第591話 プラットホーム 02/02


「なぁ、ペパーミント」

「うん?」彼女は手元の端末から顔をあげると、可愛らしい仕草で首をかしげる。

「この施設には、今も兵器工場から物資が運ばれてきているのか?」


「来てないわ」と、彼女は首を横に振る。

「施設が封鎖されていた所為せいで、工場からの出荷も止まっていたみたい。でも、施設の状態は維持されていて、各設備にも異常は見られないから、すぐにでも物資の輸送が再開できると思う。でも、どうしてそんなことをくの?」


「地上の人間や鳥籠の人々が自由に出入りして買い物ができるように、この施設を解放しようかと考えているんだ」


 彼女は溜息をついたあと、ジトっとした目で私を見つめる。

「レイの突拍子もない思いつきには慣れているけど、また必要のない苦労を背負しょい込もうとしているの?」


「ペパーミントも教会の惨状は見ただろ? 極端なのかもしれないけど、野蛮な連中が廃墟の街でのさばるのは秩序がないからだ。俺たちが周辺一帯の鳥籠と協力して、地域全体に一定の秩序を与えることができれば、凶悪なレイダーギャングが蔓延はびこることもなくなる」


「そして――」と、彼女が続ける。「街で被害に遭う人々を減らすことができる……。レイは、そう考えているのでしょ? でもそれは口で言うほど簡単な仕事じゃない。施設を守るための部隊を編制しなければいけないし、地上に機械人形の戦闘部隊を配備しなければいけない。大規模な襲撃にそなえるなら――未発見の施設が見つかったとなれば、十中八九、大規模な組織から襲撃されると思うから、それなりの数の戦闘車両も調達する必要がある」


「分かってる。でも――」

「待って」彼女はピシャリと言う。「資材には余裕があるから、警備に必要な機械人形は製造できる。でも、この施設を警備する人員はどうするの? 自律型の機械人形だけでは限界があるわ。それに、イーサンの部隊を〈五十二区の鳥籠〉に派遣していることは忘れていないよね? 基本的に私たちは人手不足の状態なんだよ」


「ああ、忘れていないよ。ワスダたちが〈資源回収所〉の警備をしていることも」

「なら――」

「リンダたちに頼もうと考えている」


 彼女は眉間にしわを寄せる。

「リンダって、あの〈アシェラーの民〉とかいう異界からやってきた亜人のこと?」

「そうだ。いずれこの地下鉄駅を保育園の拠点とつなげることができれば、彼女たちの移動も楽になるし、森の民に協力を求めることもできる。かれらは戦闘経験が豊富だから警備も安心して任せられる」


「どうして私たちが……というより、他人に興味のないレイがそんなことをするの?」

「リンダは他人じゃなくて仲間だよ。それに、俺にはそれができる」


「力ある者は、より多くの義務を持つ。宇宙軍が〈不死の子供〉に与えた役割、あるいは弱者に対する献身と犠牲……もはや洗脳ね」

 彼女は溜息をついたあと、じっとまぶたを閉じた。

「たしかに悪くない提案だと思う、手付かずの施設を手に入れる利点もある。でも、ちょっと考えさせて」


 彼女の言葉に肩をすくめると、ハクのあとを追うことにした。相変わらずプラットホームには女性の物悲しい合成音声が流れていて、非現実的な観光地の広告が投影されている。そこに響き渡る音声と景色は、文明崩壊後の世界の厳しさを思い起こさせる。


「カグヤ、輸送機を使って戦闘用機械人形ラプトルを連れてきてくれないか、教会を警備させる」

『ラプトルを? 別にいいけど、イーサンたちと相談しなくてもいいの?』


「ああ。どの道、この教会をギャングたちに占拠させるわけにはいかない。ペパーミントの護衛をサボっているトゥエルブにラプトルの部隊を指揮させる」

『了解、砂漠を巡回警備してる部隊をつれてくるよ』


 カグヤの偵察ドローンを回収すると、ホログラムの案内に従ってホームドアに近づく。すると線路に立ち込める暗闇の中から、ふとかすかな音が聞こえてくる。最初はささやき声のような小さな音だったが、しだいに大きくなり、暗闇から騒音が近づいてきているような奇妙な感覚を覚える。


 ハクたちの居場所を確認したあと、その音を追うようにホームの一角に向かう。音が大きくなるにつれ、心がざわつくような嫌な感覚がする。


 しばらく歩くと、明かりが漏れる通路を見つける。その先に非常口が見える。暗闇の中で不思議な輝きを放つ鉄の扉に手を置くと、かすかに振動していることが分かる。そのまま押し開くと、まばゆい光と共に冷たい風が吹き込んできた。光に思わずまぶたを閉じて、目を開くと、これまでの場所とはまったく異なる光景が広がっていた。


 プラットホームが見えたが、そこには数え切れないほどの乗客の姿が見えた。旧文明の人々だろうか。けれどその乗客はすべて立ち尽くしていて、動くことも話すこともなく、ただ凍りついたように線路を見つめていた。


 かれらは文明の崩壊と共にこの地に取り残された亡霊だろうか、しかし時間の流れが止まったかのようなホームに、かれらを現世につなぎとめるモノがあるとは思えなかった。


 しかし次の瞬間には、すべて跡形もなく消え去って、メンテナンスされていない薄暗いホームが見えるだけだった。いつもの白日夢か錯覚だったのだろう。


 来た道を引き返してハクたちのもとに向かう。足音を響かせながら歩いていると、ジュジュたちがワラワラと駆けてくるのが見えた。どうやら見てもらいたいモノがあるようだ。ジュジュたちに戦闘服を引っ張られるようにしてホームの端に位置する店舗に近づく。


 どうやらおしゃれなカフェがあるようだ。そのカフェには、かつての賑わいをうかがわせるように、店先に無数のテーブルが並んでいるのが見えた。


 ジュジュたちに急かされながらカフェに足を踏み入れる。木製のドアを開くと、来客を知らせるベルの音が響き渡り、照明がついて店内が明るくなるのが見えた。カフェは幽霊屋敷のように静まり返っている。が、清潔な空間だった。


 床は磨き上げられた白いタイルが敷かれ、カウンターの上には磨かれたグラスや陶器のコーヒーカップが並べられている。カウンターの奥には、多腕の給仕ロボットが静かに立っている。紺と白の落ち着いた色合いの外装に錆はなく、今にも動き出しそうな雰囲気がある。


 休止状態だったのか機械人形の状態は良く、傷や汚れは一切見当たらない。その姿はどこか未来的で、完璧な美しさを持ちながらも、廃墟と化した世界とは対照的な存在だった。


 木製のカウンターに近づくと、その上に置かれたカップを眺める。コーヒーカップには人々が飲んでいたコーヒーの染みは残されていなかったし、ひび割れた陶器からコーヒーの香りが漂ってくることもない。そっとカップの表面を撫で、かつての文明をしのびながら、封鎖されていた施設について考える。


 が、ジュジュたちがテーブル席で飛跳とびはねていて集中できない。ちらりと壁に視線を向けると、メニューが綺麗な状態で残されているのが見えた。インクは時間の経過によって色褪せ、紙はやや黄ばんでいたが、問題なく読み取ることができた。


 そのメニューにはコーヒーや紅茶、軽食として提供されていたサンドイッチやパンケーキなどが並んでおり、かつての人々が味わったであろう食品を想像することができた。カフェに設置されていた端末に近づくと、人の気配に反応して起動するのが分かった。ディスプレイには光沢があり、指でなぞることで操作できるようだ。


 カフェの店先でハクがジュジュたちと一緒に操作していたのは、これと同じ端末だったのだろう。指先でタッチパネルに触れると、ディスプレイに微かな光が点灯して、まるで魔法が解けるように、端末から立体的な映像が浮かび上がるのが見えた。


 最初は淡い色彩の光がゆっくりと舞い上がり、それが徐々に濃く鮮明になっていく。ホログラムが形成される過程で、周囲にコーヒーの香りが漂い始め、鼻腔をくすぐる。どうやらホログラム映像でメニューの確認ができるようだ。


 パンケーキやコーヒーのホログラムは、まるで現実そのモノのように鮮やかで、実物と変わらないモノだった。白い蒸気が立ち上るスープや、水滴がついたグラスのなかで鳴る氷の音が聞こえる。食材の質感や色彩、香りまでもが完璧に再現されている。ハクが夢中になって端末を操作している理由が分かった。


 そのホログラムを見ていると、かすかな空腹を感じて唾液が出るほどだった。しかし、それが現実のモノではないことは理解していた、あるいは注文すれば、本当にサンドイッチが食べられるかもしれない。いつの間にかカフェにやって来ていたペパーミントもメニューに夢中になっていた。


「やれやれ」

 気を取り直したあと、カウンターに置かれた情報端末を確認しにいく。どうやら新聞や情報誌の最新記事が無料で読めるようだ。画面には無数の見出しが表示されていたので、適当な記事を選ぶ。すると表示されていた文字がかすかに揺れて、その後すぐに消えていくのが見えた。最終的には真っ白の画面になり、当時の情報を確認することができなかった。


 別の記事を選択するが、同じように文字が揺れて消えていく。何らかの理由で削除されている、または時間と共にデータが消失してしまったのだろう。


 カフェを出ると、ほかの施設を確認しに行くことにした。まだ時間には余裕があったが、〈鳥籠〉に向かい、発掘現場で必要になる装置の部品を入手しなければいけない。

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