第583話 興味


 あちこちに転がっていた死骸を機械人形と協力して積み上げている間、何度か砂のなかに潜んでいた化け物に襲われたが、警戒態勢のまま待機していたアサルトロイドの活躍もあり、被害を出すことなく対処することができた。


 数百体の死骸を処理する作業は大変で、数十体の死骸を積み上げるだけで小さな山ができて、死骸の山をいくつもつくる必要があったほどだ。もちろん、死骸を焼却するさいには煙などの流れを考慮する必要があったので、細心の注意を払いながら作業しなければいけなかった。


 それらの作業が終わるまで労働者の安全を確保するため、はえの化け物の死骸が見つかった区画まで退避してもらい、吹き抜け構造の区画につながる隔壁かくへきは白蜘蛛の糸と適当な廃材で簡単なバリケードを作り閉鎖することになった。


 あちらがわの区画を調査するのは、作業のための適切な警備体制が整うまで遠慮してもらう。ちなみに区画の名前は、隔壁かくへきに大きく描かれていた数字をもとに、便宜上べんぎじょう〈エリア十八〉と呼称することになった。


 新たに発見された区画の調査を希望していたジャンナは残念そうにしていたが、未知の化け物からの襲撃を経験したばかりだったので、不満を口にすることはなかった。それどころか、我々の考えに賛同して調査隊のメンバーを説得する手伝いもしてくれた。


 成果が報酬に直結する発掘調査でもあることから、労働者や古参の調査員は新たな区画の調査を所望していたが、調査隊の監督として確かな経験と知識があるジャンナの意見をないがしろにすることはなかった。


 また警備システムを掌握することで指揮権限を手に入れていたアサルトロイドは、蠅の死骸が見つかった〈エリア十八〉まで移動してもらい、地上を含め、フロア全体の警備を任せることになった。そのさい、化け物との戦闘で破壊された機体も回収され、整備に使用できる部品は地上の倉庫に保管され、鉄屑は資源として再利用されることになった。


 ある程度事態が収束すると、蠅の化け物を調べるために必要な機材を調達しに行くことにした。すでにジャンナに許可を取っていたので、〈エリア十八〉に研究のための機材を運び込み――あくまでも仮設だったが、研究所をつくることになっていた。


 兵員輸送型コンテナにハクとジュジュたちが乗り込んだことを確認すると、搭乗ハッチからコクピットに入る。コンテナに多脚車両ヴィードルを積載することも考えたが、ハクが身動きできなくなるほど狭くなってしまうので、発掘現場に残していくことにした。盗賊からの襲撃があれば、カグヤの遠隔操作で活躍してくれるだろう。


「最初は〈大樹の森〉に行くのか?」

 全天周囲モニターが起動すると、コンソールの計器類が点滅して、ディスプレイに機体の状態が表示されていく様子が確認できた。システム起動に必要な操作は自動化されているため、複雑な操作をする必要はなかった。


「まずは、整備に必要な部品を調達しようと考えているの」

 ペパーミントはそう言うと、ディスプレイを確認しながら目的地の情報をキーパットで入力していく。


「宇宙船(母なる貝)から機材を回収するのは、部品を手に入れてからになるのか……」

 タッチパネルを操作して右側面のコクピットモニターに後部コンテナの映像を表示すると、ハクがジュジュたちと一緒になって悪戯いたずらをしていないか確認する。スイッチ類を勝手に操作しないようにシステム接続は遮断していたが、ジュジュは好奇心旺盛で、とにかくスイッチやボタンを押すのが大好きな種族だったので注意する必要があった。


「ところで、その部品は何処どこで調達するつもりなんだ?」

 私の質問に何故なぜか彼女は得意げな笑みを浮かべる。

「〈浄水施設〉の調査を依頼してきた〈鳥籠〉のことは憶えてる?」


「えっと……」輸送機が離陸体勢に入るのを見ながら、サチという老いた女性が管理していた鳥籠のことを思い出す。「たしか飲料水の販売で繁盛していた鳥籠だな。てっきり、ジャンクタウンに行くんだと思っていたよ」


「今回に限って言えば、ジャンクタウンは当てにならないわ」

「理由を教えてもらっても?」


 彼女は肩をすくめると、主翼のエンジンを回転させながら垂直離陸する輸送機の状態を確認しながら答える。


「貴重な部品の多くは商人たちの間で取引されていて、鳥籠の設備に……たとえば、〈食料プラント〉の整備とかに使用されているから、商人組合に所属していない私たちが手に入れることは難しいと思うの。それにイーサンを介して〈スカベンジャー組合〉のモーガンにも確認してもらったけれど、必要な部品は市場に出回っていなかった」


紅蓮ホンリェンでも手に入らないモノなのか?」

「真っ先に確認したけどダメだった。あの鳥籠は収容施設としての側面があるし、今も増え過ぎた人口に対応するため大規模な拡張工事が行われていて、工事に必要な車両や設備に使われる部品の多くが市場に出ることがないまま消費されている」


「だから別の鳥籠で探すのか……」

 上空から見る超構造体メガストラクチャーの威容に圧倒されている間に、輸送機は〈廃墟の街〉に向かって真直ぐ飛んで行く。


「それで」と、ペパーミントは計器類を確認しながら言う。「レイがあの発掘現場に執着するのは、あそこで見た白日夢に――というより、自分の過去に関係があるからなの?」


「たしかに過去を知る手掛かりとして期待しているけど、それよりもあそこで発掘される旧文明期の遺物に興味があるんだ。戦艦の修理を手伝ってくれているマーシーの話では、軍の放出品を専門に扱っていた店もあったみたいだし、人体改造に使用される最新の〈サイバネティクス〉も手に入るかもしれない」


「サイバネティクス?」ペパーミントは顔をしかめる。

「レイはサイボーグにでもなるつもりなの?」


「まさか」彼女の顔を見て思わず苦笑する。

「イーサンの部隊に所属していた傭兵のなかには、義手や義足を使っている人間がいて、安価な〈チップ・ソケット〉や〈インターフェース・プラグ〉を移植して使用している者がいるんだ。もしも当時の最新技術で製造されたモノが手に入れば、その技術を解析して、彼らが使用する〈サイバネティクス〉を新しいモノと交換ができるかもしれない」


「たしかにこれからのことを考えれば、戦力の強化は必要ね。ヤトの戦士と違って、彼らの身体からだはあまりにも貧弱だし」

「人間なんだから、それが普通なんだけどな……」


 砂漠地帯と廃墟の街の境界に存在する不可視の〝薄膜〟を越えると、途端に視界が見慣れた廃墟で埋め尽くされる。


「それにしても、レイは〝仲間〟のことは気にかけるのね」

「うん?」


「自分が興味のあることだけが重要で、その他のことなんて、これっぽっちも興味がないみたいだから、ちょっと気になっただけ。……ねぇ、レイが見る世界に私の居場所はある?」

「居場所があるもなにも、ペパーミントがいない世界なんて考えられないよ」


「そう」

 彼女は微笑んでみせたが、すぐにいつものまし顔でモニターを見つめる。彼女の綺麗な横顔を眺めていたかったが、ハクたちの様子を確認しに行かなければいけなかった。

「コンテナにいるから、鳥籠に近づいたら教えてくれ」


 ハッチが開いた瞬間、小さなジュジュがトテトテと駆けてきて転ぶのが見えた。ペパーミントに懐いている個体で、チャンスがあればコクピットに忍び込もうと計画していたのだろう。


 そのジュジュを抱き上げてハクの背に乗せると、装備を保管している棚まで歩いていく。ジュジュたちは機嫌がいいのか、座席のうえで飛跳とびはねていて、とにかく騒がしい。


『レイ』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。

『超構造体を管理するシステムの簡単なチェックが終わったよ』


 棚を眺めながら廃墟の街で必要になる装備を確認する。

「旧文明について、何か情報は得られたか?」

『残念だけど、いつも通り成果は得られなかったよ。監視カメラの映像も確認したけど、意図的に記録が削除されていて何も見つからない』

「意図的っていうのは?」


『データを復元しようとしたときに偶然に痕跡を見つけたんだけど、どうやら情報の削除には〈統治局〉が関わっているみたいなんだ』

「何か深刻な事情があったのかもしれない」


『誰にも見られたくないモノが記録されていたのかも。引き続き調査を続けるから、何か分かったら報告するよ』

「了解」

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