第595話 リバース・フィールド


 人型の給仕ロボット――おそらく〈マンドロイド〉と呼ばれるタイプの機械人形は、人間の理想的な体格を持ち、人間の女性を原形にした完璧なまでに均等の取れた姿をしていた。のっぺりとした凹凸のない装甲に傷ひとつないことから、長い間、ここで丁寧に扱われてきたことがうかがえた。


 光沢のあるメタルスキンは、薄暗い照明の下で冷たく輝いていて、廃墟にも見える店内で奇妙な印象を与えていた。マンドロイドは微細びさいなモーター音を立てながら動くと、落ち着いた合成音声で、ふたたび私に問いかける。


『なにをお探しでしょうか?』

 その声は人間の女性に限りなく似るように調整されていたが、意図的に機械的な響きを残しているようだった。理由は分からなかったが、なにか決まり事があったのかもしれない。たとえば、人間と機械の声を判別できるようにしなければいけない、というような法律が。


 とにかく、その機械人形の登場に驚きながらも、探している部品について説明することにした。するとマンドロイドは考える素振りもみせずに、即座に返事をしてくれた。


『お探しの品は、おそらく本店で見つかると思います。私が案内いたしましょう』

 その言葉に一抹の不安を覚えながらも、機械人形の言葉に従うことにした。


 マンドロイドの光沢のあるボディに映り込む自分自身の姿を見つめまたあと、店内に視線を向ける。ジメジメした湿気が肌に触れ、湿った空気の所為せいで息苦しさを感じる。小さな窓から差し込む光がかすかに店内を明るくしていて、コンクリート打ちっぱなしの壁にできた黒い染みを目立たせていた。


 薄暗い店内には光源として機能する小さな照明があるが、それはチラチラと明滅していて、今にも消えてしまいそうだった。その弱い光に照らされた無数の棚の影が長く伸びているため、店内に不気味な雰囲気を漂わせている。


 機械人形が歩く通路には、錆びた金属棚がずらりと並び、そこには古びたジャンク品が無造作に積み上げられている。ひとつひとつの電子機器は、たしかに古い時代のモノだった。しかし廃墟の街で回収される旧文明期の遺物というよりは、施設の販売所などで手に入るモノなのだろう。


 時折、立ち止まっては蜘蛛の巣やほこりを払いながら棚に置かれているジャンク品を手に取る。もちろん、そこに目当てのモノはない。古びた半導体や画面が割れた情報端末、それに未完成の装置などが目に入る。多くのモノは汚れやほこりにまみれていて、ただのガラクタに過ぎないが、なかには完全な状態で動作するモノもあるようだ。


 マンドロイドは突き当りで立ち止まると、壁に収納されていた装置を操作する。すると天井付近に設置されていた監視カメラから赤いレーザーが照射されて、頭から足元までスキャンされたあと、何もなかった壁に繋ぎ目があらわれるのが見えた。生体情報を使ったIDの照会が行われたのかもしれない。


 機械人形が壁を押しながら開くと、薄暗い通路が見えた。その廊下の壁は古びたレンガで覆われていて、ここでも湿った空気が漂っている。厳重に警備されているのか、各所にセンサーと監視カメラが配置されているのが確認できた。


 天井には高性能のセキュリティ装置が取り付けられていて、青いビニールテープで束ねられた無数のケーブルが絡まり合っているのが見えた。


 廊下の先には木製の扉があり、清潔で明るい空間が広がっている。足元には絨毯が敷かれていて、ゴミで散らかっている様子もない。高級感漂う強化ガラスケースには、希少だと思われる品々が飾られている。奇抜な形状をしたコーヒーメーカーや、異星生物の皮膚を思わせる未知の素材に包まれた電子機器が目を引く。


 店内の空気にはかすかだが、漂白剤にも似た独特なニオイが漂っている。電子機器の活動から発せられるオゾン臭、あるいは環境調整剤のニオイなのだろう。これまでのジメジメした環境から一変して、空間全体が空調設備などで管理されていることがうかがえた。


 壁面には透明なパネルが配置されていて、その奥に複雑な電子回路が組み込まれているのが見えた。微小な光が回路を照らして静音ファンが回転している。また、無数の電子機器がケーブルで繋がり、情報を共有しながら稼働していることが確認できた。もっとも、それが何のためのシステムなのかは理解できなかった。


 天井に設置されていたパネルには、小型のデバイスやセンサーが配置されているのが見えた。それらの装置は、周囲の環境や店に訪れた者の動きを監視するためのセキュリティシステムの一部として機能しているのだろう。


 この空間は厳重に警備されており、監視カメラが角々に設置されていて、店内には専属の警備員も数人立っている。彼らは黒い制服に身を包み、警戒を緩めることなく店内を見回っている。どうやら我々の他にも客がいるようだ。


『ほかにもご質問や、ご入用のものがございましたら、私にお申し付けください』

 マンドロイドが丁寧にお辞儀をして立ち去ると、男性が足音を立てずに近づいてくるのが見えた。彼は中年の痩せた男性で、知識と経験を感じさせるおごそかな表情をしていた。店主なのかもしれない。男性は私とペパーミントに興味深げな視線を向けたあと、思い出したように言葉を口にする。


「ようこそ、我の自慢の店へ。何をお求めでしょうか?」

 端末を取り出して目的の部品の画像を見せると、店主は微笑みながらうなずく。


「もちろん、お探しのモノはすぐに見つかるでしょう。しかし当店では電子機器だけでなく、戦闘車両や兵器、そして多目的の機械人形まで取り扱っております。幅広いアイテムをご用意しておりますので、きっとお求めのもの以外の品も見つかることでしょう」


 彼の言葉に反応して、店内に展示されていた商品に視線を向ける。通路には鮮やかな色彩を放つ小型のホログラム投影機が並び、洗練されたデザインに高度な機能を備えた〈エデン〉の情報端末がガラスケース内に展示されている。


 棚が並ぶ通路の奥に視線を向けると、金属製の重厚なガンラックが設置されていて、これ見よがしに様々な種類の武器が整然と陳列されているのが見えた。


 見慣れた旧式の自動小銃からレーザーライフル、重機関銃や炸裂弾をフルオートで発射するショットガン、それに精密射撃のための狙撃銃など、多様な火器が圧倒的な存在感を放ちながら展示されている。


 また店内の一角には、戦闘用に改良された機械人形が停止した状態で立っているのが確認できた。鋼鉄の装甲板は磨かれていて錆ひとつない。


「どのような目的で武器をお使いになるのか、もう少し詳しくお聞かせいただけましたら、 お客様のご要望に合わせて、より適切なアイテムをご案内できますが――」


 そのとき、店主の義眼がチカチカと発光するのが見えた。〈ブレイン・マシン・インターフェース〉を使い、鳥籠のデータベースに登録されていた我々のID情報を確認しているのだろう。


「レイラ……」と、店主は眉を寄せながら小声でつぶやく。

「もしかして、あの蜘蛛使いのレイラ様でしょうか?」


 身分を偽る理由もなかったので、適当に肩をすくめる。

「そうでしたが……これは失礼しました。すぐに目的の品を持ってこさせましょう」

 男の義眼が明滅すると、近くに待機していたマンドロイドが店の奥に歩いていくのが見えた。


「ねぇ、これって反転領域を搭載した兵器?」

 店主はペパーミントの言葉に驚いているようだったが、すぐに表情を引き締めて質問に答えた。


「ええ、それは鋼鉄を撃ち出す〈スティールガン〉です。機構に組み込まれた極小のジェネレーターに〈反転領域〉という特殊な機能が備わっているので、標的に撃ち込んだ金属を回収することができます」


 店主はガラスケースに触れて電子ロックを解除すると、やわらかな梱包材に包まれていた拳銃を取りだす。標準的な大きさの拳銃で、艶のない黒い塗装が特徴的だった。それから店主は早口で言う。


「弾丸は、〈旧文明の鋼材〉として知られる特殊な金属で、火薬を使わず〈レールガン〉のように電磁石媒介で機能します。ほぼ無音ですが、わずかな反動があります。〈センリガン〉の特注品でもありますホログラム照準器を備え、マガジンの装弾数は三十発です。〈超小型核融合電池〉を使用することで、充電することなく一日中使い続けることができます。当店では予備の電池も販売しておりますので、安心してお買い求めいただけます」


「値段は?」

 彼女の質問に店主は笑顔で端末を操作する。想像していたとおり、あまりにも高価な兵器で、一般人には絶対に手の出せない値段だった。鳥籠の路上で寝泊まりしている多くの子どもたちに一年の間、衣食住に困らない暮らしをさせても、まだおつりがくる金額でもあった。


「IDの登録が必要な兵器でもありますので、システムをハッキングするための技術的な料金も含まれるのです。だからどうしてもお値段の方が高くなってしまいます」


「そのシステムのハッキングは、この店でやるのか?」

 私の質問に店主は頭を横に振る。

「お客様に情報を提供することはできませんが、それは誰にでも出来ることではありません。ですから、必然的に料金も高額になってしまいます」


「触ってみても?」

 ペパーミントの問いに店主は笑顔で拳銃を差し出す。

「もちろんです」


 彼女は拳銃の重さを確かめるようにグリップを握ったあと、残念そうな表情を見せた。

「もういいわ、ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」


 ペパーミントは〈スティールガン〉を購入できなかったことに、あたかも残念がっているような態度を見せていたが、彼女が〈接触接続〉を使い拳銃のシステムに無断でアクセスして製造情報を盗み見たのは明白だった。戦闘艦のシステムに登録されている情報を検索して、独自に兵器を製造するつもりなのだろう。


「たとえば――」と私は店主に質問する。

「〈不死の導き手〉なら、そのシステムに侵入できる技術者を見つけられると思うか?」


「残念ですが……質問にお答えすることはできません」

 店主はそう言うと、本当に困ったような表情を見せる。


「ああ、分かってる。無理強いするつもりはないよ」

 商人組合の機密保持契約で顧客情報を話すことができないのだろう。

「ところで、車両も販売しているみたいだけど、リストを見せてもらえるか?」


 店主は笑み浮かべると、情報端末を使って販売できる車両のリストを見せてくれた。

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