第596話 買い物


 店主の案内で物資が保管されている倉庫に向かい、無雑作に木箱が積み上げられた広い空間に立つと、ホログラム投影機によって多脚車両ヴィードルが原寸大の立体的な映像で再現されるのが見えた。


 無数の青い線の組み合わせで見事に再現された榴弾砲りゅうだんほうの長い砲身を眺めたあと、逆関節型の四本の脚を確認する。複合装甲でおおわれた脚には人工筋肉などの先端技術は使われていないようだったが、砲撃のさいの衝撃に耐えられるように頑丈な造りになっていることが分かった。


 その多脚車両ヴィードルは、廃墟の街で多く出回っている建設用の車両を戦闘用に改造したモノではなく、軍用規格の自律型多脚榴弾砲で間違いないようだ。


「どこでこれを?」

 店主は笑みを浮かべたあと、得意げな態度で質問に答えてくれた。かれの話が真実であれば、汚染地帯を探索していた傭兵の一団が廃墟に埋もれていた車両を発見したのだという。しかし発掘作業中、〈深淵の娘〉として知られる大蜘蛛の襲撃に遭い、部隊はひとり残らず全滅してしまった。


「それなら、どうやってこの車両を手に入れることができたの?」

 ペパーミントの問いに店主は大仰な表情を見せる。


「やはり運命だったのでしょう。そのとき、汚染地帯の近くを〝偶然〟通りかかっていたスカベンジャーが傭兵たちの救援要請を聞きつけて現場に向かいました。しかし到着するころには傭兵たちの姿はなく、車両だけが残されていました」


「偶然にしては出来過ぎね」彼女は鼻で笑うような声で言う。「はじめから傭兵たちが襲われることを知っていて、車両を手に入れられる機会をうかがっていたんだわ。そもそも傭兵に多脚車両のを教えたのも、きっとそのスカベンジャーだったのよ」


 そうだったとしても、廃墟の街は弱肉強食の世界だ。騙されるほうが悪い。店主は肩をすくめると、戦闘車両の説明をしてくれた。


「つまり――」と、彼女は眉を寄せながら言う。「整備はしてあるけど、数世紀もの間、瓦礫がれきに埋まっていた所為せいで砲身やフレームにゆがみが出てしまっている。それに軍のシステムに侵入することができなかったから、自律型兵器だけど、手動で操縦する必要があると……」


 店主は真剣な面持ちでうなずくと、数本のケーブルで車体に繋がれていたコントローラーと、目視外操縦のためにリアルタイムで映像を受信するゴーグルを拡大表示してくれた。


「その分、お値段を――わずかになりますが、お安くすることができます」

 彼が提示した金額を見てペパーミントは喉の奥で唸る。

「でも砲身が歪んでいたら、兵器として使い物にならないわ」


「しかし、多脚車両としての機能は充分に発揮してくれます。それに軍用規格の兵器ということもありますので、これ以上の車両を見つけるのは難しいかと思います」

 店主はそう言うと困った表情を見せる。


「でも」と、彼女は反論する。

「これは戦闘車両よ、戦いで使えなければ意味がないわ」


 ふたりの会話を聞きながら、保育園の地下拠点にいる〈ジュリ〉と連絡を取り、彼女の意見を聞くことにした。彼女はすぐに〈ヤマダ〉と相談して、店主が提示した値段が決して大袈裟おおげさなモノではなく、市場の相場からもかけ離れた金額ではないことを教えてくれた。店主は我々に対して誠実な取引を行ってくれているようだ。


 ジュリたちに感謝したあと、声に出さずにペパーミントに情報を伝えた。すると彼女は店主に向かって素直に謝罪する。

「ごめんなさい、あなたは間違っていなかったわ。その値段で買い取らせてもらっても?」


「ええ、喜んで」

 店主は人の良さそうな笑みを浮かべたあと、近くに立っていた従業員に車両の取引に関する手続きの準備をするように伝える。数十発の榴弾も無料でつけてくれるようだ。その榴弾はこの店でも購入できるが、ジャンクタウンにある〈軍の販売所〉でも手に入るモノなので、運搬のことを考えてから購入を検討しても遅くないという。


 そうこうしている間に、マンドロイドがポリカーボネート製の黒いアタッシュケースを運んでくる姿が見えた。そのケースには、梱包材に包まれた半導体や電子回路、それに見慣れない金色の金属部品が入っているのが見えた。


「ありがとう、欲しいモノがちゃんと揃っているか確認させてもらうわ」

 ペパーミントが情報端末を使って部品を確認していると、店先で何か問題が起きたのか、店主は我々に断りを入れたあと慌ただしく店内に戻っていく。近くに待機していた傭兵に話を聞くと、いつものように数人の少年が店に侵入しようとして警備員に捕まったようだ。


「こういうことは、頻繁に起きているのか?」

 黒いヘルメットを目深にかぶっていた若い傭兵は肩をすくめる。

「ええ、でもたいしたことないですよ。どうせチンピラどもの嫌がらせです。俺たちが子どもに手を出せないことを知ってるから、連中を使って警備の状況を確認してるんです」


「子どもに手を出さないっていうのは?」


「この鳥籠には決まりがあるんですよ」彼は胸に吊るしていた小銃を抱きしめるような仕草を見せる。「俺たちは鳥籠で働く子どもたちを保護して仕事を与える。盗みを働けばむちで打たれて数日の間、報酬なしで働かされることになる。でも、少なくとも他の集落のように腕を切断されることもなければ、〈人買い〉に売られることもない」


「その決まりは誰が?」

 かれは眉をひそめて、それから言った。


「そりゃあ、鳥籠を仕切ってるフジキさんですよ。この鳥籠には毎日、飲料水を求めて多くの買い物客や商人がやってきます。子どもでも働き手になるんで、リンチして殺したり売ったりするより、働いてもらったほうがずっといいんですよ」


「フジキ……」

 以前、〈浄水施設〉に関する仕事の依頼を受けたときに、小洒落こじゃれたスーツを着た大柄の男性に会っていたことを思い出す。あのとき、彼は鳥籠の代表でもあるサチという女性の下で働いていた。


 若い傭兵が従業員に呼ばれて何処どこかに行ってしまうと、私は多脚車両のホログラムを眺めて時間を潰すことにした。車両の装甲板には旭日旗が描かれていて、そのすぐとなりに日本語で〈兵站局〉と書かれているのが確認できた。〈統治局〉とは異なる組織が運用していた装備品だったのだろう。


 一通り車両の状態を確認したあと、ペパーミントに質問する。

「使いモノにならない榴弾砲なんて買ってどうするんだ?」

 彼女は手元の端末を見ながら答える。


「ちゃんと整備すれば、すぐに使えるようになるわ。ほら、イーサンが管理している〈五十二区の鳥籠〉に、ラジブとかいう名前の腕のいい整備士がいたでしょ? 彼のチームに整備を任せれば、すぐにマトモな状態に修復してくれると思う。それに車両のシステムに侵入して修復できれば、手動での操作も必要なくなると思うし、兵器の製造情報も手に入れられるかもしれない。そうなれば拠点で榴弾砲を製造することもできるようになる」


『それに――』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。『〈ワヒーラ〉の情報収集能力と組み合わせれば、大幅な戦力強化になる』

「たしかに……。ところで、教会の警備はどうなっている?」


『トゥエルブの戦闘部隊が周辺一帯に展開して、すでに警備してくれてるよ』

「ハクは?」

『ジュジュたちに手を焼いているみたいだけど、概ね問題ないよ。でもサンドイッチは忘れずに買ってきてね、すごく楽しみにしてるみたいだから』


 すっかりお土産のことを忘れていたので、思い出させてくれたことに感謝する。

『どういたしまして。それじゃ、私は地下施設の〈データベース〉を解析する作業に戻るよ。なにか見つけたら報告するね』

「了解」


 部品の確認作業を終えると、ペパーミントは〈サイバネティクス〉についてたずねる。

『どのようなモノを、お探しでしょうか?』

 首をかしげるマンドロイドを見ながらペパーミントは考える。


「そうね……戦闘艦の医療設備を使えば、脳に影響を及ぼすようなインプラントも安全に移植することができるから、このお店で最上位の品物を見せてくれる?」


『かしこまりました。すぐに商品をお持ちいたします』

 マンドロイドがいなくなると、ペパーミントは思い出したようにお金の心配をする。けれど資金には余裕があったし、いざとなれば〈旧文明の鋼材〉を含んだ軽くて薄い装甲板を取引材料にできるので、心配する必要はなかった。


 もちろん、危険な組織の手に渡ることを考えると、大量に流通させるわけにはいかなかったが、〈資源回収所〉にある資材を使えば、いくらでも装甲板を用意することができた。


 マンドロイドが用意してくれた〈サイバネティクス〉のリストを確認すると、ほとんど市場に出回ることのない貴重な〈生体チップ〉や〈ネットワーク接続型スキャナー〉を備えた高額な〈人工眼球バイオニック・アイ〉、それに〈チップソケット〉などもあるようだった。


 驚くほど充実した品揃えに感心していると、この鳥籠が飲料水を扱っているから、貴重な品が集まるのだと教えてくれた。


 年間を通して清潔な水を得るための契約を結ぶさいに、高額な契約料を請求されることになる。が、小規模の鳥籠ではとても払えるような金額ではない。そこで価値のある遺物を取引に使用するのだという。結局のところ、どれほど貴重な遺物を所有していても、清潔な水がなければ人は生きていけないのだ。

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