第590話 プラットホーム 01/02
想定していたよりも施設は広大で、地下鉄駅は施設の一部でしかないことが分かった。
「ハク、ジュジュたちが迷子にならないように気をつけて」
『ん、だいじょうぶ』
白蜘蛛の
しばらく歩くと、地下鉄駅の入り口にたどり着く。その駅は――この地下施設同様、旧文明の技術の粋を集めて建造されていて、優れた設備や装置が整然と配置されているのが見えた。
遠くに見えるプラットホームには清潔なベンチが並び、その周囲には人々の気持ちを落ち着かせるための色とりどりの植物のホログラムが投影されている。
また転落や接触事故防止などを目的としたホームドアには、障壁として機能するシールドの薄膜を展開する技術が使用されていて、乗客の安全面に配慮されていることが分かる。子どもを含んだ多くの人々が行き交うことを想定して建造されたのだろう。
『レイ、こっちだよ』
どこからともなくカグヤの偵察ドローンがあらわれて、通路の先にフワフワと飛んで行くのが見えた。天井付近に投影されていた案内板を確認すると、近くに施設全体を管理する部屋があるようだ。
そこは警備室も
「大丈夫だから落ち着いて」
ペパーミントは手元の端末を睨みながら言う。
「私たちの生態情報はシステムに登録済みだから、施設から攻撃されることはない」
彼女が言うように、ハクやジュジュが近づいても機械人形は簡単な挨拶をするだけで、敵対する行動は見せなかった。
ゲートを通り過ぎた先に広がるのは、予想以上に広々とした部屋だった。壁には大小様々なモニターが埋め込まれていて、いくつかのデスクにはホログラムで投影される施設の情報がリアルタイムで表示されていた。壁際には高い棚が立ち並び、書類や物資が整然と保管されているのが見えた。部屋は明るくて清潔で、静寂に支配されている。
ペパーミントは大きなデスクに近づくと、目の前のモニターに表示される情報を確認する。そこには数台の監視カメラから受信する映像も表示されていて、画面には廃墟と化した外の風景や地下施設内部のさまざまな場所が映し出されていた。
彼女の背中によじ登っていたジュジュもその映像をじっと見つめていて、状況を把握しようとしているようだったが、果たして何か理解できたのだろうか。
この部屋は、かつて施設の警備を担当していた人々のために用意された警備室ともつながっていて、電子錠で管理された保管棚が並び、暴徒鎮圧のための簡単な装備があることが分かった。黒いボディアーマーや替えの制服、テーザー銃に高圧電流を放電する警棒、それに殺傷兵器として
その警備室も〈メンテナンスドロイド〉によって管理されていたのか、驚くべきことに、それらの装備や設備は完全に使える状態であり、施設を掌握するために必要なモノはすべて揃っていた。
管理室に戻ると、周囲を見回して棚に保管されていた書類や電子機器を確認していく。すべて新品同様の状態で保管されていて、金属光沢のある工具セットや、見慣れた企業のブランドロゴがホログラムで投影される未開封のパッケージに包まれた情報端末すら残されていた。
ちなみに投影機から浮かび上がるのは、緑の草原を背景に白く塗りつぶされた〝知恵の樹〟を
その企業は、〈旧文明期以前〉に禁断の
その棚に保管されていた物資や設備を有効活用することができれば、この施設で計画していることの助けになるかもしれない。
「レイ、これを見て」
ペパーミントのとなりに座ってモニターに表示されていた情報を確認すると、怪我や病気にかかった人々を診察する〈医療施設〉があり、手術室や薬品庫などがあることが分かった。また、文明が崩壊した世界での生活を想定していて、地下施設が人々の居住地となった場合に備えて、居住施設が設けられていることも確認できた。
地図を確認すると、いくつかの部屋があり、寝室やキッチン、それにトイレなどが完備されていることが分かった。驚くことに、居住区画の近くには子どもたちを教育するための学校のような施設があった。教室や図書館、それに簡単な屋内運動場などが整備されていた。
もちろん、人々の生活に必要となる設備を修理するための小規模な工場があることも確認できたが、地下鉄で兵器工場や、その他の生産工場につながっていることもあり、ここではあくまでも施設を整備するための道具が手に入るようだ。
監視カメラを通して見る複数の施設には、何かしらの要素が欠落しているような印象を受けた。少なくとも百年もの間、人々の立ち入りがなかった
ペパーミントが所持していた端末を施設のネットワークに接続したあと、管理室を出て各施設の状況を確認しに行くことにした。
「まずはどこに行くの?」
彼女の言葉をマネするように、ハクが同じ質問をする。
『まずは、どこいく?』
「そうだな……」と、ハクの背に乗っているジュジュを見ながら考える。
「まずは地下鉄駅の状況を調べよう。路線に異常がないか、この目で確かめたい」
『ん、わかった』
ハクがゲートを通って通路に出ると、アサルトロイドの足元に
ホログラムの案内表示に導かれるままに、入場ゲートを越えて無人のプラットホームに入っていく。足音が響く空間には、人の気配はまったく感じられない。
その静まり返ったホームには、無数のホログラム広告が投影されていて、南国の島にある白い砂浜や、綺麗な飲料水を毎月配達する企業の広告、それに防衛軍の兵士を募集する広告が絶えず投影されていた。
プラットホームに並ぶベンチには、やはり汚れひとつなく、
ホームの中央に並ぶ太い柱には、かつての文明の繁栄を
宇宙軍に所属する兵士たちに支給される肉体は、
またプラットホームには、乗客の安全を守るため警告音声が流れていた。その女性の合成音声はどこか孤独で、無人のホームに響き渡る音の中に、言い知れない寂しさが含まれているように感じられた。
『ちょっと、たんさくする』
ハクはそう言うと、ジュジュたちを連れてプラットホームの先に向かう。
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