第582話 調査


『アンノウンの掃討を確認、警戒モードに移行するね』

 カグヤの言葉のあと、区画のあちこちから短いビープ音が聞こえてきて、アサルトロイドがレーザーガンを収納して警戒態勢に入るのが確認できた。


 飢餓状態の人擬きと思われる生物との熾烈しれつな戦いで多くの機体が失われてしまったが、それでも数十の機体が戦闘に耐えられる状態で待機していた。


 ペパーミントとジャンナが怪我をしていないことを確認すると、化け物の死骸を処理するため、地上にいる調査隊の支援を要請することにした。このまま化け物の死骸を腐らせるわけにはいかなかったし、機械人形が無力化していた化け物にキッチリと止めを刺す必要があった。


 ほどなくジャンナの要請で数機のクアッドローター式のドローンがやってくると、周囲の状況を確認しながら、作業に必要な機械人形の数を算出していく。静音化された特殊な形状のプロペラを使用していたとはいえ、それでも数機のドローンが近くで飛び回るだけで途端に周囲が騒がしくなる。


 崩壊した天井や壁から化け物が出現するかもしれない状況だったので、旧式ドローンが飛行している間は、さらに警戒する必要があった。


 レーザーで身体からだを両断されていたのか、上半身だけになった化け物が床をいながら近づいてくるのを見つけると、背中を踏みつけるように押さえ付けて頭部に銃弾を撃ち込んで止めを刺していく。息絶えたことを確認すると、死骸を引きって適当な場所に積み上げていく。ペパーミントも手伝ってくれたが、武装していなかったジャンナには、化け物に近づかないように警告しておく。


 それらの異様な化け物が、かつてこの超構造体メガストラクチャーで暮らしていた人々のれのてなのかもしれないとジャンナに話すと、彼女は好奇心を抑えられなくなり、死骸を見せてほしいと頼んできた。死骸なら断る理由もなかったので、比較的損傷の少ない死骸を選ぶと、骨と皮だけの細い足首をつかんで引きっていく。


 長い手足を持った化け物は衣類を身につけておらず、暗い灰色がかったあい鉄色てついろの皮膚は硬く、骨が浮き出るほど痩せ細っている。身長は平均して二メートルほどだったが、性別を区別することはできなかった。


 数世紀ものあいだ、食べて排泄するという行為だけを繰り返してきたからなのか、変異の過程で必要のない機能が徹底的に排除されていて、性的特徴のない身体からだに変化したのかもしれない。


 ジャンナは死骸を撮影しながら、思わず首をかしげる。

「人擬きは変異の過程で――多様さこそありますが、人間からかけ離れたみにくい化け物に姿を変化させていきます。しかしこの場にいる生物の多くが似たような姿を……というより、人間に近い姿をしています。これは、本当に人擬きなのでしょうか?」


「わからない」

 正直に答えたあと、旧文明期の人々について知っていることを話した。一般人のなかにも、遺伝情報を操作して理想的な肉体を手に入れていた人間がいたことを。


 ジャンナは顔をしかめて、あれこれと考えたあと疑問を口にする。

「遺伝子ですか……つまり、この建物で生活していた人間の多くが、何かしらの肉体改造を行っていた可能性があった、ということでしょうか?」


『そうだね』と、カグヤが会話に参加する。『数万の人々が暮らしていたから、さすがに住民全員が肉体改造していたとは言わないけど、ある程度の資産がある人々が暮らしていた区画には、そういう人がいたのかもしれない』


「それが、この異様な化け物に変異した……ということでしょうか?」

『そうだね。骨と皮だけになっているのは、おそらく充分な栄養を摂取することができなかったからなんだと思う』


「餌になる生物がいなくなったから、ある種の植物のように〝休眠状態〟になって、砂の中で生き延びてきた……?」

『推測でしかないけど、たぶん、そういうことなんだと思う』


「飢餓状態の人擬きですか……」ジャンナは情報端末で記録を取りながら質問する。「廃墟の街には、このような化け物が多く潜んでいるのですか?」

『ううん、街ではほとんど見たことないよ。私たちが遭遇した個体も、埋め立て地にある閉鎖された工場だったし』


「そうですか」彼女はカグヤのドローンをじっと見つめたあと、どこか遠慮がちにたずねた。「その……旧文明の、大昔の人々について、もっと教えてもらうことは可能でしょうか?」

『もちろん。隠すことでもないし遠慮なく質問して。もちろん、すべてを知っているってわけじゃないから、答えられない質問もあるけどね』


 ジャンナがカグヤの正体に疑問を抱かず普通に接している様子をぼんやりと眺めたあと、地上に続く隔壁かくへきそばに向かい、作業用ドロイドが通れるだけの隙間をどうやって確保するのか考えることにした。


 そこにガヤガヤと騒がしい鳴き声が聞こえてきたかと思うと、その隔壁の隙間からぞろぞろとジュジュたちがやって来くるのが見えた。と、次の瞬間、中途半端に開いていた隔壁の隙間から白蜘蛛の長い脚があらわれたかと思うと、力任せに隔壁を開いていく。


『ちょっと、じゃまだった』ハクは得意げに言うと、トコトコとやってきて、吹き抜け構造になっている区画をじっくり眺める。『ここ、おちたらヤバいな』

 たしかに転落防止用の強化ガラス板の隙間から落ちたら大変なことになるだろう。


「ハク」と、ペパーミントが心配して声をかける。「ガラスが割れていて危ないから、ジュジュたちが落ちないように面倒を見てあげて」


『ん、しかたないな』

 ハクは触肢を使ってトントンと床を叩いたあと、上方から流れ落ちる砂で形成されている砂山で転がっていたジュジュたちのもとに向かう。


「さてと……」ハクがジュジュたちに交じって砂場で遊んでいるのを見届けたあと、ペパーミントはショルダーバッグを開いて装備を確認する。「レイ、はえの化け物をもう少し調べたいから一緒に来てくれる?」

「了解、すぐに行くよ」


 次々とやってくる作業用ドロイドの指揮をカグヤとジャンナに任せると、隔壁を通って蠅の化け物が横たわっている区画に戻る。


「詳しく調べたいけど」と、ペパーミントは綺麗な顔をしかめる。「地上に運ぶさいに未知の細菌を飛散させる可能性があるから――」

「細菌はとっくに死滅しているんじゃないのか?」


「そうね、何十年も砂のなかに埋もれていた死骸だから、そこまで心配しなくても大丈夫だと思うけど――」彼女は考え事をしているのか、周囲を見回しながら歩く。「でも、正体不明の生物であることに変わりないし、用心するに越したことはないと思っているの。この場所に研究のための施設を用意しましょう」


「ここまで機材を運んでくるのか?」

「ええ」彼女は笑みを浮かべる。「〈大樹の森〉の聖域にある宇宙船(母なる貝)に、必要な装置が残っていることは、すでにマーシーに確認してもらってあるから――」

「装置って?」


「現住生物の調査に必要な装置のこと。ほら、マーシーの宇宙船は植民地建設に必要な装置を運んでいたでしょ?」

「そういえば、現地調査がどうのこうのって話をしていたな……」

「レイは本当に人の話を聞いていないのね」


 私は肩をすくめると、砂のなかに横たわる死骸を見つめる。

「その装置があれば、この化け物のことを詳しく調べられるのか?」


「ええ。でもそれには装置を修理しなければいけないみたい。必要な部品は〈データベース〉に接続して人工知能に設計してもらうこともできるけど、〈鳥籠〉で既製品を見つけたほうが手っ取り早いと思う」


「なら、化け物の死骸を焼却してから部品を探しに行こう」

 ペパーミントは首をかしげる。

「今から行くの?」

「もちろん」


 いつの間にかこちらがわに来ていたジュジュを捕まえたあと、これからのことをハクと相談することにした。きっとハクも一緒に行きたいと言うだろう。

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