。ペパーミントに適当なテーブル用意してもらうと、そのうえにサンドイッチを並べていくことにした。


 従業員が手配してくれるさいに、「たくさん欲しい」とだけ伝えていたからなのか、ハクだけでなく、ジュジュたちも好きなだけサンドイッチが食べられる量が入っていた。


 もっとも、サンドイッチは好みじゃなかったのか、ジュジュたちはちょっと口に含んだだけで、すぐに口吻こうふんを鳴らしながら騒がしくお喋りを始めた。味について議論しているのかもしれない。ジュジュにも合成肉の違いが分かるのだろうか?


 そのサンドイッチは油紙のようなモノに包まれていたので、ハクが食べられるように丁寧に紙を取り除く必要があった。いい匂いがしていたので一口食べてみたが、味は悪くはなかった。というより、ジャンキーな味付けで、どちらかというと好みの味だった。


 ハクが口の周りを汚しながらハムハムと食べている横で、私も腹ごしらえすることにした。ペパーミントも最初こそイヤそうな顔をしていたが、一口味見したあとは、文句も言わずにモクモクと食べていた。今朝から何も食べていなかったので、お腹が空いていたのかもしれない。


 ジュジュたちがハクの身体からだまとわりついている様子を眺めながら食事していると、トゥエルブの機体と、カグヤの偵察ドローンが飛んでくるのが見えた。トゥエルブが使用するラプトルは専用機なのか、ウェイグァンの多脚車両ヴィードルを意識して金色の塗装が施されていた。


 そのトゥエルブに引き続き教会の警備を任せると、我々は〈大樹の森〉に出発する準備を進めることにした。

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