第597話 奇妙な干渉


 多脚車両ヴィードルの購入手続きを終えて車両を受け取る準備ができるまでの間、〈シールド生成装置〉を販売していないか確認したが、さすがに在庫はなかったようだ。しかし組合のツテを頼りに手に入れることができるそうだったので、ペパーミントの研究用に注文することにした。


 けれど拠点を防衛するための大掛かりな〈シールド生成装置〉は、この鳥籠でも手に入れられないようだった。というより、それほどの遺物が単体で動く装置として存在していることすら知らなかったようだ。どうやら旧文明期の施設にだけ存在する特別な装置という認識だったみたいだ。


 車両を受け取る準備ができると、店主に案内され鳥籠の外につながる地下通路を通って、専属の警備員によって厳重に管理された倉庫に向かう。ペパーミントが購入していた〈サイバネティクス〉も、そこで受け取ることになった。


 ちなみにハクのお土産のサンドイッチも従業員が手配してくれていたので、わざわざ鳥籠の市場に引き返す必要はなかった。


 各種インプラントは専用のコンテナボックスにまとめて収納されていたので、そのまま車両の積載スペースに積み込むことになった。本来は榴弾りゅうだんの予備弾薬庫として機能する場所だったが、とくに問題はないだろう。


 それから我々は店主に見送られながら倉庫をあとにすることになった。高価な買い物だったからなのか、警備員たちも親切にしてくれて、最後まで印象の良い店だった。買い物する機会があれば、また同じ店に通うのもいいのかもしれない。


 多脚車両の外装甲には細かな傷や凹みが見られたが、丁寧に整備されていて、多脚の動きはなめらかで機能に異常は見られなかった。コントローラーを使った操縦は面倒だったが、倉庫を出る前にペパーミントが手を加えてくれたおかげで、遠隔操作もできるようになっていた。


 もっとも、どこでも手に入る安価な情報端末を強引に組み込む乱暴な方法だったので、あまりにも車両から離れてしまうと、途端に遠隔操作ができなくなってしまう問題点があった。しかしそれでも、ケーブルで繋がれたコントローラーを握っていなくても車両を操作できるので、大変ありがたいことだった。


 暗い黄緑に塗装された山鳩色やまばといろの外装甲にはわずかな傾斜があり、敵の弾丸をらすために設計されていることが分かった。戦闘車両ということなので、あらゆる状況での運用を考慮して丁寧に整備したことがうかがえた。


 つめたい雨に打たれながら廃墟の街を歩いていると、『鳥籠を管理するフジキに会わなくてもかったの?』とカグヤに質問されたが、彼に会うのは教会の地下にある施設を解放する準備ができてからでも遅くはないだろう。


 鳥籠の近くに旧文明の〈販売所〉ができることは、周辺地域を支配しているフジキにとっては良い話ではないだろう。しかし彼らの〝シノギ〟になっている飲料水の販売に手をつけなければ、大きな問題に発展しないと考えていた。それどころか、地域全体が安全になるので、これまで危険な地域での活動を避けていた行商人が訪れることも期待できた。


 とにかく目的の部品は調達できた。これから〈大樹の森〉に向かい、宇宙船(母なる貝)から必要な装置を回収しにいかなければいけない。そのさい、森の研究施設にいる〈サナエ〉とも合流する予定だ。


 彼女には戦闘艦にある医療施設の管理を任せようと考えていた。〈サイバネティクス〉の移植などで、これから頻繁に使うことになる施設だったので、ある程度の知識がある人間の助けが必要だった。


 多脚車両ヴィードルの遠隔操作のために、昆虫の触角にも似た長いアンテナがついたゴーグルを装着していたペパーミントが、足元の瓦礫がれきつまづいて転びそうになると、彼女の腰に手を回して抱き寄せる。得体の知れない女性が音もなくあらわれたのは、ちょうどそのときだった。


 彼女の頭髪は明るい桃花色に染められていて、すらりとした手足は白い人工皮膚に覆われていた。驚くことに、危険な廃墟の街にいながら彼女は半透明のビニール製のレインコートを羽織っていて、なまめかしいラテックスの黒ビキニに、黒いコンバットブーツという奇妙な恰好をしていた。


 けれど女性の存在を異様なモノにしていたのは、その変態じみた恰好ではなく、彼女が片手で引きっていた男の死体だった。


 彼女の眸がチカチカ発光すると、ゴーグルを外していたペパーミントが顔をしかめる。

「待ち伏せ? どういうことなの?」


 けれど女性は返事をせず、手にしていた男の亡骸から手を離すと、建物の屋上に向かって跳躍する。軽快な動作で数メートルの距離を跳ぶような人間なんて存在しない。

「〈守護者〉なのか?」


「ええ」ペパーミントは眉を寄せる。

「彼女は人造人間で間違いないわ」


 その異様な女性が視界から消えたあと、ペパーミントに何を聞いたのかたずねる。

「この先で私たちを待ち伏せしてる集団がいるみたい」


『待ち伏せ……』と、カグヤの声が聞こえる。

『〈賞金稼ぎ〉とか……かな?』


 そういえば、一部界隈で賞金首にされていたことを思い出す。廃墟の街に警察機関は存在しないが、個人的な仇討ちや鳥籠から逃亡した犯罪者を処罰するため、その首に賞金を懸けることがあり、賞金稼ぎを生業にしている組織も存在する。


「とにかく、あの死体を調べてみましょう」

 ペパーミントは多脚車両の陰に隠れるようにして警戒しながら歩いていくと、死体の側にしゃがみ込む。どうやら情報端末を探しているようだ。いかにも傭兵という格好の男だったが、武器のたぐいは身につけていなかった。人造人間に見つかったときに、武器を取り上げられたのかもしれない。


「見つけたわ」

 斥候の役割を担っていたのだろう、男性の端末には鳥籠の入場ゲート付近で子どもと話をしている我々の姿がハッキリと映っていた。どうやら気づかないうちに隠し撮りされていたらしい。顔を隠さずに堂々としていたので、情報屋か賞金稼ぎに見つかるのは時間の問題だったのだろう。


「どうして守護者が俺たちに協力をしたと思う?」

 人造人間の知り合いは何人かいたが、これまで他の守護者からの干渉はなかった。


「わからない」彼女は真剣な面持ちで頭を横に振る。

「でも、おかげで襲撃されずにこの場を切り抜けられるかもしれない」


 人造人間から賞金稼ぎの様子が分かる情報を受信していたのだろう。彼女に見せてもらった映像には、十人ほどの武装集団が廃墟の上階に陣取り、狙撃銃やら無反動砲を構えて待ち伏せしている姿が見られた。どういうわけか、敵対者は我々の移動経路を知っていて、準備万全の状態で待機していた。


「いや、連中を野放しにするのは危険だ。ここで処理しよう」

 ペパーミントは溜息をつく。

「それで、どうするつもりなの。まさかひとりで廃墟の中に突撃するなんて無謀なことはしないわよね」


「ああ、連中は旧文明の装備で武装しているかもしれない」

 私の言葉に彼女は肩をすくめて、それから言った。

「なら、どうするの?」


「こいつを試す」

 そう言って雨に濡れていた多脚車両の装甲に手を置いた。


榴弾砲りゅうだんほうで攻撃するのね……でも砲身が歪んでいて、いつダメになるのかも分からない状態なのよ。使い物にならないって、レイも言ったじゃない」

「砲身の歪みを考慮して、カグヤに砲撃を支援してもらえば何とかなると思う」


「なんとかって……」

 彼女は不安そうにしていたが、すぐに準備に取り掛かる。


 多脚の先から地面に金属の杭を打ち込んで車体を固定させると、賞金稼ぎが潜んでいる建物に照準を合わせる。自動装填機能があるので、我々は攻撃の合図をするだけでいい。


 最初の砲撃は見当違いの場所に飛んでいった。襲撃者たちは音に驚いているようだったが、すぐに冷静さを取り戻して、旧式ドローンを使って我々の位置を探ろうとした。しかし旧文明期の堅固な建物にいるという安心感からなのか、建物を離れようとする者はいなかった。


 それから数発の砲撃を行うが、敵が潜んでいる場所に当てることはできなかった。壁に直撃しても、建物がかすかに揺れるだけで、壁を破壊することすらできなかった。しかし砲撃を行いながら着弾位置のズレを計算していたカグヤのおかげで、ついに襲撃者たちが潜んでいた場所に直撃させることができた。


 榴弾がガラスのない窓枠から建物内に侵入した直後、轟音と共に賞金稼ぎたちが吹き飛んで、彼らの一部だったモノが宙を舞うのが見えた。


「これで満足?」

 ペパーミントの言葉に笑みを浮かべたあと、私は移動を再開した。





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いつもお読みいただきありがとうございます。

突然ですが、昨日『Destiny』の制作陣が手がける新しいSFゲーム、

『Marathon』のトレーラーが公開されました。

皆さんはもうアナウンストレーラーを見ましたか?

ゲームがどうなるのかはわかりませんが、

SFな世界観やらアートディレクションが驚くほど素晴らしく、

一見の価値があります。

続報が楽しみです!!

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